社会教育評論

人間の尊厳、自由、民主的社会主義と共生・循環性を求める社会教育評論です。

ベトナム初ナムディン農業高校開設の期待

ナムディン農学校に期待
 鹿児島大学名誉教授 神田 嘉延

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 ナムディン省は農業訓練研修センターを改革して、農業高校を開設することになりました。この改革はナムディン省内にある職業教育・訓練機関を一つにして総合的な職業専門教育の学校にする一歩でもあります。

 

 ナムディン農学校が2021年9月から開校することは、ベトナムの教育と地域発展ということで、大きな飛躍になることでしょう。ナムディンは、紅河デルタ地帯の栄養分の含んだ土地で、昔から水田に適した豊かな農業地帯です。用水路がくまなく張り巡らせて、水田稲作を伝統的にしてきたのです。しかし、泥炭地帯という要素をもつことから、畑作に適さず、畑作から商品作物をつくっていくうえでは、土壌改良も必要なところであります。

 

 ナムディン地方の各農家は、昔からの自給自足のために魚を養殖する池をもっています。潅漑施設や用水路を基盤にして、集落のまとまりがありました。さらに、そのうえに、集落よりも大きな広い範囲での地方共同体があったのです。二重の強い共同体をもっていたのです。

 ここでは、人々の絆が強くあったのです。ここで注目しなければならないことは、多様な価値を認めながらの強い絆であったのです。仏教、キリスト教道教、ディン(神社)などの異なる信仰が共存し、寛容な精神がみなぎっている地域です。

 この自然条件と文化を生かして、新しい持続可能性のある地域循環システムを可能にすることも大いに希望がもてるところです。農学校が地域循環経済、自然や社会との共生という人類の未来への発信の基礎を学ぶ場になることを期待します。

 

 国連は、2015年に150以上の首脳による持続可能な開発のためのサミットを開きました。そこでは、17の持続可能な開発目標を採択しました。持続可能性の開発は、人類共通の課題になっているのです。社会経済的発展の鍵は、地球の天然資源の持続可能な管理であります。

 河川、湖、帯水層、森林、山、陸地、海、空気などは、自然そのものです。自然と共に生きてきた人類は、近代化による急速な開発から自然循環による持続可能性の管理が求められているのです。生物多様性や生態系の保持は、地域社会の持続可能性にとって大切な課題です。大都市では、大気汚染、化学物質の汚染、廃棄物の処理問題、水とエネルギー問題など生活の質を確保するために持続可能性の開発が極めて重要になっています。 

 

 ナムディン地方は、ベトナムでのVAC運動の拠点として、困難な地域経済状況のなかでも、食糧自給と健康を大切にしてきました。豚等の糞を利用しての台所のエネルギーを利用した簡単なバイオマスエネルギーを自分たちでつくりだしたところです。高度な科学技術も資本もなく、工夫しての自給自足的に健康に気を使い生きてきたのです。

 今は、平和になり、科学技術も学ぶことが可能になりました。出稼ぎや外国資本の工場進出による国際的な交流も活発になりました。学ぶことによって、持続可能な地域循環経済発展が可能です。未来への可能性は大いに広がると思います。

 ナムディンの農村における伝統を現代的に自然と共生して、農業生産はもちろんのこと、人類の夢である新しい地域循環型経済による工業化を作り出すことができると思います。

 

 化石燃料は有限です。鉄などの鉱物資源も有限です。無限の再生可能な自然エネルギー、無限の工業の原材料は、地域の自然循環経済による農業からの創出です。


 現在の日本では、バイオマスエネルギーとして、酒造りであまった残渣や家畜の糞尿を堆肥にすることも始まっています。そのとき発生する熱やガスを利用して、発電に利用する試みも始まっています。また、独自に石油に代わるバイオエタノールの開発もはじめています。石油からのプラスチックをやめてバイオプラスチックの開発も起きています。セルノーナノテクノロジーの発展によって、鉄鋼にかわる軽くて丈夫な素材開発ができるようになっています。大きな人類史的な技術革命と持続可能な社会への時代の変化です。次世代的に社会経済戦略が大きくたてられる夢のある時代です。 

 

 平和をつくりだしている現代は、教育の力によって、未来社会への夢が大きく膨らんでいくのです。それは狭い、短期のすぐに役にたつ職業訓練的な対応の教育ではなく、未来志向的な社会経済戦略からの職業教育・職業訓練が求められているのです。

 

 この意味で、普通教育を基盤にして、職業教育・職業訓練が自然科学と社会科学の教育と密接に結びつける必要があるのです。ナムディンの農業高校は、未来への夢のある社会経済戦略に基づいて、その基礎を学ぶ学校になってほしいと思います。ナムディン農業高校を卒業して、留学や研修という夢をもって、未来への夢のある社会経済戦略のために、高度な専門を学んでほしいと思います。

 自動車工業の原材料も有限の資源ばかりではなく、新しいセルロースナノテクファイバーという植物繊維から鋼鉄のような素材をつくりだす時代が未来に予想されます。ナムディンに、その素材はどんなものが可能であるのか。竹材も大いに可能性のあるものです。日本でも、その研究が大学や試験研究機関で行われ、工業化できないかと研究開発している企業も生まれています。実験ガソリンから電気で動く自動車に変わっていくのです。そして、自動車が住宅エネルギーを蓄電する時代になって、災害のときでも電気が確保できるようになるのです。

 

 農村での自然の太陽、河川、水路、堆肥が電気をつくりだします。それぞれの地域ごとに発電や配電のシステムができる時代になっていくのです。

 

 自然が豊かな農山漁村は、その可能性が大いにあるのです。さらに、農林漁業を素材にした様々な工業品の素材がつくられる時代になっていくのです。人類は、発酵という自然作用から加工食品を様々につくりだしました。現代の科学技術の進歩は、微生物の世界をさまざまな分野に応用されようとしているのです。

  ベトナムのヌクマムも微生物による発酵を応用した食品加工という調味料です。衣服の原料に自然の植物を農業化して、木綿、絹の生産を人類はしてきました。ナムディンは、絹の代表的な生産地でした。フンエンの港から400年以上前に、日本に輸出されていたのです。薩摩藩の藩主は、当時に、ベトナム北部の王様に絹や陶器をはじめとする交易の依頼をしているのです。
 農業は、食糧生産という人間が生きていくうえで極めて重要な産業です。さらに、地域循環経済という未来社会の工業原材料の供給としても一層に大きな役割を増していくのです。この未来に向けての基礎的な学びをナムディン農業高校で学ぶことができるのです。

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 日本では、農業を食糧という位置づけだけではなく、多様な価値をもつものとして、法律の整備をしています。農業・農村の多様な価値の法整備です。

 

 農業は工業の原材料になっていくことはもちろんのこと、心の病を治すために、自然が豊かな農山漁村を積極的に医学的にも利用するようになっているのです。コンピューターの時代になって人々の精神労働疲労も大きくなっています。農村でのんびりと汗水流し、心を癒やすことは大切になっているのです。
 また、農村には、深い伝統的な文化が蓄積しています。それを豊かな文化として発展させ、都市との交流活動や観光などにも取り入れ、人々に豊かな文化を享受させています。グリーンツーリズムもそのひとつです。

 さらに、子どもや青年にとって農業の教育的役割として、学校教育にも積極的に活用されているのです。農業体験学習は、仲間との協働労働など人格形成と人間と自然の共生を考える教育としても効果を発揮しています。

 

  農業は教育、福祉、医療、介護にも応用されているのです。地域循環の持続可能な農業は、棚田などに典型にみられるように、国土保全環境保全の役割を担っています。人々は地域循環の農業のために、森林と河川整備をし、地域の自然環境を守ってきたのです。かんがい施設、分水川、ため池などをつくり、水田などによる食糧生産をして、国土保全環境保全の地域管理をしてきたのです。それができなかった民族は、どんなに文明が栄えても滅びてきたのは歴史が証明してきたことです。


 古代で、メソポタミアギリシャや・ローマは、もともと森林におおわれた豊かな土地でした。しかし、自然生態系を重視しなかったことに農業文化は滅びたのです。古代に農業文化が栄えたメソポタミアなどは、現在は砂漠になっています。現在でも、この教訓は、大切で、地域循環の持続可能な農業は、人類的な課題なのです。

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 青年期教育として、新たに注目されていることは、農業をとおして職業観を身につけていく教育がされていることです。農業教育は、地域で学ぶことと働くことを意欲的にできる場です。農業教育を実践する学校は、生きることを実感できるように意図的、継続的に学習や活動を展開するところです。

 

 つまり、農業教育をとおして、勤労の大切さ、仲間との絆、共に創造する喜びを体験させることです。そのことによって、社会人として、職業人として自立するための能力を形成する場です。


 青年期教育にとって、自分のやりたいことをみつめ、将来の進路をみつめる職業教育は重要な課題です。学ぶことと、将来のことのつながりを見通しながら、社会的に、職業的に自立できるような教育が求められているのです。そこには、具体的な目標が身近に獲得できる姿を、それぞれの青年がつかんでいかねばならない教育が必要なのです。夢は空想ではなく、将来に対する具体的な目標の獲得ができるようなものでなければ夢による意欲がでてきません。

 農業は、多様な価値をもち、様々な能力が養成されていく職業です。専門性以上に総合性が求められているのです。生物を育てるという能力、太陽エネルギーと地域環境、植物の生長の知識、土壌と微生物、微生物と加工食品、天候に左右されるということから気象学、水と自然環境など。水利体系などの農業土木、河川をはじめ自然からの防災など土木工学。農産物や加工品を販売するための経済や経営の能力が求められます。

 農業生産は、加工から販売まですることによって、社会とのかかわりがよりみえてくるものです。さらに、農業の多様な価値があることによって、それに対応した多様な学びが求められているのです。日本の農業高校では、地域と結びついての活動が活発に行われています。その典型が農産物や加工食品の販売です。農業高校の生徒がつくったということでは地域では大変に人気のあるイベントになり、よく売れます。

 

 この活動は、農業教育の活動として大きな位置をもっています。地域や社会との関係で農業をみていくことが大きな職業観形成になっていくのです。さらに、地域の学校にいく前の子どもたちとのふれあい活動も積極的にして、異世代との交流活動をしているのです。ここには、青年たちが幼い子どもたちと接触して、思いやりの精神を身につけていくのです。
 日本での農業高校の教育で大きな特徴は、プロジェクト学習の展開です。課題設定を自らして、計画して、調査研究するのです。最後には、反省し、評価していく教育です。これは生徒自身が主体的に、仲間や地域の人々と対話をしながら深い学びになっているのです。

 

 

 農業と環境の学びでは、環境の現状を知り、環境と人間生活の原理を学び、地域の環境点検地図をつくります。

 

 積極的に調査をして、自分たちの地域を持続可能性のある環境であるかをみて、その解決すべき課題を発見していくのです。水田周辺の生き物調査、身近な森林などの植生の調査、土壌調査などを行うものです。そして、農村の環境整備を考えていくものです。


  総合実習では、生きる力を育成するために体験学習を重視しています。

 

農業各分野の実験、実習など体験的な学習をとおして、体系的、総合的に学び、管理能力、企画力をみにつけるものです。授業中ばかりではなく、農場管理を数人の班で、輪番制による作物、家畜、加工、農機具の操作を行う農業実習をするのです。


 プロジェクト学習や総合実習は、さらに学校農業クラブとして、放課後にも展開されていくのです。

 

 これは、教科活動と放課後活動が結びついているものです。農業クラブは、学校で発表されるだけではなく、県で、全国的にも大会が毎年開かれて発表されています。

 

 後期中等教育になる高校は、職業観の形成教育として重要な役割があります。普通教育としての科学や文化の発展知識や体や情操を鍛えて、より人間らしい文化を身につけていくことは重要なことです。高校教育において、最も独自に考えなければならないことは、職業観教育で、将来の進路を主体的に判断していける能力形成です。この意味から農業高校で職業観の形成の教育は大切になってくるのです。

 

 高校時代の15歳から18歳は、身体能力が著しく発達し、スポーツ活動も大切です。また、情操の発達も大切です。音楽や踊りの感性の表現能力も多くの人々に共感させていく能力です。

 

 ナムディン農業高校は、第1外国語を日本語にしたのも特徴です。

 

 日本はベトナムと同じように水田稲作によって農業が発展した国です。気候条件は異なりますが、地形は、山の傾斜地から河川が流れてくるという共通性をもち、水害にみまわれてきた共通性があります。水利や防災などからも農村での地域共同体の伝統は、日本もベトナムもありました。その祭りや郷土芸能の文化も形は異なりますが、共通にあります。

 日本語日本文化を教え日本の農業教育の経験した教師が求められているのです。これも大きな課題です。日本語日本文化をきちんと教える学校がベトナムでは極めて少ないのです。多くは日本への外国人労働者として送り出すために、短期の日本語教育としての日本語学校の機関と結びついたものが多いのです。

  それは、いわゆる出稼ぎのための形式的な日本語教育になっていることが多いのです。日本にいくことが自分の人生設計においていかなる意味をもっているのか。将来的に何を希望しているのか。じっくりと青年期の人生の将来設計と結びついたキャリア教育のなかで日本語を学ぶことがないのです。

 この意味でも高等学校として卒業単位に第1外国語として日本語を学校全体として課していることはありがたいことです。ベトナムの農村発展のために日本から学ぶ姿勢があらわれているのです。日本の国際貢献と同時に日本の労働力不足に大きな助けになるのです。

 

 ベトナムは、漢字と儒教・仏教の文化圏です。ベトナムと日本は、古くからの歴史文化の共通性があるのです。 ベトナムの国際性からの農業教育をしていくうえで、日本と比較しながら、ベトナムの未来を考えていくうえでひとつのヒントになると考えます。日本に留学、研修をしていくために日本語教育を積極的に位置づける価値があると思うのです。