社会教育評論

人間の尊厳、自由、民主的社会主義と共生・循環性を求める社会教育評論です。

郷土教育と体験学習―峰地光重を現代的に見直すー

郷土教育と体験学習―峰地光重を現代的に見直すー

 

 

 

(1)問題の所在

 

 1,現代社会の矛盾状況に、その克服能力形成の教育

 

 バブル崩壊後、現代日本の教育は、自立から離れての対米依存の国際化と、新自由主義のもとで、国際的な弱肉強食の競争主義がはびこった。また、自立した国家施策が脆弱になった。国内では、画一的基準の能力主義のもとに、点数による成果をはかり、それが、人間評価にもつながっている。

 

 このような状況で、出世街道を望む親が増えて、子どもは、型にはまった点数主義の教育にはまり、指示待ち人間といわれるような人々が多くなっていくのであった。他方で、立身出世、エリートから外れた子供、青年たちが無軌道的に目先の欲望のみで行動を起こす傾向が増えた。また、心の病から引きこもり状況が生まれたのである。

 

 ここでは、全体として、創造性をもった人材育成をめざす個々の自立した人間形成が極めて弱くなっている。つまり、主体的に自分で意欲的に考えることが少なくなっているのである。現代の教育は、個々の子どもたちが自由に意欲的に自分の興味をもって考え、行動することが大きな課題になっている。これは小手先で、子どもが自由に選択できる時間の設定ということでは、解決できるものではない。新自由主義に教育が侵されていることが根本的な問題である。

 

 新自由主義の競争主義は、利益追求の民営による市場絶対主義である。教育が利潤追求のしくみのなかにまきこまれているのである。それは、教育の本質的な目的である人格の全面的な発達ということではないでない

 

 また、社会にとっての人材養成という人びとの幸福追求、暮らしを豊かにしていく質の向上や持続可能な循環社会の教育ではない。社会の経済が、価格競争と効率主義であっため、使い捨てによる深刻な環境問題を社会的に作り出しているのである。

 

  人間形成においても利己主義のわがままな個人の狭い世界にとじこまる人間がつくられやすくなり、お互いに助け合うよりも個人間競争がはびこっていった。そして、利己の利益主義におちいり、安易な自己欲望の拝金主義、出世絶対主義をも作り出す風潮をつくっていった。

 

  生活の余裕のない厳しい競争は、落ちこぼれ、切り捨てによって、やる気のない無気力な人や無軌道な人 をも増やしていった。それは、社会にとって、大きなマイナスであり、新しい未来創造にとっても大きな障壁になっている。

 

  ところで、国際化による外国人労働者問題も深刻である。日常生活や仕事でコミュニケーションもとれない外国人の低賃金労働者群をつくりだしている。

 

  これは、日本の労働力不足の深刻化のなかで、外国人労働者に助けられている現実の感謝の気持ちをより遠ざける結果を招いていく。円の価値の相対的低下、賃金上昇の鈍化など様々な要因で、外国人労働者にとって、人気のない日本の労働力市場になっている。

 

  このことは、労働力不足による日本の経済の悪循環を一層に進めていく要因にもなっている。また、この問題解決のひとつに、日本語・日本文化の教育、職業訓練の実施が極めて不十分であることを露呈している。外国人労働者に対する社会教育の責任も重大である。

 

  それらは、個人間競争と個人の自己責任ということで、共に生きていく能力を身につける人間力形成という共生・共助教育の不足が明らかになっていった。共に協力して、努力し創造してきた日本の労働の現場を大きく変えていったのである。日本の伝統的な地域文化であった助け合うことを忘れていくのである。

 

  そして、現実の格差拡大、人間の尊厳を奪っていく状況を作り出していくのである。この現実のなかで、それを克服していき、人びとが希望をもって未来へと、生活や労働をみつめられる環境の緊急性が求められている。

 

  教育は、本来的に、社会的協同事業としての未来を志向する公の役割がある。教育の目的は、日本の教育基本法前文に記しているように、民主的で文化的国家を発展させるとともに、世界の平和と人類の福祉に貢献をするためである。これは、日本国憲法の基本精神である。

 

  これらの実現には、多様性を尊重し、個人の尊厳、真理と正義を備え、科学と文化の継承発展のために、すべての人びとが、個性に応じて、全面的に発達した人格の完成を目指す教育を実施することである。

 

  そして、すべての子ども・青年が共に協力しながら育ち、大人も含めて、豊かな暮らしや文化を保障する教育を行うことである。それは、型にはまった学歴主義や立身出世、目先の利益追求のための教育ではなく、個人の責任に、競争結果を負わせるものではない。

 

  競争は、試験の結果が数字で明確にでる学力ばかりでない。また、弱肉強食の競争は、必ず勝ち組と負け組がはっきりと生まれるのである。それが同一の価値基準によって、激烈になっていくことは、社会の狭い人間的能力の育ちの枠組みに膠着していく。 

 

  それによる能力評価の社会的上昇、立身出世は、少数の勝ち組と多数の負け組という弱肉強食の競争社会そのものになっていくのである。このような現実のなかで、人間的に共同・協同・協創していくことが難しくなっていく。社会全体からみれば大きなマイナスであり、これは、社会の発展を阻害していくものである。

 

   共に励ましあって、仲間のなかでの切磋琢磨していく競争は、負けても、それでの自己発見の場になっていく。人間の育ちのなかでの多様な課題、場面での切磋琢磨の競争による自己発見がある。

 

   弱肉強食の競争は、現実の社会的な環境問題や格差社会を是正していく未来社会を見通す人間的な暮らしや文化をつくりだす人材養成ではない。また、共に育つ人間の全面発達をめざす教育という視点を大きく欠落させているのである。

 

2,戦後日本の発展と教育

 

 

 

  戦後日本は第二次世界の反省のもとに、民主的な憲法を制定し、主権が国民にあること、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起きないように、平和に生存する権利を有することを確認した。

 

  沖縄では地上戦で県民の4分の一が死亡した。広島、長崎に原爆が落とされた。そして、アメリカ軍の空爆や艦砲射撃などで、東京や大阪をはじめ全国至るところの都市は、焼け野原になり、まさに荒れ果てた国土になった。

 

  さらに、植民地からの帰還などで、過剰人口に見舞われた。人々の生活は、食糧難、絶対的な生活物質不足、住む家もない困窮状態になったのである。

 

  日本国民は、人類史的な奇跡ともいわれるほど短期間で、すべての国民が協力して、それぞれの主体的な参加による並々ならぬ努力で、急速な経済復興をなしとげていく。

 

  ここでは、すべての国民の叡智と工夫がそれぞれの地域や職場で共に励まし努力していく環境が生まれた。それは、共同・協同・協創の力で実施されてきたのである。国土は荒廃したが、人びとの人間的能力、明日への生きる意欲は、戦後の民主化もあって、健全に機能した。地主制度の開放により、農村の地域青年団に典型的にみられた共同学習運動が地域の生産力発展に、大きく貢献する人材養成ができた。

 

   食糧危機による国民的な飢餓状況から主要なエネルギー源になった米の自給率は、達成が実現し、大きく備蓄できるようになった。経済も戦前に蓄積した民衆の科学・技術の力の継承発展によって、飛躍的に発展した。多くの分野で世界をリードする最先端の技術による製品を生み出したのである。

 

  電器産業の分野では世界のトップレベルの製品も作り出していく。自動車についても同様である。 それらは、国民が地域で、職場で、共に暮らすし、共に成長して豊かな文化をもった生活や労働の探求をみんなで工夫して、改善することによって成し遂げられたのである。

 

  戦後20年にして、1964年の東京オリンピック開催に象徴されるように、世界の先進国入りの復興をする。

 

   戦後の復興の力になったのは、戦前からの下からの民衆の生活に根ざした教育による人材育成の継承があったことを忘れてならない。

 

  戦争により、国土は荒廃したが、国民の人間的な工夫・創造能力、集団的な力、科学・技術の力は、崩壊していなかったのである。新たな科学・技術的な開発も積極的に行われたのである。国民の経済生活は、上昇したことになり、国民の多くが中流意識を持てるようになったのである。

 

  急速な経済発展は、予想できなかった新たな社会的矛盾も作り出した。それは、公害問題というように生産力第一主義や働き過ぎによる労働者の健康問題も起きた。

 

  これに対しての改善のための国民運動も起きた。職場では働く人々が団結して、経営者とも徹底した話し合いをして、改善していった。地域では地方自治体と住民たちが首長と交渉して、公害に対する社会的規制の制度をつくりあげた。住民参加の地方自治の充実である。このなかで、住民の人間的な成長もあり、社会教育制度も充実していった。

 

   戦後の民主的な制度が、矛盾を克服していくうえで、大いに機能して、労働者と経営者の徹底した話し合い、政府や地方自治体と住民との社会的規制の交渉が行われたのである。このなかで、新たな科学と技術の発展があり、公害防止の社会的なしくみが、最先端の科学技術開発によって成し遂げられていくのである。

 

   ベトナム反戦運動の国民的な動きは、世界に対して対して0、平和のための国際連帯をした。また、被爆者を中心とした核兵器の全面廃止の運動は、世界を動かして、核兵器全面禁止の国際条約を国連で作り上げ全人類的貢献をしたのである。

 

 3,戦前での弾圧下での自由主義教育の継承

 

  戦前の支配的教育は、国家主義的な上からの金科玉条的な中央集権的な国民統合の教育、体験にもとづかない具体的なイメージや概念を伴わない言葉だけの唯言語主義教育であった。

   学校教育体系は複線系で、一般民衆のための小学校から高等小学校教育とエリ―ト養成のための中学校、高校、大学への教育とに分かれていた。国民教育としての国家主義に忠誠心と一般教養と職業訓練・教育のコースと立身出世のための教育に分かれていたのである。

  このような状況であったが、大正デモクラシーの影響のもとに、多くの良心的な教師たちによる自由主義教育が民衆の生活に根ざして実践されていったのである。本稿でとりあげる峰地光重も、その一人である。

 

  地域の暮らしやすぐれた伝統的な地域文化継承、そして地域の自然条件を基礎に科学的な知識・思考の教育実践が行われたのである。それは、現実の生活矛盾を克服するための未来を創造していく科学と結びついたものである。生活学習、郷土教育、生産教育とよばれ、実践されたのである。

 

  また、教育における国際的連帯は、ベトナムのトンズウー運動に典型的にみられるように、植民地からの解放のために、また中国の半植民地・封建制からの解放のために、日本から学ぼうとする留学生を受け入れていく運動もあった。

 

  この時代は、農村の深刻な絶対的貧困状況が、地主制の矛盾と日本の金融恐慌、世界的恐慌も重なり、東方地方など娘の身売り、前借年季奉公などで、子どもの生活状況は厳しい面におかれていた。小作争議も頻繁におきた。農民運動と教育運動も重なって、争議のなかで、農民たちの子どもたちの学校も開かれた。

 

  国としても農村更生運動の展開や海外への移民政策を展開し、農村の教化運動も上から展開した。これが、後に侵略戦争につながっていくのである。世界恐慌に伴って、日本の権力構造の軍国主義化が一層に進み、国家総動員体制によって、国民全体が侵略戦争にまきこまれていくのである。

 

  大正デモクラシーによる自由教育運動の一人として、本稿でとりあげる峰地重光の教育実践は、戦後の民主的な教育運動にも大きな与えていくのである。

 

  戦後は生活主義教育と科学主義のもとに、系統的な教育をどう位置づくのか、教育の目的と科学教育の独自の展開など、大いに議論され、論争にもなったのである。

 

 4,日本がおかしくなった1990年代以降の新自由主義教育

 

   1990年代後半から日本はバブル崩壊を契機にして、おかしくなった。急速に発展して、世界に対して、おごりがあったのである。順調に伸びてきた日本の社会経済の歯車が狂ったのである。より対米依存を強めての国際化と、新自由主義経済に移行して、民衆が培ってきた日本的経営、日本的文化に自信をもてず、捨てていく傾向が著しく進んだ。

 

  現代の日本の教育は、新自由主義的な弱肉強食の競争教育に侵されて、アメリカ的な教育の民営化も進み、公教育が大きく問われているなかで、あらためて日本の民衆が培ってきた文化や教育を現代的に、新たな日本の再生として、再評価する意義は大きい。

 

  戦前の自由主義教育は、日本の民衆の生活と文化に根ざして、世界恐慌における絶対的貧困状況の克服という視野から起きた民衆の教育運動のひとつである。この運動を現代に見直すことは、戦前と全く異なる社会や矛盾状況の現代で、そのまま戻すということではない。

 

  現代的に教育の矛盾に即して、戦前とは全く異なる農村の過疎化、都市への人口の集中、欧米的絶対価値の一極集中的国際化という状況のなかで、生活主義の教育、郷土教育、生産教育を考えていくことも必要になっている。

 

5,多様な文化・国との交流意義と体験学習

 

  現代日本は、多様な地域文化、それぞれの民族的、国家的アイデンティティーの尊重、文化的相違の尊重、国家間の相互協力関係、連帯など、話し合いによる秩序の形成、平和の構築ということがある。そして、それぞれの民族、国家の地域の暮らしや自然を大切にし、地域の環境にやさしい循環型の経済構築が求められている。その実現には、民衆による下からの積み上げての暮らしに根ざした社会経済秩序形成と国家施策の役割がある。

 

  これには、民族、国家の自主独立の精神の尊重が不可欠である。一極集中的な欧米的な民主主義的同一価値による世界秩序ではない。欧米的価値もひとつの見方として重要なことであることも否定するものではない。

  現代の体験学習も戦前とは異なる現実の生活も日常的な生活だけから深めていくということではない。現代日本の社会は、生活の一面化、生活それ自身が自然環境体験や食料を生み出す農業体験、それ自身が日常から見えないという根本的な問題がある問題ある。人間にとって、暮らしにとって、根本的に大切なことを認識するためしてための体をとおして体験的に触れることが必要なのである。

 

  それは、日常的な暮らしにあるエネルギーや環境問題を体をとおして深め、持続可能な未来社会を展望する素材を提供する体験学習であり、このことを大切にした探求的科学教育への発展である。科学を自分自身の暮らしにとって重要であるという生きていくための意欲をかもしだすことでもある。

 

  科学的な学びは人間的に持続可能な社会に、生きることで不可欠なことである。過疎化と過密化問題、地方と大都市との格差から、都市と農村の交流活動の意味からも、双方が生活を見直す機会を積極的に作り出す必要がある。

 さらに、新たに国際化のなかで外国人労働が身近にいるなかで、それらの人びとのふるさともみつめ、自分たちの生活を考えることも地域の発展にとって、意味のあることである。

 

  ところで、多くの外国人観光客が訪れることも日本に魅力があるからこそ、訪れているのである。国際交流活動も活発になり、留学生も増大している。日本のそれぞれの地方の良さを子どもや青年に教育していくことも大切である。

 

  そして、子どもたちや青年が国際交流や国際的な旅行をすることによって、自分達の地域のよさを再発見するのである。そのことがより客観的にみえる誇りになって、社会科学的な認識にもつながっていくのである。

 

  郷土に誇りをもつことは、自分たちの生きがいになっていくばかりではなく、郷土の産業発展に大きく貢献していくものである。大都市の人びとが観光客として、地方に行くのも、その地方に魅力があるからである。観光の魅力は、その地域の歴史文化や自然景観のよさである。それは、地方にとっては、重要な産業資源である。

 都市の子どもや青年の農山が農山漁村での体験学習活動も盛んである。地方の人びとや日本の人びとが自分たちの郷土や国土に誇りの課題を発見するのは、国際交流・観光や地方への交流・観光のなかで双方とも充実していくことである。個々の交流や観光というばかりでなく、地域として、国として取り組んでいくことも大切である。この活動には、当然ながら学校教育関係ばかりではなく、市町村自治体や観光産業との連携も必然的に伴ってくるのである。

 

6,SNSの時代の体験学習の意義

 

   誰でもスマホをもつ時代で、SNSの影響は、人々の生活や意識に、大きな影響を持つようになっている。選挙などSNSによって政治を支配できるほどである。

 

  SNSの利用によって、簡単に買い物ができるようになり、道案内も丁寧にしてくれる。知りたいことも容易に検索で、教えてくれる。便利であることは住んでいるところやその人の好むもの、趣味、興味関心などが買い物注文や検索履歴などで知ることができることである。

 

  それに対応して、スマホやパソコンに情報がその人をターゲットに流れてくる。常にアクセスが用意にされるように極端で、単純化されて流れてくるような仕組みを最初のアクセスをしてもらうように工夫されるているのである。

 

  ここには誇大妄想的なことやウソが平気に入ってくるのを今のシステムでは防止することができない。現実の暮らしや体験から大きくはずれている世界である。客観的な事実、科学的思考からの知性的判断が難しいのが実態である。

 

  SNSの仮想社会の絶対化、自己の狭い興味関心の絶対化に、陥りやすいのである。このp弊害を克服していくうえで、多面的、複合的に、客観的事実や科学的思考を育てて、正しい知的判断能力が必要な時代である。

 

  SNSは物事を単純化して対立に、拍車をかけていく。異なる価値観、イデオロギー的相違、多様な宗教、異なる文化が、対立的に、激化することではなく、地域のなかで対話する習慣を身につけて、共生・協働する秩序ある平和的暮らしが切実に求められる時代である。100年前の自由主義的郷土教育運動が展開された時代からみれば、地域の暮らしも大きく異なっている。

 

   著しく生活の分業化・商品化も進み、郷土ということが認識ずらいことになっている。日常の食べ物でさえ、その生産過程さえみえない海外からの輸入品が多くなっている。あらためて、郷土教育を現代的に見直すことも大切になっている。

 

(2)峰地光重の郷土教育論

 

 

 

  峰地重光は生活学習を基本的理念で暮らしに根ざした教育実践を展開した。彼の生活学習は、金融恐慌や世界恐慌による現実の農村の窮乏する農民や都市の貧困層の人々を少しでも豊かにしていこうとすることから出発している。

 

  従って、郷土教育も、その視点から郷土を子どもたちや青年がその自然や歴史文化、歴史的に形成されてきた職人的技術や人間的能力を再発見していく郷土の誇りの自覚であり、国家的な統合のための地域動員主義的な誇りでは決してない。

 

 生産教育も同様で、貧困化する地域を豊かにしていくための民衆のしたからの主体的な地域資源の活用のための生産教育である。

 

1、峰地重光の生活学習について

 

  峰地の考える生活学習は、生命を対象に人間が交渉する姿とみるのです。人間の生命はある対象と交渉して、そこにある充実感を実感したとき、その生命は育つということを強調しているのです。峰地は次のように教育の道をのべている。

 

 「花を見て美しいと感じ、人の行為に正しいと判断し、真理に対して信奉の情を抱き、神に対して敬虔な心を抱くすべては、こうした生の育つ相としての充実感である。正しき教育の道は、この生命が本然の相をもって、正しく育つところにある」。(8頁〜9頁)「教育は自然のままの姿で衝動のままに、本然の本能のままに生かし、その中に純化された価値を培養することになる」。(峰地重光著作集2巻11頁〜12頁)

 

 このように峰地は自然の姿から人間の生きる力である充実感の重要性を語るのである。正しいと判断すること、真理を求めることも、信仰することも、人間のもつ自然の生命力とするのである。教育は、この姿から出発するという生活学習の根本があるのである。まさに、教育は人間の自然の生命力として、生きる力を育てることである。

 

 従前の教育について峰地は自然の人間の生命力を育てることでないとして、真向から批判する。「従来の教授とか、学習とかは、価値を信奉することがあまりに極端で、自然をいじめることがあまりにひどかった」。「既成文化を子どもに接触させることはかなり努力されたが、自然の相を保育することはあまり考えられなかった。従って、理屈を言うことのうまい子どもにはなり得たが自然のままの美しい人格者になれなかった」。(峰地重光著作集2巻13頁)

 

  文化財に触れて自然の気持ちをもって美しいと感じるこどもではなく、理屈のうまいこどもが育ち、教育の本来の目的である人間の生命力を育て、美しい人格者にならなかったと批判する。

 

 また、教師のあり方としても、型にはまったつくられた教師像にはめられ、自然の人間として、子どもと接触していくことではなかったと批判する。そして、教師も自然のままの個性として、子どもたちに接する大切さを力説するのである。

 

 「従来の教師は教壇に立つ場合、その人格を変えて児童に望むという風潮があった。これは教師が一種の虚為の生活を営むことになる。そこでは、本当の生命力のある教師作用はおこなわれないはずである」。「教師も自然のままの姿で、その個性を投げ出し、子どもは子としての自然の姿で、教師に接するところに、真の価値ある世界が生まれる」。(13頁)

 

 「生活学習は、あくまでも自主的な学習である。生活をあげて学習と見ることは、児童活動を最高原理とするものでなくてはならぬ」。(17頁)「芸術品を創作するにしても、あるいは科学的発明品を製作するにしても、その素材となるべきものをみださなければならない。しかもその適当生る素材を発見することは極めて自由なる精神活動を要するものであって、決して外部の制限を受けることを許されぬものである。いろいろな干渉や圧迫がいかにこの創作の素材発見に禍するものあるかは、考えあたるところである」。(峰地重光著作集2巻18頁)

 

 「想像力は自由に翼をひろげ、意志力は思うままに自由に活動する。時に思いがけない方向に脱線したり、時に何物をもわすれたように忘却の姿をとって見たり、一馳一張、生命の趣くままに発動するのである。従来の教授を見るに、ある目的を確立して、それに児童を引き付けることのみを考えていて、脱線することは弛緩の状態にあると、はなはだおそれる。これは子どもの生命を無視したものである」。(19頁)

 

 定められた教えるべき知識の習得が遅れることは、学力がのびていないということで、教師の指導方法に問題があると見られある見られて恐れたのである。創造力よりも、豊かな感性を磨いていくことよりも定められた学力習得の効率性を求めるのである。

 

 明治の近代以前も含めて日本の伝統的な科学や技術の歴史を振り返ったときに、自由に創造する雰囲気のなかで、多くの科学を志向する庶民や職人たちが遊び心をもって科学・技術を生活の工夫のなかから、また、遊びのなかから発展させてきたのである。明治になって、欧米から近代的な効率性をもった新しい科学・技術を学びながら、日本の風土と日本の従前の科学・技術を結びつけながら、日本独自の高度の品質のすぐれた近代的な生産物を作り上げていったのである。

 

 たたら製鉄の科学・技術、からくり人形の科学・技術、座繰り製糸・機織り技術、染技術、陶芸技術、宮大工などそれぞれの地方の風土に応じて、人びとの工夫と芸術的な感性・喜びによって、つくられてきたのである。様々な職種の伝統的な職人の技術のなかに、それをみることができる。科学や技術には、伝承的な側面があることを決して、無視していない。

 

  継承には、従前に培ってきたものを習得しなければならない。それは、自由に創造的な活動というよりも、習いおぼえていくという側面が強くある。親方から徒弟的に作業をとおして、体験をとおして、親方の姿、作業をみながらの教えである。徹底しておぼえることと、体験を身につけていくということの両面を持ちながら創意工夫の世界に入っていくのである。

 

 ところで、子どもの遊戯を生活学習のなかで大切にしているのも峰地の教育論の特徴である。峰地は子どもの熱中しているときについて、次のようにのべる。「子どもが遊戯に熱中している時の目の輝き、全身に波打つ力、額に流れる汗、そんなものをみるとき、遊戯こそしんの努力、真の力的生命の結晶だと考えられるのである。遊戯を単に軽い娯楽と誤解して、それをもって危険なもののように思う人もいる」。(峰地重光著作集2巻27頁)

 

 峰地は遊戯の教育的役割のすばらしさについて強調する。そして、低学年からかれが、経営指導する東京池袋の児童の村小学校では、時間割から解放している。堅苦しい校規とか、むずかしい校訓から子どもたちを解放して、自由な世界に思うままに恵まれた自分というものを表現している。手工、国語などの教科を、はじめから外部の生活からはずれて、学習することは、生活と学習を分離することである」。(峰地重光著作集2巻31頁)

 

 子どもたちの自由な遊びのなかの学びを峰地をみている。「子どもたちはどこからか小さな桐とくぬぎの木を一本とってきて、裏の縁側でのみやかんなを使って5〜6人集まって手工をはじめている。やりをつくるんだとみんなで汗を流しながら仕事をやっている。えのところは、円形に皮をはいて何か飾りをつけている。稲妻の形の彫刻だ。翌日は、そのやりを使って戦争ごっこをやっていた。

 

 子どもたちは純粋に、手工芸の生活をしている。作品は力がこもっている。子どもらしい自然のままに育っている。大人は子どものように気まぐれではなく、目的と関係する。目的から目的へ一意突進するのが大人の生活である。時間割を定めて仕事を進めることが便利である。教師という大人は科目という目的をもって教えるために一定の手段方法を予想し、結果を急ぐために試験という方法で子どもたちをせめたてる。

 

  小学校の高学年になれば、ある目的を定めて仕事を仕事をすることに興味をもつようになる。それから生活が複雑になるにつれて、気まぐれな生活ではやりきりできないことに気づくようになる」。(39頁~40)

 

 子どもの発達段階から遊びの大切さ、時間割をつくらず自由に活動することが大切なのである。小学校の高学年になれば、目的から目的へと関係をもって、時間割を定めていくことが有効になってくるというのである。

 

  大人の仕事と根本的に子どもの学ぶことは異なることを理解することが大切であると峰地は強調するのである。

 

 峰地は子どもを自由な天地に解放すると同時に子どもを生命の触発の環境におくことを重視している。そのために文化財に触れること。生命と生命に触れるために、生活による生命の触発としての農園、動物の飼育、旅などをあげる。

 

 環境には多様なものがある。学校のなかに図書室を設ける。子どもの自由を尊重する学校では図書室は教育的に大きな役割を果たす。子どもたちが文集をつくる。文集は相互に磨き合う力をもつ。

 

  農園は、本能的と思われるほど子どもは土に親しむ。いろいろな作物や花きを喜んで栽培する。人間と土と植物とに、とりかわす生命の交渉の中に、人間の高価な力と、知恵の力として、それらが農業によって育っていくというのである。展示会は、人間の情緒を育てるためには、高貴な芸術品に触れ、理屈ではなく、直観でみるように鑑賞させることである。

 

 旅は、人間の放浪性ということから必要なことである、。人間は放浪性と絶対的な力である束縛性の求心力が必要である。旅の放浪性は、適当に児童を満足させ、生命を伸ばすことで極めて大切と峰地は考えるのである。動物飼育は、子どもたちの本能的とおもわれるほど、小鳥を愛好し、飼育する。子どもの愛情を養い生活を豊かにしていく。

 

 子どもの自治ということから、その美名のもとに子どもを集団的に従わせる一種強権主義の教育が行われている。簡単に多数決ということで、決めることの教育がいいのか。子どもの相談会を大切にして、話をしている。子どもの生活から、その指導から、生活を考えて、科学的生活、道徳的生活、芸術的生活、宗教的生活の指導をしていく。また、直観的な生活と思索的生活の二つの面からおこなっているのである。

 

 峰地は科学的生活や道徳的生活を教育的に重視しているのも特徴である。それらは、理性の反省による側面が強く、思索的な指導が重要な位置を占めるとしている。  峰地の生活学習の提言は、生活の実利的な側面を強調したものではなく、科学性や知性を大切にしていることを見落としてはならない。ここで、科学的知識を学んでいくうえでの系統性を生活との関係で、どのようにみていくのかという宿題もあるのである。

 

 科学的認識をしていくうえでの生活を基礎にしての出発は、子どもたちが意欲をもって、自らのことと学ぶ意味では大切なことである。しかし、科学には系統性をもって積み重ねて事実や法則を知っていく側面から、新たな創造的な発見があるのである。

 

  子どもたちがわからないことから、その疑問を問うことから科学的志向として、なぜそうなっていくのかという問題があるのである。なぜ、そうなっていくのかという体験的実感は不可欠な真理探究姿勢で重要なことである。子どもたちがその自然条件に対応しての縄文時代弥生時代の暮らしの体験もするなどもひとつの試みである。

 

 歴史的な事実についても単に記憶していくことではなく、なぜ、そうなっていくのか。それぞれの歴史的な事実の相互関係や、まわりの環境も含めての幅の拡がりから、複合的、多面的にみることが求められるのである。この意味で、地域に即して、子どもたちが体験をとおして、感覚的なことも含めて、様々な疑問をもつことが必要になってくるのである。

 

 基本的になぜ、そうなっていったのかという歴史的な事実を自然条件も含めて考えることが必要である。例えば、海流の動き、森林や山の地形、川の流れ、山間の地形など人びとが暮らしていく歴史的な生産技術の発展段階での制約や条件も大切になってくるのである。その意味で、地域の歴史文化と人びとの暮らしを歴史的にみることが必要になってくるのである。同時にそれらの自然の探索も求められる。

 

 また、芸術的生活、宗教的生活は純情直観的態度の指導が重要である。教育は教師の働きかけが主とするが、しかし、教師が児童に引き付けられる場合もあると峰地重光は、みるのである。そして、全く無目的に共に生命のままに流れていく場合もあり、教師と児童の共助の形をとる場合もあると峰地は指摘する。

 

 教師と児童や生徒との関係は一方的に教師が教えるという立場ではなく、お互いに学ぶ関係の共助をもっているという峰地の指摘は極めて大切なことである。教師が成長していくことは、児童や生徒から自らの教育実践の効果や弱点という総括や反省ということばかりではなく、人間的に教師が子どもの発達状況や発達段階を詳細に知ることによって、自らが人間的に成長していくことがあるのである。

 

  生徒の成長の実感をもって、さらに、その普遍性を教育学や教育心理学の科学的な成果の書物や論文を読みながら、個々の子供の発達状況の具体的な姿から確信を深めていくのである。 教師の専門性において、子供の体験からの感覚的な認識、感覚的な疑問を科学の認識過程のなかに位置づけていくことである。

 

  科学の系統性からのそれぞれの学習課題に対する科学的な成果を教師自身が深く学び、子供の探求心や先生自身の科学的知見の喜びの学びの体験も含めて考えることである。子どもや青年の科学的な認識過程や子供の認識の発達過程や段階をきちんととらえて、理性的な科学的な認識や探求心が求められる。さらに科学の成果をどのように暮らしに根ざしての生活を豊かにして、人々の幸福実現に貢献していくのかを見つめることである。逆に、戦争のために科学が核兵器を作り出したことに典型的にみられるように人々の不幸、為政者の残虐性に科学が寄与したのか。

 

  この意味で現代に生きる人々が、困っている問題、例えば、環境問題など、化石燃料や鉱物資源が枯渇することで、再生可能なエネルギー、持続可能な循環型社会・リサイクル社会をどのようにしたら実現できるのか。農林業や太陽・川力・海流、風力など自然の力など、エネルギーや資源としての活用など科学の役割が大きくある。それらの指導を構造的にとらえていくことが不可欠である。

 

  それは一方的な教授方法ではなく、子供の体験的な認識をとおしての感覚的な認識や疑問を大切にしながらの科学的な認識過程の構造的な指導方法なのである。

 

2、峰地重光の郷土教育について

 

 

 

 峰地は郷土教育を現実重視の生活教育としてとらえる。そして、郷土教育は、農業的生産が自然的要素に著しく制約されるものであるという自覚と、地方的特産物の生産が農家経済に重要な位置を占める事実から、社会経済的要素と科学的要素をもたねばならないとしている。

 

   郷土は、全体を総合的に見て、常態的な郷土を対象とすることを本則とするのである。過去の偉人・傑士や得意なる風物のみを誇大にとなえて、お国自慢風の世間知らず的な自己陶酔的郷土教育では断然ない。そうした態度には生活に対する内省が伴わない。偉人・傑士を題材とするのはよい。

  しかし、偉人・傑士を盲目的に信仰する時代ではない。新しい郷土教育は、異常に対して常態、特殊に対して平凡なものを本則とする。(新郷土教育の原理と実際より)

 

 郷土教育と一般教育の関係は、郷土教育が現在のような教科の外に位置するものではなく、教育の全体系にあると峰地はいう。郷土教育の方法的原理は人生生活そのものであるとしてとらえ、教科書の教育ではなく、行動による学習法である。郷土の上に、実地に足をくださねば出来ないものである。

 

 小学校の郷土教育は継承が中心とならねばならない。真の創造は実は習得された素材の総合によるものである。当然その基本的な郷土社会の知識を学ばなければならない。

 

  非科学な取得ではだめである。極めて正確に、そして、本質的に、あるいは数学的に、あるいは統計的に研究し、そして、結果に対する明確な判断を持つことが大切であると峰地は、教育における継承と創造の科学主義を重視するのである。決して、絶対的な窮乏生活のもとでの貧困からの解放という目の前の実利的な体験のみを強調する郷土教育ではないのである。

 

 峰地の郷土教育や生活学習の概念は、大正デモクラシーの影響を受けた当時の自然主義的自由教育の思想やそれを反映した教育の思想的影響を受けている。東京池袋の児童の村小学校における2年半の実践が大きな教育思想の基盤になっている。

 

 また、二宮尊徳自治的に村を振興した仕方と結社の役割を学び、前田正名の農事改良の基礎としての農村調査による村是の作成、柳田国男の郷土研究における民俗学的な民間伝承・地方学、新渡戸稲造の農民の全人格把握論・農業本論などを学び、それらを教育教育の実践に応用したのである。

 

 峰地は、郷土教育の実践のために、郷土室の建設を行い、学校での子どもの教育ばかりではなく、社会的使命として、郷土の保護・建設のために、社会教育の目的のためにも、小学校に付属させた施設をつくったのである。その内容は、教師がつくるのではなく、児童につくらせ、子どもに郷土を学ぶ意義を自覚させるためにも積極的に活用したのである。峰地は、郷土教育実践の構築を模索する。郷土読本の編さんも行った。生活に根ざしての郷土教育の効果は、経済的にも精神的に窮乏のどん底にある農村に有効であろうか。

 

  貧困な農村の子どもたちに、科学的認識の対象として、学問的に郷土を対象とした教育を実施する必要がある。このためには、農村の暮らしや労働に密着した教材が必要である。峰地は、郷土における作物や農具の変遷、民家の構造、年中行事、歌謡、地名の考察など日常生活の現象を対象に学習したのである。

 

 ここでは、教材の郷土化ということの工夫として、教科書の一般性と郷土の特殊性を考えて教育の科学的な体系化をはかったのである。郷土自然の特殊性から子どものみる自然観察、子どものみる野菜の成長ということなどから郷土の自然科学的認識を習得していく。

 

   郷土の民俗的研究、郷土の農村社会学的、農業技術史・農民史など農村調査と観察、さらに自然科学的農作物をとおしての体験や実験などを教育実践として、工夫する必要性を峰地は述べる。

 

 現代社会の農村は、過疎化が進行して、高齢化もひどく、子どもの数が極めて少なくなっている。日常的に食べる食糧の素材がどのようにして、つくられているのかわからない子どもが増えている。

 

 実際の消費生活材は、購入ということで、スーパーなどで買ってくるのが現実である。子どもたちが農業にふれあうことは、命をいただくという食べ物で、誰でも食糧がなければ生きていくことができない。

 

 この意味で、食糧は、人間にとって根源的な生活材である。このことは、人間の暮らしを理解していることで極めて大切である。人間は自然のなかで生きていることも大切であり、空気、太陽、水、山、川、木などは、人間が生きていくうえで、不可欠な存在である。環境問題で、持続可能性の危機が訪れているのも現代である。地球温暖化がその象徴である。

 

 かつての公害問題は、目にみえた大気汚染や工場排水などから川の汚濁などであったが、現代の地球環境問題は、目に見えないことがある。実際に観察して、記録をとって、データーにいよって、科学的に調べ、分析することによって、理解できるのである。この意味で、科学教育の方法が実際の暮らしを理解するうえでも重要になっている。

 

 現代において、地域の産業の発展も、グローバル化が進むなかで、郷土の自然や歴史文化の資源も、広くみていかねば、その価値を見出すことができない時代になっている。積極的に、海外や大都市との関係で、農山漁村などの郷土の価値を見出していくことが求められる。

 

  それは人類的な課題になっている地球環境問題を安価な輸入品によって、使い捨ての消費生活文化から解決するための郷土の資源を最大限利用しての持続可能な地域循環型な転換のための郷土教育なのである。

 

 大都市にはないものが農山漁村には、豊富にある。このことの認識が大切なのである。大都市の人びとが農山漁村で感動することは、自然の豊かさや、深い歴史文化、人類の未来にとってのさまざまな資源があるということの認識を科学的に、また、感性的に、美的に知ることが現代に求められている。

 

  これらに対応するために、戦前の峰地等の自由主義的な郷土教育運動の生活に根ざした教育運動に学びながら、さらに、現代的に継承発展させるために、新たな農山漁村にとって、郷土教育での地域の農業や伝統工芸品、郷土の歴史文化のさまざまな郷土の宝は、観光というのも大きなキーワードにして、大きな価値の再認識が海外や大都市の外からの人びとによって、評価されていくのである。

 

 観光についても峰地は、その大切さを指摘している。とくに、子どもの教育を進めていくうえで、観光案内が大きな役割を果たすことを次のようにのべている。 峰地は指摘する。 名所(観光)案内の教育的意味を考えていくうえで、立派な教育資料になる。それは、生活環境に満ちていることをみなければならない。教育的価値を見出すためには、案内書が大衆的に作られたものが求められている。

 

 これは、児童の興味を引くものになる。遊覧案内には必ず交通機関、距離、金銭、時間記入をしているか。

 

 それは、交通地理のよい研究資料になる。人文地理研究には、空中写真や鳥瞰図が重要である。教授参考者に、来訪者のための紹介記事があるが、これには、神社および仏閣、天然記念物の沿革をあげ、その付近の特殊な動物植物をあげている。そして、温泉の分析表をかかげ、産業全般に関する統計表やグラフをかかげている。人情風俗、土地の風俗、民謡、古い歌をかかげているものも少なくない。各地域で、これだけまとめて紹介してあるので、教授参考書に為しているのである。

 

  しかし、いくつかの欠点が教材として案内書を利用するうえであることを峰地は指摘している。鳥瞰図などは、立体的に名所旧跡と交通機関に限られ、地形的正確さを求めることはできない。地理教育の科学的な教育が必要である。

 

  散策などの利用の目的には、役に立たない。じっさいの旅から見える山や村の名前を知ろうとすると不可能である。以上のように観光案内書も体験的に学ぶ教材としての問題点もあるという峰地の指摘である。

 

   峰地は観光案内書は、子どもの郷土教育に大いに役に立つことをのべているが、現代のように子どもの生活していく物質、遊具、衣服、工芸品、食糧の多くが商品化されて、それらの生産過程をみることや体験することも見えなくなっている。金銭が絶対的なものになっているからである。

 

  とくに、多くが大都市で暮らす子どもが増え、職場と消費生活の場が離れ、人間にとっての大切な生産過程の労働やその対象物である原料、資材、自然とのかかわりが見えなくなっている。農産物のように人間と自然のかかわり、自然の命、植物や動物の成長がみえてこないのである。動物は犬や猫のようにペットとしての愛玩物になっている。

 

  人間は命をいただいて生きているという最も大切なことを忘れ、自然のなかで相互依存と循環性のなかで生きていることが見えてこないのである。その労働の過程には、それぞれの共同・協働があり、ものを生産するときに、人間関係による相互協力の大切さが含まれているのである。

 

  子どもにとっての農村にでかけての農産物の体験学習は極めて大切な人間教育なのであり、食糧生産や農産物からの衣類の素材、木材や竹からの加工品、建築材など人間の暮らしにおいて植物のもつ大切さとその成長過程という自然のなりあいの循環性を自然科学的に認識することも重要なのである。

 

 さらに、山村、平地、海岸と、雨量の大小、地形、海流、交通網など、それぞれの自然条件があった。それらを活かした産物、地域の努力の積み重ねや継承によっての地域の文化発展の違いもあった。それらを深めていくなかで新たに知ることもある。それは、地域の歴史文化の違いの理解の橋渡しになっていくのである。

 

  現代のように国際化が進むなかで、グローバルにそれらを捉えて国際的な友好・連帯、相互協力による共生・共存・共助の平和な社会づくりに教育が貢献することになっていくのである。観光もこのような大きな広い立場から積極的に教育活動のなかで位置づけていくことが要求されるのが現代である。この際に郷土教育という視点から地域で暮らす人々を基本的な視点からみていくことが不可欠である。

 

   日本人の伝統的な文化では、旅が大切にされてきたのである。旅は平素と異なる世界で、見聞を広め、発想を転換させ、新しい世界を切り開いていくのである。旅は道連れ夜はなさけということを旅のなかで、多くの過去の日本人は体験し、お伊勢参り、富士山の講、霧島講など神社や山の信仰などで旅が行われたのである。

 

 学校教育でも修学旅行や林間学校などがおこなわれてきたのである。近年は山村留学として都会の子どもが農山漁村の学校に留学することが盛んになっているし、農業体験学習として学校がとりくむことが行われている。これらは、農業や農村の教育的役割が注目されているからこそ行われているのである。

 

  郷土教育と生産教育運動は、マルクスの生産的労働と教育の結合の萌芽について、機械制工業より発生するという理論を峰地は積極的に評価して、職業的手工業時代の手工と結合することは児童をを一面的に偏することになり、多様の機関及び種々も技術の部門の活動をなすように教育すべきとしている。

 

  郷土教育は、概念的、画一的教育打破のひとつであって、具体的、科学的な進路をとるものである。農業教育はひとつは技術を取得する面と経済的方法を習得する面がある。

 

  さらに、農業教育はもうひとつ大きなこととして、衣食住に関する教育があるのである。学校がある程度自給自足的に食堂や寄宿舎で出す食事に学校での農作物栽培の労働の結果として収穫物を食材にすることも大切なことであると峰地は述べる。

 

  峰地は「わたしの歩んだ生活綴方の道」著作集16巻で、新教育運動として、客観的主知主義的郷土教育として述べている。それは、生活に密着に相関する自然及び社会を郷土としてとらえ、地域生活そのものであり、生産を中核とする郷土学校経営とする。それは、はじめから客観的な郷土というものを認識しているから、客観的存在としての日常的暮らしをみている。峰地は生活力を身につけていくことは、環境を切り開く能動的な力であるとする。

 

   峰地は郷土の姿をながめていると郷土即生産と考える。郷土の人たちは生産に専念し、勤労している。生産教育に着目するのはそのためである。 自然観察をしていると初めに考えた以外の問題が次から次へと起きて、観察方法に不便を感じる。さらによい方法を思いつくこともある。観察の成果はまとまらない。はじめから定めた通りに観察を続け、新しい問題や方法が頭に浮かんだ場合には、その都度記録しておく。

 

 一連の観察が終わったあとに、次の研究の問題にしておく。一連の観察が終わり、考察、実証によって法則の確かさから新しいものが見つかった場合、その全過程をふりかえり、予測と結果とを考え合わせてみる。理知的な理科から愛情的な理科として、理知の上着をもって、情熱をつつんだ人間として、さらに、理知な人間として発展していく。

 

 愛情をもった人間とは、他者の存在、幸福を喜び、その滅亡、不幸を悲しむ情である。自然主義は自然の法則、自然の力を尊重すると同時に、内なる主観的自然を重視し、そして、両者が相互に交渉し、調和することいよって、人生の喜びを満喫し、それによって大きな自然の生命を体験し、よりよき生の向上を希求するものえある。これを新自然主義と呼ぶ。この自然主義は生活主義きょういくともいえよう。

 

   以上のように晩年の峰地は戦後の岐阜の山村での僻地教育の実践で、教育堪能期として自らを積極的に客観的な自然法則の認識と他者への幸福、愛情という主観的な側面を結合しての新自然主義教育の役割を提唱するのである。

 

   峰地は実践的な人間の側面を強調する側面から、郷土教育において、生産教育と生活学習を結びつけて考えるのである。郷土教育の認識方法だけで、 郷土を理解できるのか。郷土の人たちはそれだけで生きているのか。仕事の楽しみと余暇を楽しむ文化をもっていると。科学的認識では郷土の調査はひとつの手段であるが書物も読むことも必要である。

 

 しかし、実感的に、感性的に認識していくことは、極めて大切であり、調査もひとつの体験的認識で、調べて、記録して、書物を読んで客観化していくが、それだけではない。自分の郷土にない、自分の暮らしと全く異なる文化と触れ合うことによって、価値それ自身が根底に変わることもあり、そのことによって、自らの郷土を再発見することもある。 

 

3、峰地重光の生産教育について

 

 

 峰地重光の生産教育論は、郷土教育の展開のための暮らしに根ざした地域を発展させていくたものものである。科学的な郷土教育の視点をおさえることが不可欠である。

 

 峰地は、普通教育ほんらいの使命は生活能力の陶冶であると述べる。生活能力の陶冶には経済的かちの生産ということが含まれ、経済的かちを無視した普通教育はなりたたない。生産教育と作業教育とは異なる。作業教育は生産の結果を放棄している。手工の教育価値は経済的価値を有する物品を作り出すことにある。

 

 作業教育は個人的要求として組織論をもたないが、生産教育は社会的要求からの具体的組織論をもつ。生産教育は根本的に個人生活と社会生活の一元的な生活になる。

 

  生産教育は、社会的な経済と結んだ活教育そのものであるということが、峰地の根本的な見方である。つまり、生活能力ということの大きな位置に経済的価値をつくりだす生産能力になる身体的、精神的活動、技能的陶冶をなすところにある。

 

 峰地は当時の教育は、知識を身に着けても明日への生活を約束するものではないという知識偏重の教育であると考える。生活能力は、一個人のものとしてではなく、労働協同体のものとして訓練すべきであり、生活能力の陶冶を目的とする生産教育は、社会的な存在からの社会意識の要求にしたがって行われる教育であるとみる。

 

 さらに、峰地は、道徳のことも、筋肉運動の教育、芸術表現の教育も、生産教育の内容に位置づけているのである。生産教育を広く、全生活過程の能力陶冶であると、とらえるからである。生産教育には道徳的陶冶ということから道徳の知識と判断力をもつ。つまり、判断力では善を好み、悪をにくみ、為すべきことを為すということである。

 

 生産教育では、普通教育の読み方、書き方、算術などの普通教育の他に、農業、園芸、印刷、彫刻、靴製造、縫製の農工業の修養も加えるのである。筋肉運動は児童の知的発達に多大な影響をもち、手工と体育という面から意味をもっている。

 

 職業教育は、汗を流して仕事をすればいいという問題ではない。体操遊戯も生産教育から重要な役割を果たすということである。芸術的表現は民衆の生活を豊かにし、大衆の生活を潤すために、生産教育でも大切とするのである。

 

  峰地は職業教育について、実際生活や体験を基盤にしての科学的教育、人格形成における道徳教育の役割、細かな熟練や健康維持のための保健体育教育、豊かな情報の発達としての芸術教育を位置づけていたのである。職業教育は決して忍耐教育や目先のすぐに役にたつ適応主義的な教育ではないと考えているのである。

 

 生産教育は実用主義教育ではない。生活教育の思想にもとに、郷土を郷土を客観的に科学的に認識して、それ自身の法則性の基に、明日へのよりよき郷土社会を建設するために農村振興という農村教育を展開することにあるという。昭和初期の農村の絶対的窮乏のなかで、農村の更生ということは大きな課題であった。

 

 国家としても農村の自力更生運動を展開するのである。国家主義的な上から動員主義と押し付け教育を克服できずに、運動は大きな成果をあげることがなく、日本の戦前の重大な問題であった侵略戦争に、つき進むのである。 

 

  産業教育に関する決議を全国小学校教員総会で、昭和7年に満場一致でされる。そこでは、初等教育において、産業的成果をあげる目的をもって、勤労の習慣養成、郷土の産業を研究助長し、教育上職業指導と共に学校生活を社会生活を基に進めることとしている。

 

  そして、具体的な方法として、農村では農業の施設を都市では、商工施設を充実させて、実習的訓練をもって、生活と産業の関係をもって、収穫をあげて、手工品を実用ある価値あるものにして、販売する教育を推進したのである。

 

 とくに、高等小学校では産業教育を重視したのである。これらの運動は、きわめて実利主義的に展開したのである。峰地の考える生活と関連させた科学主義教育、人格形成教育などとの生産教育とは大きく解離していたのである。

 

 峰地の生産教育論に多くの批判があった。峰地は、それにひとつひとつ丁寧に反論している。小学校教育は国民教育としての一般陶冶を目的にするものであり、生産教育は特殊的陶冶に重きをおくので、小学校教育の本来からはずれるものである。学校において、製品を直接販売することは、営業類似の商業行為であり、厳重に取り締まるべきである。結果重視の教育は、小学校教育に功利的なものを持ち込んで、じどうたちを利においこんでいく。

 

 この反論として、峰地は、小学校教育の立場を忘却するものではなく、財的な教育は一般教育の目的をはずれたものではない。生産教育は、財政的能力を養うことを目的としているもので、純粋なる商行為を目的とするものではなく、商人と対抗して市場行為をするものではない。

 

  また、生産教育は、実利的な生産教育ではない。財政的能力の養成は、一面的にとらえると功利打算的人間をつくりやすい。教育の教育の方法によって、その懸念をなくすことが必要である。

 

 さらに、生産教育に、反復的労働を課すのは教育的ではなく、教育的労作教育は、創作労働でなければならない。人間陶冶は、反復労働であってはならないという生産教育に対する批判である。

 

  この批判に、峰地は創作活動の必要性を、新しい芸術を生み、新しい発明を生む過程として認めていくことを力説する。大切なことは、反復労働を創作活動と矛盾するという見方である。反復運動は技能発達の要件である。ピアノの例などで、説明している。

 

 生産教育において、組織論が必要である。個人本意、横割り、縦割りという労働における分業と協業によって、労働組織は編成される。それには、計画と実行がある。学校では、集団主義があり、全職員の協働による経営と、教師と児童と父母の三位一体の仕事もある。

 

 小学校の郷土教育には、自然、思想、経済、生産とがあり、自然には、きょうどの山岳・河川、郷土の気候、水質・土質、動物・植物・鉱物などがある。思想は、郷土社会、各種会合、教育教授研究会、訪問座談会。経済は各種新聞、雑誌、校区の経済状態、学校経費、町長、県、国、保護者、父兄会。生産は、郷土生産様態、商工会、農会、各商店、工場、士俗玩具研究会。このように、4つの分野からの組織編成の要素を峰地は列記している。

 

 そして、生産要素と教育ということから、自然、労働、資本をあげる。土地は自然力の最も代表的なものであるという見方を峰地はもっている。山林に入り自然に適した果実を採取する。農業は農具、漁業は漁具という生産手段が必要である。

 

  自然物として、土地、鉱物、天然林がある。自然力として、原始的自然力、風力、水力、光線勢力、気力、引力、電力がり、器械により生じた熱、光、電気があるという。峰地は土地を離れた生産はないと考える。土地の可変性を利用しての経済化として、農業における肥料の施し、道路の開通、港の整備によっての交通機関の発達。自然と土地は経済上ばかりではなく、精神的にも多大な影響を与える。寒さと暖、乾燥と湿気、山岳と高原、森林、島、水境、沼湖、人自身が人に対する環境など。

 

  自然や土地の環境が教育的にも、財的関係にも深い関係があるならば、小学校教育の経営において、それを充分に考慮に入れなければならないということが峰地の立場である。峰地は、いままで述べてきた生産教育の考え方から、具体的に各教科にわたって、特別活動などで具体的に展開していくのである。

 

 

 

 (3)現代の農村体験学習とその教育的価値

 

 2003年3月に、体験活動事例集を文部科学省は、出しているが、最初に、体験活動の教育的意義について中央教育審議会の21世紀を展望した教育の在り方を引用して、次のようにのべる。「体験活動とは、文字どおり、自分の身体を通して実地に経験する活動のことであり、子どもたちがいわば身体全体で対象に働きかけ、かかわっていく活動のことである。

 

  この中には、対象となる実物に実際に関わっていく「直接体験」のほか、インターネットやテレビ等を介して感覚的に学びとる「間接体験」、シミュレーションや模型等を通じて模擬的に学ぶ「擬似体験」があると考えられる。

 

  しかし、「間接体験」や「擬似体験」の機会が圧倒的に多くなった今、子どもたちの成長にとって負の影響を及ぼしていることが懸念されている。今後の教育において重視されなければならないのは、ヒト・モノや実社会に実際に触れ、かかわり合う「直接体験」である」。

 

 このように体験学習をインターネットなどによる疑似体験では、直接的に自分の体を動かして、実際に対象物にかかわることを重視している。そして、「体験活動とは、教科学習においてその指導目標達成の手段として行われる、例えば観察、実験等の類のものではなく、自然教室や臨海学校のように、それ自体、目標や指導計画、指導体制、全体の評価計画などを持つまとまりのある教育活動を意味するものである」と目標達成の手段ではなく、全体の評価計画をもっての活動をさしている」。

 

 疑似体験がインターネットの普及やテレビなどの普及などで間接的な仮想現実にとりつかれる現実がある。このことは負の側面があるとみている。あらためて、実際の生活や実際の事実、自ら観察し、実験して検証していく科学的な認識が求められているのである。

 

  そして、人格形成における実際の人間関係、暮らしや労働の現実を仲間と共に、行動し、作業しながら協同で考えていくことが、自己のなかに閉じこもっ閉じこまって、友人関係など仲間の形成が弱くなっている現実で、大切になっている。

 

  中央教育審議会の21世紀を展望した教育の在り方の答申での体験活動の教育の役割の重要性についてつぎのようにのべる。「体験活動は、豊かな人間性、自ら学び、自ら考える力などの生きる力の基盤、子どもの成長の糧としての役割が期待されている。

 

  つまり、思考や実践の出発点あるいは基盤として、あるいは、思考や知識を働かせ、実践して、よりよい生活を創り出していくために体験が必要である。具体的には、次のような点において効果があると7点について列挙している。

 

「1、現実の世界や生活などへの興味・関心、意欲の向上。2、問題発見や問題解決能力の育成。3、思考や理解の基盤づくり。4、教科等の「知」の総合化と実践化。5、自己との出会いと成就感や自尊感情の獲得。6社会性や共に生きる力の育成。7、豊かな人間性や価値観の形成。8基礎的な体力や心身の健康の保持増進」。

 

「子どもたちに[生きる力]をはぐくむためには、自然や社会の現実に触れる実際の体験が必要であるということである。子どもたちは、具体的な体験や事物との関わりをよりどころとして、感動したり、驚いたりしながら、「なぜ、どうして」と考えを深める中で、実際の生活や社会、自然の在り方を学んでいく」。

 

 この学びのなかで、強調しなければならないことは、具体的な事実の確認、観察や実験などをとおして、従前の知識を大切にしての科学的な視点をもつことである。これを決して学校教育では軽視してはならない。それは学校としての独自の教育的役割である。

 

  詐欺や嘘が出回る世界である。総合的な生きる力をつけていくことで、その基盤になる科学的な認識を軽視して、それぞれの教育課題を並列して、総合化と言っても真の創造的に社会や科学・技術を作り出していく「生きる力」にならない。

 

  文部科学省の中央審議会の答申では、自然や社会の実際の体験をとおして、「そこで得た知識や考え方を基に、実生活の様々な課題に取り組むことを通じて、自らを高め、よりよい生活を創り出していくことができるのである。このように、体験は、子どもたちの成長の糧であり、[生きる力]をはぐくむ基礎となっているのである」と述べるのべる。この考えは、1996年7月の中央教育審議会答申「21世紀を展望した我が国の教育の在り方の見解である。)

 

 

 

  2001年に、学校教育法の改正が行われ、教育の目標に、学校内外における社会的活動を促進し、自主、自律、及び協同の精神、規範精神、公正な判断力など主体的に社会の形成に参画して、その発展に寄与すること、自然体験活動を促進し、生命及び自然を尊重する精神並びに環境保全に寄与する」ことが明記された。

 

 また、この文部省の体験活動の意義の記述には、書かれていないが、学校教育法での学校教育目標に定められている二つのことを付け加えることが大切である。「生活にかかわる自然現象について、観察及び実験を通じて、科学的に理解し、処理する基礎的な能力を養うこと」。「職業についての基礎的な知識と技能、勤労を重んずる態度及び個性に応じて将来の進路を選択する能力を養うこと」。

 

  この二つの教育目標と体験活動が結んでいくことが大切なのである。体験活動が個々の子どもたちが将来の職業目標の形成、進路の選択に結びついて、生きる力を具体的な将来の目標との関係で、子どもたちが、そのために社会や自然に対して科学的な能力を身につけることが必要である。

 

  そして、美術・音楽・文芸等による情操の発達、身体の健康・発達を遂げて、楽しく幸福な生活のために心神の調和的発達が大切である。これらのことを通して、自主・自律・協同の主体を主体的な人間形成の教育目標が大切である。個々がバラバラに発達を遂げていくのではなく、実際生活にける科学的認識を基盤に、それぞれ個々には得意や不得意があるが、常に全体的にバランスをもって全面的に発達させていくことが求められているのである。

 

 多くの事例報告は自然体験学習の記載がされているが、本稿の視点からは、生産教育的視点や、進路選択などとかかわる事例として、鹿児島県立末吉高等学校の農家委託実習体験を通しての実践が注目されるものである。

 

活動のポイントを5点あげている。「1、宿泊体験を通じて、農業経営に必要な基礎・基本をはじめ、新しい農業の知識や専門的な技術を学び、将来の農業後継者および農業理解者を育成する。2、農家での宿泊体験を通じて、実践的な農作業体験を通じたコミュニケーション能力の育成を図る。3、宿泊実習及び農家での農作業を行う中で、「話を心で受け止める」、「自分の考えを伝えられる」ことを実践し、心の醸成と涵養に努め、人格の向上を図る。4、農家での農作業体験を通して、勤労と責任を重んじ、社会の形成者としての自覚と自分の果たすべき責任と役割について認識し、高校生活後半の学校生活と学習の目的意識を向上させる。

 そして、自分の適性や能力を知り、人生における夢と希望を持てるようにする。 5、家庭を離れての不自由さと出会い、「時間のけじめ」、「静と動のけじめ」、「時と場所のけじめ」を体得する。また、様々な困難を克服することで感動する場面を体験し、積極的・意欲的に取り組み、最後までやり遂げる強固な精神力を育成する」。

 

  活動内容は、生物生産科2年生が対象で、農家委託実習体験(7泊8日)である。生物生産科の2年生を対象に農巧クラブ員宅21戸。農巧クラブは農業科・畜産科・生物生産科の卒業生で組織。委託農家については、本校農業科・畜産科・生物生産科卒業生先輩の優良農業自営者より選び、学校と農巧クラブおよび卒業生の自営者で組織する自営者部会が協議し決定している。

 

  肉用牛農家では、牛への給餌、採糞、ブラッシング、子牛への哺乳等の活動を行い、茶の栽培農家では、追肥、除草、稲刈り、脱穀等を行っている。

 

  実習期間中は、他人の家の中で生活することで自分を見つめなおし、新しい自分自身に出会う機会にするため、携帯電話の持ち込みは禁止した。生物生産科職員は授業の合間を見ては巡回指導をした。校長と農巧クラブ会長は21戸の全委託農家を訪問し、直接生徒たちに声をかけ、「頑張るよう」指導した」。

 

「体験活動の支援体制も重要である。曽於市長、普及センター所長、農巧クラブ会長、自営部会長、副会長及び支部長が中心となって支援体制の実行委員会を結成した。

 

  農作業は、危険が伴うため、学校で加入するインターンシップの保険と期間限定の民間の保険に加入し、委託農家もトラクタの運転等はさせないなど、安全管理と健康管理には十分に配慮した。

 

  体験活動の成果と課題は、保護者からは、「今まで学校での話はしなかったが、委託実習の話はよくしてくれた」、「委託農家の方とのいい出会いができてよかった」、「以前と比べて意欲的に行動するようになった」など生徒の変容がる。課題としては、委託農家から指摘の多かった「興味・関心」、「積極性」を育てるための指導の強化と農巧クラブ・委託農家及び関係機関との連携強化である」。

 

  7泊8日という期間での農業体験学習であるので、生徒の高校生活も全体からみれば、わずかな期間であるが、地元の農家での生活が、その後の生徒たちの進路にどのような影響をあたえたのか。また、自分の家族と全く離れての生活が、その後に、どのような変化があったのか。大きな長いスパンのなかでみていくことも必要である。

 

  そして、この学校の取り組みが学校内の教育活動とどのような関係があって、普段の授業にどのように影響を与えていったのか。それぞれぞれの教科との関係や特別活動なども含めてどうであったのか。

 

 

  2014年の食料・農業・農村白書で、人口減少社会における農村の活性化、 地域資源を活かした農村の振興をあげている。ここでは、「田園回帰」の動きに注目を注目している。

 

 農林水産省が都市住民を対象に行った調査によると、農村について、「空気がきれい」、「住宅・土地の価格が安い」、「自然が多く安らぎが感じられる」、「子どもに自然をふれさせることができる」等の良いイメージを持っている。 また、内閣府が行った調査によると、多くの都市住民が農村を子育てに適している地域と考えている。

 

 一方、全国の合計特殊出生率をみると、おおむね大都市を有する都道府県とその周辺で低い傾向がみられる。このような中、都市に住む若者を中心に、農村への関心を高め新たな生活スタイルを求めて都市と農村を人々が行き交う「田園回帰」の動きや、定年退職を契機とした農村への定住志向がみられるようになってきているのが注目されることである。

 

  内閣府が平成26(2014)年度に行った調査によると、都市住民の3割が農山漁村地域に定住してみたいと答えており、その割合は平成17(2005)年度に比べて増加している。

 

  特に、20歳代男性の農山漁村に対する関心が高いこと、60歳代以上の男性については定年退職後の居住地としてUIJターンを想定していることがうかがえる。一方、女性については、全般では男性より低いものの、30歳代及び50歳代で比較的高い定住願望がみられる。

 

 農村の活性化とその持続的な発展のためには、多様な地域資源の有効活用により地域の潜在力を最大限に発揮し、産業の育成や雇用の確保、所得の増大を図ることが重要であると白書はのべている。

 

  このため、女性や外部人材等の視点や能力を活かし、地域資源を活用した新たな観光資源や商品の開発、情報の発信等により、新たな地域づくりや地域間交流に取り組む事例の展開を評価していくことが求められる。20年近く新規就農支援に取り組み、産地回復・若返りを実現した取組として、公益財団法人志布志市農業公社(鹿児島県志布志市)がある。

 

 鹿児島県志布志市しぶししでは、1968年からピーマンの促成栽培に取り組み、1972年には「野菜生産出荷安定法」に基づく指定産地となり、1977年には栽培面積が22.5haまで拡大した。しかし、燃料費の高騰や高齢化・後継者不足から面積が減少し、1990年には7.5haまで落ち込み、指定産地要件の10haを下回ったため、指定解除の危機となった。このため、後継者育成だけでなく市外・県外から新規就農者を募集することとし、1996年、志布志町とJAそお鹿児島の共同出資により財団法人志布志町農業公社が設立された。

 

 これまでの研修事業の積み重ねによって、2013年には過去最大の栽培面積を上回る23.4haとなり、全国でも主要な産地となっている。高齢化に悩んでいた同JAピーマン部会の平均年齢は48歳まで若返り、地域に子供たちも増え、地域の活性化を実現しています。2014年9月時点で、ピーマン部会87人のうち、新規就農者は60人(69%)、特に、同公社の志布志事業所でピーマンの専門研修を受けた新規就農者は45人(52%)と過半を占めている。

 

  これまで18年間の研修生は96人で、このうち70人(73%)が就農している。取組当初は、就農時のハウスの初期投資の準備資金が不足し、就農できない人がいたが、準備資金を持っているか明確に確認すること等により、2008年以降は研修途中の辞退や就農後の離農はない。研修生の9割以上が非農家出身で、年齢構成は30歳代の43%、40歳代の33%が多く、20歳代や50歳代もいます。出身地別では、県外が74人(77%)、県内が22人(23%)となっている。

 

 環境保全に効果の高い営農活動に取り組むことは、地域環境や地球環境の保全・向

 

上に資することから、化学肥料・化学合成農薬を原則5割以上低減する取組と合わせて、地球温暖化防止や生物多様性保全に効果の高い営農活動に取り組む農業者等に対して環境保全型農業直接支払が実施されている。

 

 環境保全に効果の高い営農活動として、土壌への炭素貯留を目的とした、①カバークロップ(緑肥)の作付けの取組、②炭素貯留効果の高い堆肥の水質保全に資する施用の取組、生物多様性保全を目的とした、③化学肥料・農薬を使用しない有機農業がある。

 

  このほか、④地域の環境や農業の実態等を勘案した上で、地域を限定して取り組むことができる地域特認取組を対象として支援している。2015年1月末現在における取組面積の見込みとして、前年度に比べて10,428ha増加し61,542haとなっており、毎年取組の拡大が図られています。

 

 ところで、世界農業遺産認定地域における農村景観の保全地域活性化取り組みも取組も農村の新たな活性化として前記の白書は指摘している。

 

  大分県の国東(くにさき)半島宇佐(うさ)地域(豊後高田市(ぶんごたかだし)、杵築市(きつきし)、宇佐市(うさし)、国東市(くにさきし) 、姫島村(ひめしまむら)、日出町(ひじまち))は、降水量が少なく、河川も短く急勾配で、保水性が乏しい火山性土壌であることから、約1,200の小規模なため池による用水供給システムにより、水稲、原木しいたけ、シチトウイを栽培する伝統的な農業が行われてきた。

 

  また、しいたけの原木となるクヌギ林とため池群により、多様な生物が育まれ、里山の良好な環境や景観が保全されてきた。

 

 豊後高田市の田染小崎(たしぶおさき)地区は、中世の荘園村落の姿を現在に色濃く残す地区で、史跡や土地の形状を利用した水田が継承され、千年前から続く美しい農村景観を今にとどめている。

 

 また、山麓一帯にクヌギ林が広がるとともに、ため池からの用水が田越しかんがいにより水田を潤している。1999年に同地区自治会の下部組織として設立された「荘園の里推進委員会」では、中世荘園村落遺跡の保全とそれを活用した地域づくりのため、荘園領主(水田オーナー)制度や御田植祭、収穫祭、ホタル鑑賞会の開催、マルシェの出店、グリーン・ツーリズム等に取り組んできた。

 

  世界農業遺産認定の後押しを受け、地元食材を活用した高付加価値商品や新たな都市農村交流プランの開発等、地域資源を最大限に活用した地域の活性化に取り組んでいる。

 

 都市と農村の多様な共生・対流の重要性、グリーン・ツーリズム、訪日外国人旅行者受入れの推進、子供の農業・農村体験、農業と医療・福祉との連携を始めとする活力ある農村の構築のための取組が全国各地で進んでいる。

 

農村における訪日外国人旅行者受入れも新たな動きである。近年、世界遺産の登録、日本の食文化への関心の高まり、効果的な観光プロモーションの推進に加え、短期滞在ビザの免除や緩和、為替の円安方向への推移等により、2014年の訪日外国人旅行者数は1,341万人に達しました

 

 観光庁の調査によると、訪日外国人旅行者は、伝統的な食文化体験、日本の農村の風景の見学、伝統的な町並み巡りに対する興味が高い傾向にあり、大都市だけでなく農村についても高い興味を示している。

 

 訪日外国人旅行者の農村への誘致の事例として、「VISIT JAPAN トラベルマート2014(主催:観光庁等)」の一環で行われた海外の旅行会社等による視察旅行の九州コースに、グリーン・ツーリズム先進地域である大分県宇佐市(うさし)安心院(あじむ)地域を組み込み、農林水産省の都市農村交流事業も併せて活用することにより、地域の魅力をアピールしている。

 

  カナダ、ロシア、タイ、中国、韓国等10か国24人の参加者が数人ずつに分かれて、農家民宿で鶏天、だんご汁等の郷土料理を味わい、稲刈り・いも掘りや伝統工芸品づくりを体験している。

 

 これらの動きは、今までの観光の発想を全く変えて、農村の景観や歴史文化を見直して、積極的に大都市や海外から観光客を農村に滞在させて、新たな活性化をはかっているのである。教育観光として、大胆に海外や大都市の子どもたちをターゲットターグットとして積極的に取り組むことは、より子どもたちの視野に、体験をとおして広げていくことになり、大都市や海外との交流や連帯の場を与えていくことになる。とくに、海外との関係では近隣諸国との平和・連帯は極めて大切であり、文化の共通、歴史文化をお互いにしることにより、平和への構築に大いに貢献していくのである。

 

  2022年12月に文部科学省は、田園都市国家構想実現の事務局の「農山漁村体験活動実施状況調査結果」をまとめている。

 

 カッコ内の数字は5年前の2017年の数字である。小学校の19,173学校のうち6516(4625)学校で、5年生の体験学習を実施している。実に34%である。中学校は、9409学校のうち1249(1097)学校で2年生1249学校13,3%の実施である。高校は、3996学校のうち303(456)学校の2年生303学校7,6%が取り組んでいる。小学校では、1年生2162学校、2年生2290学校、3年生2778学校、4年生2498学校、6年生2300学校と、5年生に集中していることがわかる。

 

  農山漁村での小学校での体験学習の利用施設は自然の家等の青少年教育施設3534(3838)学校、ホテル等の民間宿泊施設1694(1186)学校、民宿135(273)、農林漁家93(172)学校、廃校施設60(59)学校、公民館など1378(171)学校。中学校は、自然の家等の青少年の教育施設373(764)学校、ホテル等民間宿泊施設592(868)学校、民宿177(302)学校、農林漁家35(680)、廃校9(3)、公民館等209(51)学校。高校は、自然の家等の青少年の教育施設15(46)学校、ホテル等民間宿泊施設90(114)学校、民宿17(90)学校、農林漁家14(139)、廃校1(0)、公民館等24(15)学校。体験活動の利用施設は5年前と異なる。公立・国立やの青少年教育施設や地域の公民館が一定の役割を果たしているのである。

 

  日本の学校教育において、体験活動の推進が小学校から高校まで一定の割合で進み始めているのである。これらの活動が具体的にどのような活動内容であるのか、教育的効果がどうであったのか。地域での受け入れ体制はどうであったのか。

 

  将来への職業観育成・勤労意識の向上ではどうであったのか。これらは、今後の具体的なひとつひとつの事例にもとづいて探究していく課題である。