社会教育評論

人間の尊厳、自由、民主的社会主義と共生・循環性を求める社会教育評論です。

プロパガンダ・世論操作とメディア民主主義

   

プロパガンダ・世論操作とメディア民主主義

 

 

はじめにー

 

 ウクライナ戦争は、テレビばかりではなく、SNSも含めて情報戦が行われています。世界の世論形成にメディアは、大きな役割を果たしています。ウクライナ・欧米とロシアとのプロパガンダが大々的にやられ、ウクライナの悲惨な映像、ロシア軍の動きが日々報道されています。ロシアのプロパガンダも世界中にながされています。双方の立場から、国際的な世論形成の情報操作が軍事作戦と平行して行われているのです。
 戦争当事者だけではなく、世界の世論がウクライナ・欧米諸国とロシアのどちらが握るのかという情報戦争が行われているのです。このような状況で、あらためて、エドワード・バーネイズ著「プロパガンダ」とW・リップマン「 世論」を読んでみて戦争下におけるメディア民主主義の問題を深くみつめてみたいと思います。
 このたびのウクライナ戦争は、国連憲章国際法を無視したロシアの侵略です。主権をもつウクライナに武力侵攻したことだけでわかります。この事実は、それぞれの国の立場や人々の価値観を超えて、ウクライナに平和をもたらすうえで重要なことです。

 しかし、なぜ、ロシアが侵略行動に走ったのか。悪と正義の戦いということで、武力に解決を頼ることでは、犠牲を大きくして、和平の話し合いを遠くにしていきます。

 現実は、マスコミ、SNSに動かされての二者択一的な悪魔、残酷という双方からの感情発信が支配しているのです。この状況では、憎しみを煽って戦争の激化、長期戦になるばかりです。戦争には、情報の戦いがつきものです。ウクライナ・欧米とロシアの立場によって、情報の流し方が全く異なるのです。
 侵略戦争はいかなる理由があっても許されることではありません。国連憲章国際法による外交の努力で、仲介も含めての国際的な話し合いによって、解決することができなかったのか。隣国に武力侵略ということで、やってはならないことをロシアは、なぜ実行したのであろうか。

 この問題は、単によい国と悪い国、悪魔の指導者と正義の戦いということで単純に決めつけでは本質がみえないのです。もともと民族的にも近く、文化的にも同じ側面を強くもっていたロシアとウクライナの双方です。90年以前のソ連の時代は、同じ国であり、ソ連の多くの国家指導者を輩出してきたウクライナです。ロシアの芸術・文化の名高いリーダーは、ウクライナ出身も多くいたのです。このような間柄で、なぜウクライナとロシアの大きな紛争の種は何にか。なぜ、話し合いによって、問題の解決ができなかったのか。
 ロシアとウクライナは、歴史的にも多くの矛盾も存在していました。帝政ロシア時代からウクライナとの矛盾があったのです。ロシア革命後のウクライナでの赤軍と白軍との戦い、スターリン統治によるウクライナの悲劇、ソ連におけるナチスドイツとの戦いでのウクライナ民族主義の役割、冷戦の時代の計画経済・集団農場体制でのウクライナとロシアとの矛盾、そして、冷戦が終わりソ連崩壊関係まで様々な矛盾があったのです。民族的な重視の東方正教会との国家と結合していく宗教的な意味からの文化的な摩擦との関係もあります。ソ連崩壊後のウクライナの国家としての独立から、憲法事項の体制的な政治的な対立がありました。ウクライナ独立後は度重なる政変があったのです。
 東方正教会でのロシア正教会ウクライナ支部と独立正教会カソリックという宗教的な文明衝突もあるのです。愛国主義東方正教会は、宗教的な側面と民族主義が密接に結びついていたのです。ソ連崩壊後は、ロシア正教会と国家との関係は強くあり、プーチン大統領の思考のなかには、歴史的な関係も含めて強く存在しているのです。
 今回のロシアのウクライナへ侵略には、2014年のウクライナ革命とロシアのクルミヤ併合、2015年のミンスク合意、その後のウクライナ東部での内戦、ウクライナNATO加盟問題、ウクライナ民族主義運動のナチスドイツに協力し、反ソ連ウクライナ蜂起軍と連携したバンデーラの国家としての英雄への再評価、首都の中心街にバンデーラの通り名がうまれるなどです。平和友好の協調ではなく、ロシアを敵視し、結果的に侵略戦争を誘発した様々な原因を探ることも大切です。
 今後、極めて難しくなった和平をどのようにして達成するのか。どちらかが降伏するか、どちらかの政権が倒れるか、それまで待つというのか。これらには、多くの人々が犠牲になっていくのです。これでは、悲しむべき事態です。
 感情的に善悪のみで、テレビやSNSなどで悲惨な映像だけでは、ロシアのウクライナ侵略の問題をみつめたことにはならないのです。ウクライナの戦争に反対して、平和を達成することは難しい課題が山積しています。マスコミ報道のしかたも憎悪を煽るような報道の仕方では、結果的に戦争の世論を増幅させる働きをもつだけです。
 戦争当事者の情報戦のプロパガンダの情報を横流しするだけではなく、どのようにしたら和平、平和が達成できるのかということをマスコミの倫理として求められているのです。この意味で、政治的な対立ばかりではなく、宗教的な側面と国家との関係など多様な立場からの国際的な情報の提供がメディアに必要です。
 とくに、国連憲章国際法バンドン会議などの帝国主義国の植民地から独立した国々の非同盟中立の平和原則、日本国憲法の平和主義などを思考の基礎にして、問題に向き合う必要があります。ウクライナや欧米からの情報ばかりではなく、多様な立場からの情報が必要になっているのです。その多様な立場からの国際法にてらして、平和達成のための思考が求められているのです。
 ウクライナ戦争の問題からストレートに台湾問題に結びつけて考える報道も数多くみられます。また、日本でも仮想敵国論として、中国や北朝鮮、ロシアとの関係が取り沙汰されて、もし侵略されたら日本を守ることができないとして、敵地攻撃・敵地中枢の殲滅、核享有、軍備増大が叫ばれ、武力対武力という軍事競争発想の報道も目につくのです。日本と中国は平和友好条約が結ばれていますが、北朝鮮との関係は、国交さえもありません。ロシアとの関係は国交回復をして、貿易関係、経済的な開発協力もありますが、平和条約はありません。それぞれ、外交的な課題は、大きく異なっているのです。日本国憲法の平和主義精神からの外交交渉が最も大きな課題です。
 日本は1945年の軍国主義の敗戦を冷静にみる必要があるのです。日本の戦前は、軍国主義体制をとって、アジアの侵略を行った過去があります。明治維新の日本の近代化も国際協調の精神を基に、その努力を人々とともに、軍国主義体制の対抗のなかで見直す必要もあります。アジアの諸国は、軍事侵略を受け、植民地・半植民地されたことを決して忘れてはいないのです。戦後に、日本が憲法の国際協調主義と平和的生存権を人類普遍の理想として宣言し、憲法九条を定めたのです。


 1955年にインドネシアのバンドンで開かれたインドネシア、インド、エジプト、中華人民共和国などアジア・アフリカの首脳29ヶ国で平和10原則が決議されました。後に、1961年に設立された非同盟諸国会議につながっていきます。2016年の時点で参加国120、オブザーバー17国になっています。常設の非同盟諸国常任委員会もあります。世界には、非同盟の平和運動があることを見落としてはならないのです。
 非同盟の運動は、国連憲章の尊重、全ての国の主権と領土保全を尊重、他国の内政に干渉しない、集団的防衛を大国の特定利益のために利用しない、国際紛争は平和的手段によって解決、核兵器禁止条約などに貢献しているのです。
 日本は、戦後に基本的人権や民主主義の憲法を定めて、日本人が持っている優れた素養を活かして世界的に誇る優れた技術を生みだし、経済を大きく発展させたのです。ウクライナ戦争から学ぶことは、仮想敵国をつくって核共有論や適地攻撃論の力の対決ではなく、近隣諸国と平和友好を発展させる絶え間ない努力をすることです。戦争を挑発、誘発する恐ろしいことは決してやってはならないことです。

 


 (1)エドワード・バーネイズ著「プロパガンダ」からの戦争とプロパガンダ

 


   エドワード・ルイス・バーネイズ(1891年~1995年)は、政治、経済、教育、芸術など様々な分野において、大衆の世論操作の大切さを説いた人です。そして、その活動を積極的に展開し、広報の父ともいわれました。かれは、オーストラリア系のアメリカ人で、アメリカで活躍したのです。代表的な著書として、「プロパガンダ」があります。エドワード・バーネイズの時代は、大規模なマスメディアの発達がされたときです。著書の「プロパガンダ」は、この時代のなかで、大衆の世論操作がいかにして可能になるのかということを理論化したものです。 プロパガンダは、権力者の政治宣伝による世論形成でもあります。戦争には、大衆を積極的に動員するために大きな武器となっていく歴史があったのです。かれの理論は、ナチスドイツをはじめ積極的に利用されました。
 戦争でのプロパガンダには、大衆の洗脳が重視されます。また、20世紀の民主主義の発展、とくに議会制民主主義の選挙制度によって、プロパガンダは重要な意味をもってくるのです。これらの戦争や政治の世界では、感情的なプロパガンダによって、具体的な問題状況や社会の抱えている矛盾の真実から離れ、外交交渉や政策の論議よりも大衆を洗脳して、偏りや誤解を招いていくことが多々あるのです。

 現代ではイラク戦争ウクライナ戦争において、メディアの総監視のもとに、攻撃の模様、戦争被害の悲惨な状況が、メディアの大衆心理的洗脳技法を用いてコントロールされているのです。この手法は、SNSと言う新しい情報媒体を含めて、すべてのメディアによって、AIなど技法も高度化して、大々的に世界の人々をメディアにひきつけているのです。まさに、人々の洗脳をメディアによって行われているのです。
  大衆宣伝ということでのプロパガンダは、相手を攻撃し、相手が劣等で、非道的な存在であるという中傷がまず重要とエドワード・バーネイズは述べるのです。相手を人格攻撃するということでは、4つの信用失墜、中傷、悪魔化、非人間性を積極的に利用するというのです。また、魅力的に、曖昧な言葉で対象に自分たちを好印象づけるのです。
 そこでは、社会的に高い信用性のある人物や集団を宣伝に積極的に利用することも重視していくのです。それは、大衆の意識にある権威主義があるためです。その権威意識を積極的に利用するのです。このために、自分たちの戦争協力者や政治体制協力者の学者・文化人や有名人が積極的に利用されるのです。大衆をコントロールするのは、民主主義を前提にする社会で、極めて重要になるとエドワード・バーネイズは考えるのです。まさに、目に見えない統治機構としての大衆の世論のコントロールとして、プロパガンダは必要なのです。
  一般大衆にとって、理屈のうえでは、政治的、経済的、道徳的な雑多で小難しい情報の是非を自分自身で判断することは実際には難しいのです。一般大衆は、指導者から直接に、メディアをとおして間接的に、事実と認められる内容の情報を得ることで判断していくのが一般的です。

 


企業の広告宣伝による消費行動を生みだす世論操作


 プロパガンダは、企業の広告宣伝による消費行動を生みだす世論操作のPRということもあります。市場に出回っている商品も実際に時間をかけて調査をすることはできないのです。一般大衆は、宣伝行為を通して自分の選択の幅を狭めているのです。プロパガンダを推進する人たちは、自分たちの政策や政治思想、商品に大衆の目が向くように、大変な労力を常にはらっているのです。
 この実際の動向とは逆に、プロパガンダやそれに類似した大衆に対する働きかけの手法ではなく、賢人会議のように知識人たちのつくる委員会が大切とする見方もありました。それは、公私にわたり、一般大衆への行動判断になる情報提供をするという考えです。実際の近代化によるメディア発達の社会は、自由競争で、プロパガンダに委ねたのです。自由競争の社会を適切に機能させるために、指導者のリーダーシップと宣伝行為を利用することによって、自由競争をコントロールすることができるということでした。

 エドワード・バーネイズはプロパガンダの事例を商品販売の拡大で、説明していきます。例えば、商品の流行は、プロパガンダ・PRによってつくられたのです。パリはファッションの本場です。その供給源になるメーカーがどのようにして、大衆に影響をあたえていくかということが重要です。著名人である伯爵夫人や公爵夫人にドレスや帽子を身につけてもらうように、それを雑誌や新聞が追いかけて、記事にしていくことです。百貨店はパリの情報源をもとん、最新の流行として、宣伝していくのです。こうして、継続的に計画的にプロパガンダを行う少数の知的エリートたちによって、流行がつくられていくのです。

 影響力のある実力者は、人々の社会生活をコントロールしていくプロパガンダで大切な役割を果たすのです。PRコンサルタントは現代のコミュニュケーション手段と社会集団の仕組みを利用して、それを操作することで、特定の考えを大衆に植え付ける代理人になるのです。

 また、顧客の方針、教養、体制、意見にも気を配り、大衆の支持を得ようとするのです。最初の仕事は、提供しようとしている製品が、大衆に受けいれられているのか、どんなやり方をすれば受けいれられてもらえるのか。
 第2に、ターゲットとなる様々な属性をもつ集団ごとにPRコンサルタントが窓口になってクライアントに代わって大衆に声を伝えていくのです。第3に、大衆との接点を持つ局面を想定して、活動、手続き、習慣を管理する計画をたてます。第4に、本格的な宣伝に入っていくという過程をふむのです。
 広報宣伝活動は、専門職として、それにふさわしい理念と倫理をもつことが求められるのです。企業の財政状況に関する秘密主義、ニセ情報など会社と大衆との関係を築くうえで、疑念を生むことはしてはいけないのです。PRコンサルタントの役割は、噂や疑惑に対処できることが欠かせないのです。大衆が望まない製品をつくったり、大衆との不要な摩擦を起こしたり、大衆を騙したり、たぶらかしないという公正も職務が必要なのです。

 企業は世論に左右され、商品の販路の拡大にプロパガンダは大きな役割を果たすということが、エドワード・バーネイズの指摘です。彼は、企業のPR担当者に次のようなことを求めます。具体的には、一般大衆が持っている特徴、ステレオタイプ、関心の移り変わりの熟知によって、その商品販売の課題へのアプローチです。
 一般大衆には独自の価値基準やニーズ、習慣がありますが、しかし、大企業は、一般大衆からの意見を快く受け入れないことが一般的にみられるというのです。大量生産と科学的なマーケティングに、大衆の求めるものを理解して、それを満たすことの努力が本来的に求められているのです。
 大企業は世論の支持をえることによって、ビジネスを前向きに拡大することができるのです。世論そのものが巨大企業を次々に誕生させるのを容認していくのです。つまり、世論が独占禁止法を緩和、撤廃されるのです。そこでの大企業は社会を見守る巨人となっているというのです。経済における好ましい結果の多くは広い意味でのプロパガンの計画的な活用がもたらしたものということです。大企業が大衆の支持を受けたとしても、大衆に密接な電力、ガス、水道などの公共サービスを常に大衆不満の格好の標的になります。
 PRコンサルタントは、世論の動向を予測して、不満を未然に防ぐために、世論調査をして、企業に対する大衆の不満や偏見を説得するのです。 企業にとって、新しい真実を大衆に伝える宣伝手法は、非常に有益な結果をもつというのです。誇大広告ではなく、反倫理的な宣伝ではなく、不当な競争を嫌っている人々が、本当に問題になっているのかのプロパガンダという武器を使うべきとエドワード・バーネイズの論語はなっていくのです。
 エドワード・バーネイズは、薄利多売を脱する付加価値層創造の宣伝法が大企業に求められるといいます。大量生産による低価格という競争力ではなく、大衆の視点からの魅力であるのかという品質による差別化の製品が必要になっているのです。
 それには、PRの原則になる集団行動の原理、大衆の権威者に対する盲目的に従うという原理、大衆は他者にならうという原理によって、製品の差別化を宣伝していくことであると。企業は、常に大衆が何をかんがえているかを把握して、大衆のこころをつかんで、変わりゆく世論に対して、公正に、豊かな感性をもって、自らを売り込んでいくための準備をととのえていなければならない。このようにエドワード・バーネイズはのべるのです。
 ここには、ニュースの情報操作や不遜、様々ざま誇大広告が生まれるのです。大衆が投票すべき政治家や買うべき商品が一方的に大衆の意識に植え付けられるということになるのです。世論を形成する際には、プロパガンダの手法が積極的に利用されるということになるのです。印刷機と新聞、電話、ラジオ、飛行機など大衆をコントロールするメカニズム、技術が開発され、コミュニュケーション技術の発達が世界中に広がったのです。このことによって、社会集団は、地域ごとのあるいはジャンルによる制約を受けることがなくなったとエドワード・バーネイズはいうのです。
 現代の情報社会は、SNSの発達によって、日常的な会話によるマスコミなどの情報についての議論を直接的に話し合って思考していくよりもテレビやスマートホーンの映像によって、感覚的な印象で判断していくのです。文字による言語よりもショッキングな映像や極端なフレーズによる決めつけの意見がわかりやすくて受けるということになていくのです。思考するよりも印象イメージが大きな役割を果たす情報社会になっているのです。

 



政治・戦争と世論形成におけるプロパガンダ


 エドワード・バーネイズは、数多くの集団のメンバーにとって、目に見えない、互いに絡み合ったグループ相互のネットワークのメカニズムが大きな意味をもつというのです。このネットワークによって、集団思想がつくられたのです。そして、大衆心理の手法を活用して、特定の考え方や商品を買わせるように、専門家の手による宣伝行為で人々は動かされ行くのです。大衆心理の手法は、エドワード・バーネイズのプロパガンダ理論による世論形成で重要であるということになるのです。
   プロパガンダは、大規模に特定の考え、信条や教養、商品を大衆に、大企業や政治家、社会グループが自分たちの考えや商品を広めるためのまとまった首尾一貫した、継続的な活動になるというのです。プロパガンダは、社会のあらゆる場面に、戦争宣伝から平時に利用されます。世界大戦のプロパガンダの驚くべき国威発揚の戦争遂行宣伝の成功によって、知的エリートたちは、大衆はコントロールすることができると。このように、エドワード・バーネイズは指摘するのです。
 プロパガンダは、国家の権力者が戦争を遂行することに、その遂行目的を達成するために大きな意味をもってきたのです。日本の満州事変や太平洋戦争遂行のなかで、マスコミが大きな役割がもつのは、大本営発表を新聞社がそもまま大々的に書いていったのです。このことによって、新聞の発行部数は飛躍的に伸びていくのです。第二次世界戦争の遂行には、新聞の協力が大きかったのです。
 イラク戦争のときも、プロパガンダが大きな役割をもったのです。大量破壊兵器イラクはもって世界を恐怖にさせている、9.11事件の首謀者と関連があると大々的に宣伝した。このことによって、アメリカ国民の熱狂的な支持のもとにイラクの侵略をしたのです。戦争によって、イラクフセイン大統領をはじめ指導者を殺し、支配政党のバース党を壊滅させたのです。

 後でわかったことは、イラクに、実際は、大量破壊兵器もなかった、9.11事件の実行犯とも関係ないということの判明でした。リビアでも同様なことが行われたのです。このようなことは、マスコミの発達した、議会制民主主義が発達したときでも、たびたびくりかえされているのです。民主主義の名のもとに、世界の平和や人権に脅威を与えるということで、マスコミを総動員して行われてきたのです。

 ノーム・チョムスキーは、「メディア・コントロール」の著書で、9.11事件後に、イラク戦争など公正なジャーナリズとはなにかということで、正義なき民主主義としての恐ろしい敵として、メディアのウソと偏向、憎しみを扇動することで、戦争のための世論をつくりあげていくことをのべています。ベトナム戦争では偽りの現実を提示して、戦争を遂行したというのです。

 ウソにウソを重ねて堂々と戦争をしていくことが、アメリカという民主主義の社会で、自由な環境のもとで行われ行くのは、メディアの大衆操作の役割があるからだというのです。1986年5月にキューバ政治犯パヤダレスが獄中から解放されたときに、メディアがとびつき、盛んにカストロは政敵を処罰し、抹殺すつための巨大な拷問・投獄システムをしていると書き立てたのです。今世紀最大の大量殺人者カストロの国家暴力の記録として出版されて、マスコミは極悪非道な独裁者カストロが報道されたのです。非人間的極悪非道のカストロを書いたパヤダレスは、国連人権委員会アメリカ代表に任じられたのです。エルサルバドル、ガテマラ、インドネシア、ダマスカルなどアメリカの数々の他国への侵攻による武力介入による深刻な人権違反が隠蔽されていくのです。

 エドワード・バーネイズのプロパガンダ論は、調査研究と大衆心理学を応用したものです。大衆はリーダーに従うという大衆心理の手法はプロパガンダにとって大切ということです。選挙戦では、大衆が嫌う言葉と結びつけて、大衆を誘導することができるのです。利権ということで、何百万に投票行動に影響を与えるとエドワード・バーネイズはいうのです。
 政治の世界で、最近は、共産党という言葉をもちだすことで大衆を脅かす効果ができるというのです。大衆のもっているイメージを上手に言葉に表して利用することが大きな意味をもつのです。
 このエドワード・バーネイズの指摘は、日本をはじめ欧米諸国で、近代の歴史のなかで今まで使われる手法です。共産主義の恐ろしさを常日頃、ありとあらゆる場所、機会で情報を収集して、それを誇大に宣伝して、一般大衆への恐怖心をもたせていることは、大きな情報戦略なのです。

 社会主義の思想がいかに危険なものであるのかということを普段から印象操作で国民に植え付けていくことことが、アメリカの支配する政治体制の維持にとって、不可欠なことなのです。異なる多様な意見の尊重や社会的な立場の異なることによって、利害は複雑になっているのが現実です。

 現代の実際の政治のなかで、現実は、複雑な社会構造にあるのです。新自由主義のもとで、格差もひらいていく状況です。それぞれの利害関係や社会的階層の支持基盤をもって、選挙によって選ばれてくるのです。マスコミなどの大衆操作によって、国民を同一の意識に固定させるのは無理があり、最初から同じ意見であることが本来的におかしいのです。

 それぞれの多様性を認め合いながら、社会的な矛盾を未来に向かって解決し、経済が発展して人々の暮らしが豊かになっていく政策の討議と施策の実行が民主主義の役割です。社会主義とか、共産党ということが最初から悪魔の集団として、印象操作として排除していくことが社会的な心理状態としてつくられている状況があるのです。そこでは、政策の論争とは別の社会心理の手法による印象操作があるのです。
 エドワード・バーネイズの考える人間のもつ真の行動動機は、しっかり吟味した結果ではないというのです。多くの人は、本質的な価値や有効性ではなく、無意識に別の象徴で判断していくというのです。例えば、車を買うのは、交通手段として必要というよりもステータスシンボルなどの社会的評価からなのです。また、車ぐらいは買わないという社会的な習慣となっているから買うのです。人間は著名なリーダーを手本とする衝動、自己顕示欲という集団のなかで生まれる動機によって行動するというのです。
  エドワード・バーネイズは人々の声は人々の考えの表明で、その考えは、グループが信頼するリーダーと世論の操作で作り上げられとみます。リーダーの影響によって、大衆は、固定概念やシンボルの文句で成り立ってきましたが、現代は、有能で誠実な政治家は、プロパガンの技法を用いて人々の意思を思い通りに作り上げることができるというのです。アメリカは政治のプロパガンダが大規模利用ができる国になっているというのです。有権者の間に政治的な無関心が蔓延していることは、民衆の心理状況に合わせる方法を政治家がしたがらない。政治的指導者が大衆に盲目的に従わねばならないと謝っていると考えから本当に重大な話題やテーマを選挙運動から省いている状況であると。
 大衆のニーズを調査して、目標を決定して、幅広い基本計画をたてて、大衆をリードするプロパガンダを使っていないからだと思うのです。大衆の感情に直接的に訴えるうえで、幅広い基本計画、対象となる大衆グループにふさわしいこと、考えを広めるメディアの性質にふさわしいかの条件が必要であるとエドワード・バーネイズは考えるのです。
 さらに、エドワード・バーネイズは、現代政治は個人的な魅力を売り込むことに重点がおかれていますが、政党全体の政策、マニフェストが重要とするのです。候補者が魅力的であればつまらない公約でも有権者の得票を勝ち取ることができるという言うのです。これは、選挙の錬金術になるのです。
 しかし、もっと重要なことは、候補者自身がその政党の掲げる計画を十分に理解して、実行できるかどうか、あるいはマニフェストそのものに力点を置きながらのプロパガンダを求められていると言うのです。エドワード・バーネイズがのべる通り、議会制民主主義にとって、選挙民が候補者を選択するのにマニフェストが大切なのです。
 選挙民は、マニフェスト以上に、印象像で選ぶことが現実に多いのです。マニフェストによって、選挙民が候補者を選ぶようにするためには、政策を知らせていくための期間や、その討論の場を保障していくメディアの役割も大切です。誹謗中傷合戦のみで選挙が行われていけば、印象像のみで判断せざるをえなし、選挙の関心が薄れて棄権する人が増大していくのです。とくに、棄権が増大していくことは、議会制民主主義における代表者の選出ということからも危機的な状況になっていくのです。
選挙のプロパガンダは大衆心理学に基づいていくことも求められるというのです。プロパガンダは、リーダーが権威をもち、それに特別の忠誠心をもつ集団であってこそ強力に発揮されるのです。プロパガンダは、指導者のもっている大衆を誘導する技術よいうことがエドワード・バーネイズは考えるのです。

 


  W・リップマン「 世論」からの戦争と世論操作

 

 リップマン は、(1889年~1974年)アメリカのジャーナリズムで活躍し、哲学的に世論ということを体系化した人です。 かれは、ドイツ・ユダヤ系の三世として生まれ、ハーバーと大学で学びました。彼が、学んでいたハーバード大学は、各自が自由に考えることができ、またコースを自由に選択できる大学改革のときでした。このようななかでリップマンの自由な精神が育っていったのです。
 卒業して、ジャーナリズムの世界に入り、そして、デモクラシーの本質な前提になる自己統治能力の課題に、ニュースの重要性を理解したのです。人間は、環境のイメージ、現実の環境、客観的事実、真実などによって、行動すると考えたのです。ニュースはひとつの事実で、隠された真実、偶発的な体験や偏見などがあります。このようななかで、ジャーナリストのあり方を見つめたのです。

 


民主主義と世論形成における新聞


 リップマンは、著書「世論」では、外界と頭のなかで描く世界を考察していくうえで、外界への接近、ステレオタイプ、様々な関心、共通意志形成、民主主義のイメージを考えたのです。そのうえで、新聞、情報の組織化を深めたのです。
 戦争と平時のとき、人々の頭のなかで描く世界は異なるとリップマンはみるのです。戦争のときは、集団全体が情動に統合され、恐怖と好戦心と憎悪が支配するというのです。平時は、世論を象徴するものの点検、比較、論議の対象になるものです。そこでは融合したり、忘れ去れたりすることがあっても、けっして集団全体の情動を統合するものではないのです。人はどのようにして自分の良心というもつのでしょうか。安全、権威、支配、あるいは漠然と自己実現よ呼ばれるものに対する願望が社会生活に意味することを深くみつめるのです。
 自分の安全とはどのようなものでしょうか。人々の行為は目指すものは、快楽、苦痛、良心、取得、保護、高揚、習熟ということで、目標に向かって働いていく本能的な性質をみていくのです。そして、頭のなかで描いた疑似環境が思想、感情をもって、行動を決めていくのです。
 国家意思、集団精神、社会的目的など個々の内部で感じたり、考えたりしているうちに彼自身の関心がどのようにして同一化され、ステレオタイプ化になるのでしょうか。そして、ひとつの型にはまった考えになっていくのでしょうか。
 外部から送り込まれたメーセージがどのように機能しるのでしょうか。人々に見えない事実をはっきり認識させる独立専門機関がなければ、代議員制に基づく統治形態がうまく機能しなというのがリップマンの考えです。
 民主主義者は、新聞こそ自分たちの傷を治療する万能薬だと考えていますが、ニュースの性格やジャーナリズムの経済基盤を分析すると新聞は世論を組織する手段として不完全だとリップマンはみるのです。世論が健全に機能するためには、公衆に奉仕する世論によって、新聞は作らねばならないということになるのです。
 リップマンは、第1世界大戦まで、戦争は死傷者によって決せられるという戦争観が主流ということで、主義主張のために戦争ということを信じるものはいなかったのです。戦略あるいは外交はものの数ではないということです。公報は、公正を装って、ドイツ軍に大量の死傷者を報じ、血に染まった犠牲者、死体の山、大虐殺について日々かたるのです 。われわれは、これを宣伝と呼ぶことをすでにしっているというのです。
 一般の人たちが自由にアクセスするのを阻止できるように一握りの人々がニュースを自分たちの目的に適するように案配するのです。戦争においては、取材、報道を管理する仕組みができるのです。戦場にいる軍隊の幕僚たちは、一般国民が認識する事柄に広く統制を加える場所にいるというのです。
 かれらは前線に赴く通信員を選ぶ段階で手を回し、前線における彼らの行動を統制し、前線から送られる通信文を読んで検閲して、電信を操作するのです。軍の背後にある政府も同じです。公的に集会に対して、法的権力によって統制するのです。それらは、秘密情報機関によって行われと言うのです。

 


マスコミの道徳規範

 


  リップマンにとって、道徳規範は諸事実に対する一定の見方の前提になると考えています。広く受け入れられる愛国心の規範が想定している人間性と商業の規範が想定している人間性とは、別種の見方になるというのです。一人の人間でも、それぞれの場面、立場によって、道徳性も異なってくるのです。例えば、子どもに甘い父親も上司としてき難しく、市民としては熱心な改革者であり、外国問題では強欲な愛国主義なのかもしれないのです。このようなことは一般的にあることです。
 現在の教育状況にあっては、一つの世論は何よりもまず道徳規範を通して見た事実の一つの見方です。われわれがどのような種類の事実群をみるか、どのような光をあててそれを見るか、その大方を決定するのは、われわれの規範の中心にあるステレオタイプのパターンなのですとリップマンはみるのです。
 つまり、私の道徳的判断のもとで、私の事実の見方を否定する人は、私にとって誤った人であり、異端の人であり、危険な人になるというのです。対立者についての説明が必ず必要になるいう見方の習慣が求められるのです。このことによって、対立者に対する見方が寛容になれるのです。この寛容の習慣がなければ、自分の描くものが絶対的になり、批判や反論は裏切りものになるのです。われわれは、よく自分の反対者を悪者、陰謀家に仕立てがちです。
  第1次世界大戦の1917年の末、帝政ロシアの崩壊がレーニンの指導するロシア革命アメリカのウイルソンの14ケ条講和提案によって、これまでのプロパガンダを受けてきた既成の戦争観が大きく人々の気持ちが揺らいでいったということです。人々の関心は、もはや公表によってつなぎとめることがむずかしくなったのです。かれらの注意は、ときには自分自身の苦悩、自分の党や階級の目的に、ときには政府に対する幅広い恨みに向かうのです。公式の宣伝によって、生まれていた認識、希望、恐怖、憎悪という刺激の組織されたものが崩壊しようとしていたのです。
 何のなための戦争か。敵と命がけで戦わなくとも交渉によって解決できるのか。戦争の目的ではなく、講和条件を実現することで平和が実現するのではないかという一般民衆の意見は変わっていくのです。
 ウイルソンが提案した14ヶ条は、最初の5項目に戦争当事国の誰でも容認できる公開外交、海洋の自由、貿易の機会均等、植民地の帝国主義併合の禁止、国際連の公言、そして個別的な国の条項など、対立する観念はそれぞれ共通にもっていますが、解釈の争いを表面化することではなく、誰もが14ケ条の中に自分の気に入るのをみつけて、希望のすべてを合流しての幸福な未来へ論じるようになったのです。以上のように、リップマンは個別の希望を抱えているあらゆる集団をふるいたたせる希望のもてる調和をとりつける言辞の重要性をみたのです。
    世論がどのように源を発し、どのような過程を踏んで導きだされたかについては、リップマンの最大の関心なのです。偏見と直感だでは充分でないという信念が、そのコミュニティティティ全体に成長しない限り民主主義ではないとリップマンはのべるのです。
 偏見や直感ではないという事実の認識は、時間、金、意識的な努力、忍耐、平静心を用いた意見の練り上げてことが求められているのです。そこには、常に信念としての自己批判の精神の成長が伴うのです。自分たちが読んだり、語ったり、決定したりするにあたって意見を分析する習慣が身についていくならば、操作されたりすることはないのです。民主的な議会制政治は世論を神秘的な存在に仕立て、世論の組織化をして、投票日まで過半数を得てきたのです。

 

世論形成と議会制民主主義

  世論を操作することは、議会制民主政治にとって有効な方法とされてきたのです。人はみないかなるときも理性的であり、教育を受けており、知識があると考えて、議会制民主主義を政治学の分析家はみていますが、世論の操作ということが現実に機能して、それは間違っているとリップマンはみるのです。さらに、かれは、自分の外部世界については、把握することができないと。人々が自分が住み、働いている土地の習慣なら知ることができるのです。また、その土地の性格などはもっとはっきり把握することができるのです。

  しかし、外の世界については想像しなければならないのです。その想像を可能にするのは、統治者が直接的に確実に知ることの範囲に限られ、人間の能力が自然に及ぶ範囲に基づいて政治を行えば、この限界論から逃げられないのです。近代的な新聞、世界規模の通信サービス、写真や映画が普及するなかで、世論の形成になるのです。
 さらに、リップマン世論形成について、次のようにのべます。それは、測定とか記録、量的・比較的分析、証拠基準、証人の偏見を修正したり、差し引いたりする心理学的分析です。このような世論形成のなかでの議会制民主政治の選挙が行われているというのです。一般大衆の自発的な世論形成は限定で、日常経験から得られることがあります。それは、事実は孤立した地方タウンシップの事情に近いもので、範囲は人間の直接的な確実の知識の範囲です。
 リップマンのみる自治、自決、独立ということでの自治集団は、日常生活の境界を越えた同意とか共同を意味しているのです。自給自足的共同体からの民主主義という観念は、開拓者の理論です。人々は自分たちの良心から政治的な知恵を引き出すときに、一つの共同社会がもっている外界世論は、ステレオタイプ化されたイメージからなりたっているのです。そうしたイメージ群は、かれらの法的道徳規範から引き出された一定のパターンに配列され、地域内での経験によって呼びさまされた感情によって活動するのです。
 このことから、目の届かない環境を小さくして、外国との貿易も恐れ、大都市を作り出すことも嫌うのです。外交政策栄光ある孤立外交政策をもたないという見方もあるのです。過去のアメリカのモンロー主義、スイス、デンマークなどの民主政治などがその事例です。われわれのステレオタイプの性格は、世界の小さな一部分にすぎないこと、その知性はせいぜいさまざまな観念の粗い網の中で、世界の一面要素しかとらえられないとみるならば、自分のステレオタイプのときに、それを重く考えずに、修正することができるのです。民主義の形成期における生活範囲のコミュニティの自治について、リップマンは以上のように指摘するのです。
 日本の現代から自治、自決、独立という概念は日常的なコミュニティティの範囲からの概念からではなく、その外界ということから個々の意識をみることは必要であることは大切ですが、自給自足はほとんど消えて、国際的な市場をとおして生活物質を得る社会です。税の仕組みや社会保障なども国家によって決められていくのです。日常的な生活のひとつひとつ外界なくして実態的に成り立たないのです。日常の暮らしのなかから、市町村、県、国、世界という思考が重要になっているのです。このような、なかで操作されている世論ではなく、一人一人が自立的・自発的に判断していくには、その能力形成の仕組みや自ら情報を自発的に得ていく手法の技術が重要になっています。インターネット・SNSの情報社会のなかで、操作されていく要素は一層に大きくなる一方で、自ら情報を得、または発信していく技術と手法をもつことによって、自発的になれる可能性も同時にもっているのです。
 リップマンは新聞について、ひとつの事業といえるほど単純なものではないと考えます。新聞は、通常その生産品が原価を割って売られるのです。社会が新聞を評価する場合と商業や工業の場合との倫理的尺度が異なるのです。ジューナリズムを法律、医学、工学などの仕事と比較することもできないのです。購読者の立場から判断するなら、自由な新聞は事実上無料で配布されることになるのです。広告されている日用品を買うたびに、大衆はそれと同じかそれ以上の費用を支払うことになっています。
 新聞の発行部数は目的のための手段です。発行部数は広告主に売ることができる資産の一部です。広告主は将来顧客となる人たちに届く確率が高い出版物を選んで、そのスペースを買うのです。新聞が発行されるのは、消費者のものの考え方を尊重して、広告主を媒介して、消費者のためにあるとリップマンはみるのです。
 新聞の発行部数を維持する主力は、政治社会のニュースではないのです。その方面への関心は盛り上がらないのです。新聞社はそれに頼っては事業を存続できないのです。新聞社は多種多様の特別記事を備えていなければなりません。それは、読者を逃がさないためです。大ニュースについて、その善し悪しは批判の目をもちあわせないため、大ニュースは、各紙は主要事件に標準的に取り扱うのです。 
 ニュースは社会状況の全面を映す鏡ではないとリップはのべるのです。各紙が熱い視線を持って読者をつなぎとめておくのは、ニュース以外の上流社会のスキャンダル、スポーツ、映画、女優、失恋アドバイス、消費者欄、料理法など、あらゆるものごとを書くのです。広告主が新聞を後援するのは、消費者集団をつなぎとめておくことなのです。編集者は、その手腕が問われているのジャーナリズムを支える経済事情は、ニュース報道の価値を下げる状態にあります。しかし、ニュースを伝える有能な記者が仕事をしている場合もみるのです。ニュースは、目につくはっきりした行為の形でなければならないのです。残酷なほどはっきりした行為で世間の目につくのです。
 労働問題、労働条件が悪いという事実だけではニュースにはならないのです。ニュースにできるのは、素材がはっきりしている場合、保険局がある産業地域における異常な死亡率を報告した場合です。この種のものが介在して、労働者が団結して雇い主に要求を出したときにニュースになるのです。
 ニュースは、ひとりで突出しているある一面についての報告です。ニュースは地中で種子がどのように出芽するかを語らないのです。ある出来事が、目をつけられ、客観化され、測定され、名づけられるような要素を多くもっているほどニュースになるのです。

 


新聞は社会的公正なのか

 


 リップマンは新聞のニュースの社会的公正さに大いに疑問をもっています。どんな事実をどんな印象を新聞に載せるかの選択は、新聞担当者の自由です。戦争の少し前にニューヨークの新聞担当者は1200人雇われていたのですが、世界戦争が終わった段階で大幅に減らされていくのが実態です。組織集団の誘惑からの新聞の戦略がみえるのです。おおきなニュースの場合には、そのほとんどの事実は単純ではないのです。どれを選択するか、どんな意見をつけられるかは新聞担当者の判断だからです。
 事実のなかから自分自身が選択したものを新聞の印刷にまわすのは広報担当者です。記者にイメージを提供し、記者の手間を省くのも広報担当者です。広報係は検閲官であり、宣伝家ですが、その責任は自分の雇い主に対して負うのみです。事実全体に責任を負うのは雇い主が自分自身の利益と考えている事実と一致すると判断するかであるのです。

 ニュースと真実は同一物ではなく、はっきりと区別しなければならないのです。真実の働きは、そこに隠されている事実に光をあて、相互に関連づけ、人々がそれを拠りどころとして行動できるような現実の姿を描き出すことであるとリップは強調するのです。
 さらに、ジャーナリストは、客観的な検査方法が存在しない限り、自分自身の意見、自分自身のステレオタイプ、自分自身の規範、自分自身の関心の強弱によって成り立っていることを抵抗なく認める必要があるのです。ジャーナリストは自分自身が主権的なレンズを通して世の中を見ていることをしっているのです。
 リップマンは、社会的真実は組織化され、新聞からの世論形成は、民主主義理論が要求するだけの情報量を供給することができなくなっているというのです。真実の全貌を新聞が提供してくれることを期待したら、誤った基準で判断したことになると強調します。ニュースの有限的性格と社会の無限の複雑性を正しくと理解して、自分自身の忍耐力、公共の精神、そして万事に対応できる能力が求められているというのです。
 新聞はせいぜいが制度の召使兼番人であり、悪くすれば少数の人間が自分の目的のために社会解体を宣言する際の道具になるのです。制度がうまく機能しなければ、それにつれて無節操なジャーナリストが混乱につけ込んで利益をえたり、良心的なジャーナリストが確実に見込みのないまま冒険しなければならないのです。
 新聞は制度の代役をはたすことではないのです。人々が自分自身の安定した不動の光に頼って働くときはじめて、機会があれば国民の意志決定に充分に役立つことがあるのです。民主主義のあきらかな弱点は、はげしい偏見、無気力、重要だがつまらないことへの反発心からき些末なことがらの好奇心をあおること、枝葉の不完全なものへの欲求に対して、あまりにも主導性が乏しいことになります。

 

社会学者の世論形成の役割


  リップマンは社会科学者の民主主義に果たす役割を指摘するのです。特殊な訓練を受けた法律家は、広範な真里の体系によって、政治や産業の管理運営に寄与すると 、考えられましたが、実際は伝統的な法律家の能力だけでは充分な助けにならないことが経験的にわかったあのです。技術知識の応用によって、巨大な広がりをもった社会を正確な計画と大量分析の駆使ができるようになったのです。人間社会の支配下にいれることが可能になったのです。

 統計学者、会計士、検査士、産業カウンセラーなどの専門家という社会を管理する技術知識者が存在したのです。これらのことによって、社会科学者実証性の可能性が多いに可能になったのです。社会科学者は、自分の理論を一般の人たちにそれを証明する手立てをもつようになったのです。今まで、実験室で行われる科学よりも社会科学者は、はるかに責任は重いのですが、確実性が低いのです。
 社会科学者が議会の報告、討論、調査、訴訟事件摘要書、国勢調査、関税、税明細書などを巧みに利用して、研究するようになったのです。また、法律の一部を運用し、あるいは正当化し、説得し、主張して、自分のできるかぎりのものを生みだしているのです。
 実際問題を扱う学者は、新しい社会科学の開拓者です。学問と行動との実際的な協同から、行動はその信念を明白にすることによって、信念は行動のなかで確かめられるのです。くさびはうちこまれるのです。手助けを必要とするのは、一部の産業界の指導者や政治家たちだけではなく、市政調査局、議会参考図書、会社・労働組合、さまざまな有志団体によって、同業組合、市民連合、出版物、一般教育委員会などによってくさびは打ちこまれたのです。
  くさびがうちこまれることによって、主権を有する一有権者として、専門的な情報を消化することもできるようになるのです。議論に望む一党派として、立法府の委員として、政府、実業界、労働組合の一員として、争点となっている特定の問題の報告書は歓迎すべきです。一市民も何らかの関心をもって任意団体に所属して、そこでスタッフを雇って書類を研究し、役所の仕事にチェック機能を果たす報告書をつくることができるのです。
 まさに、くさびが打ち込まれたことによって、社会的に世論形成の公平性を出発させていくのです。民主主義を発展させるために、社会科学者の役割が極めて重要なのです。日本の大学において、新自由主義のもとで、経済的な価値だけを求めての科学の役割が議論されることが多い。民主主義の発展が個々の国民の創造性や努力をいかに引き出していくのかということです。社会科学ということは実際の社会との関係で実践的に考えていくことです。すべての科学分野においても社会科学や人文科学などが民主主義形成と科学ということから社会的に求められているのです。大学における教養教育は、この意味でも大切なのですが、実利的な経済的価値ということに狭められているのです。

 

世論の形成と市民教育・社会教育の役割

 

 リップマンからみれば、多くのひとびとは局外者というのです。特定の問題に判断を下す時間の注意力ももたない。一般的には、勝負事で困ったときの切り札として、世論をもちこもうとするときがあるというのです。そこでのあらゆる複雑な問題を一般公衆に訴えるのは、知る機会を持ったことのない人たちをまきこむことによって、知っているひとたちからの批判をかわしたという気持ちから出てくるのです。
 世論は、大きな声を出している人、巧妙な宣伝家、新聞広告の最大スペースをもてる立場から決まるのです。市民教育を受けて自分をとりまく環境の複雑さに気が回るようになるにつれて、公正さと健全性に気がつくようになるのです。自分の選んだ代表者自分の代わりにそれを見守ってくれることを期待するようになるのです。リップマンは、知る機会の重要性と社会的に公正に判断できる能力形成について、考えていくのです。
 リップマンは、教育を最高の良薬でとしてみるのです。教育の価値は知識情報の伸びにかかっているというのです。多くの人々にとって、人間の制度について知っている内容は法外に貧困です。社会的知識の収集は全体的にいまだ組織化されていないのです。それは、行動の決定に伴っていなければならないのです。現実はそうではないのです。  リップマンは、以上のように、社会科学の発展、市民教育の重要性を民主主義にとって極めて重要な要件としますが、今後の課題とするのです。
 リップマンの主張から真実に向かい合い、多様性と個々が自発性をもって、理性的な判断ができるような民主主義を発展させていくしくみには、社会科学者の役割が一層に重要になっているのです。それぞれの分野において、社会科学の発展の期待と共に、それと対応した国民一人一人の住民自治能力形成、真実に向き合う社会的判断能力、自らの暮らしを豊かにしていく能力形成など社会教育の役割が大切になっているのです。多様性をもっての真実に向き合う国民の世論形成も、そのなかで充実していくのです。

 

 

大分国東半島の世界農業遺産と地域循環経済構築

大分国東半島の世界農業遺産と地域循環経済構築

 

 国際連合食糧農業機関(FAO)は、2002年から世界農業遺産認定の活動をはじめました。その内容は、重要な伝統的農業・林業水産業生物多様性、伝統知識、農村文化、農業景観を保全し、持続的な活用を図るための認定をすることです。
 その認定基準は、 1.食料及び生計の保障。地域コミュニティの食料及び生計の保障に貢献することです。

 2.農業生物多様性として、食料及び農林水産業にとって、重要な生物多様性及び遺伝資源が豊富であることです。

 3.地域の伝統的な知識システム。これには、「地域の貴重で伝統的な知識及び慣習」「独創的な適応技術」及び「生物相、土地、水等の農林水産業を支える自然資源の管理システム」の維持です。

  4.文化、価値観及び社会組織 。地域の特徴になる文化的アイデンティティや土地のユニークさを認め、資源管理や食料生産に関連した社会組織、価値観及び文化的慣習が存在することです。

 5.ランドスケープ及びシースケープの長年にわたる人間と自然との相互作用の発達と共に、安定化し、緩やかに進化してきたランドスケープやシースケープを有することです。
 これらの システムの持続性のためには、保全計画が求められています。

 世界では22カ国62地域で、アジア地域37地域(日本11地域)、アフリカ10地域、欧州7地域、中東2地域、中南米4地域です。(2022年1月現在)日本は国東半島、トキとの共生、能登里山、静岡の茶草場農法阿蘇の草原、長良川の鮎、みのべ・田辺の梅、宮城県の大崎耕土法による水管理の水田、静岡の水わさび、阿波の傾斜地農法。

 大分国東半島の世界農業遺産の特徴は、クヌギとため池がつなぐ循環システムが15世紀からそのままの続く農村風景。自然循環型の伝統的農業を現代まで生きていることと同事に、地域の伝統文化との関連が深くあることです。それは、神仏混合の修験道文化です。その歴史文化について、ブログに神田はすでに記載しているので、参照をしてもらえれば幸いです。

国東半島の六郷満山と修験道: 神田 嘉延ー歴史文化の旅から学ぶシニア人生ー (webry.info)

国東半島の六郷満山(2)ー文殊仙寺と岩戸寺: 神田 嘉延ー歴史文化の旅から学ぶシニア人生ー (webry.info)

 さらに、この地域では、伝統的な農村文化のなかで、自然思想、科学思想の優れた人類史的な日本の思想として価値をもつ三浦梅園や帆足万里などの傑出した思想家があらわれていることです。

 

豊後高田市の田染荘の取り組み

 

 高田市の田染荘は神仏混合や修験道の優れた文化遺跡があります。それらを地域の人々が長年にわたって守り続けてきたのです。この地域は宇佐神宮との関係が深く、富貴寺大堂は、九州最古の木造建築物です。大堂壁画には、極楽浄土の世界が描かれています。

 真木大堂は、かつては六郷満山の大寺院として栄えたところです。木造大威容特明王像、木造阿弥陀如来像、木造不動明王と、四天王立像、二童子象の九体の貴重な文化財が大切に管理保管されています。大威徳王象は、六つの顔(地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界、人間界、天上界)。天井気塊の六つの腕(矛、長剣など守護)、六つの足をもっています。木造としての日本一大きな大威徳王象です。密教彫刻の大作です。神の使いの水牛にまたがっている象です。水牛という南方からの使いということなのです。

 熊野磨崖仏は、大日如来像と不動明王像があります。大日如来は、密教の本尊とされるものです。これらの像は、鎌倉初期の文献に確認されています。それ以前の平安期につくられたのではないかと推定されます。

 

地域文化の磨崖仏

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富貴寺

 

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真木大堂の大威徳王像のポスターから

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真木大堂から修験道の山登りで金比羅宮に。

 

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田染の世界農業遺産の取り組みは、鎌倉時代から変わらない台薗(だいそん)集落で、中世からの屋敷名や地名が古文書から現在と同じであることが確認されています。荘園の風景も変わらず維持されているというのです。

 古文書では「末が末でも、一味同心の思いをなしえ(皆々で思いを一つにして)の古文書に書かれていることを大切にしてきた地域です。田染荘は、宇佐八幡宮の本御荘18ヶ所とよばれる根本荘でした。

 千年近い歴史をもって伝統的な農村風景を維持してきたことは、宇佐八幡宮と関連が深かったのです。土地の自然の形状を有効に活かした水田の形成をみることができます。ため池を集落の里山の各地につくり、田越しの水田から水田へと水を流す灌漑方法をしているのも特徴です。

 訪問客のセンターとして、ほたるの館と郷土の味レストランもつくっています。また、民泊に九軒の地域の人たちが協力してくれていますので、宿泊の教育の活動にも利用できるしくみになってます。田染地区のおいしいものとして、しいたけの甘辛煮付け、マコモのきんぴら、フキの佃煮、安心安全な田染荘園米を売り出しています。

 

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夕日朝日観音

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夕日観音からの田染荘の田園風景

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国東市の旭日地区のため池めぐり

 ため池の連携システムを行っているのが、旭日地区の特徴です。国東半島では、山の傾斜地も多く、大きな河川がなく、川はすぐにかれてしまうということから、昔からため池が積極的につくられてきたのですが、旭日地区は大きなため池も無理なことから、ため池との連携をしているのです。

 6つのため池を用水路でつないで、再上流にあるため池は、水稲の生育期と後期用として蓄えているのです。ため池と用水供給システムを継続的に運用するようになっています。さらに、クヌギ林を活用しての地域産業づくりを行っているのです。クヌギは、根元から切らずに、伐採すれば再び再生するという性質をもっています。森の恵みのしいたけのふるさととして、クヌギの保水性を利用しているのです。

 田染荘も旭日地区の取り組みも次の世代に広く継承してもらいたいということで、教育活動に積極的に取り組んでいるのです。地元の小学校、中学校、高校はもちろんのこと、修学旅行などの教育旅行に積極的に利用してもらっていることです。さらに、交流人口の拡大として、青年や大人達の視察や研修野受け入れをしていることです。そのなかで、移住者の斡旋もしていることが特徴です。地域の後継者ということを地元のみに限定していない取り組みをしているのです。

 このためには、地域の人々が、自分たちの住んでいる地域について、深く学ぶということで、世界農業遺産のとりくみとしての社会教育活動をしていることです。また、学校教育として、農業遺産の内容についいて、独自にテキストをつくって学習していることです。

 

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山のなかにも降った雨をため池に流すように水路をうくうています。

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 集落には、山の裾野に土手のダムの堤防をつくってため池にしています。国東半島はいつも流れている川がなく、雨が降ったときに川ができますが、すぐに川はかれてしまうため、降った雨は大切にして、ため池にためる慣行が昔からあったということです。

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文明の衝突と大国政治の悲劇ーロシアのウクライナ侵略に際してー

             

 文明の衝突と大国政治の悲劇ーロシアのウクライナ侵略に際してー
             
 はじめに

 ロシアのウクライナの侵略によって、ヨーロッパの国際平和秩序が大きく揺らぎ、欧米軍事同盟のNATOとロシアとの戦争、核戦争への危機がある現状だ。国際連合加盟国の141ヶ国がロシアの軍事侵略に反対の決議に賛成したのだ。反対5,危険35、退席した国12だった。
 7割の国連の加盟国がロシアの軍事侵略行動の中止を求めているのだ。世界各地では、ロシアの侵略反対、国連憲章を守れという運動が起き、国連憲章の重要性が大きな国際世論になっている。
 なぜ、国連をつくったのか。国連憲章は、崇高な理念のもとに、国際平和の構築を宣言したのである。二度の言語を絶する悲哀を人類に与えた世界戦争の惨害から寛容と善良な隣人として、互いに平和と安全を維持する機構をつくったのだ。
 そして、自決権の尊重を重視して、それぞれの国家の友好関係構築を求めたのである。国際紛争は、平和的手段によって、いかなる国に対しても武力による威嚇、武力の行使をしてはならないのだ。
 残念ながら国際連合ができた後でも朝鮮戦争ベトナム戦争イラク戦争アフガニスタン戦争など、世界各地での紛争が絶えないのが現実だ。ここには、大国の国際政治の問題が大きくあったのである。
 ロシアのウクライナ侵略は、ソ連崩壊後の問題が大きくあることを見落としてはならないのである。冷戦時代二つの大国のひとつであるソ連の崩壊で、アメリカが唯一の超大国になった。さらに、ソ連に対抗した軍事同盟のNATO旧ソ連圏の国に拡大していったのだ。ここに、ソ連の中心国であったロシアが一層の恐怖をもったのだ。
 ウクライナはロシアにとっての兄弟国、またロシアにとっての文化的な発生的な意味をもっていた国である。宗教的にも東方正教会を信仰する人々が両国とも多いのだ。ロシア語も共通の言語として、ウクライナに住む人々は理解できるのである。
 ロシアのウクライナ侵略を解決する方向性は武力ではなく、話し合いによる問題の解決だ。ロシアは、歴史的にも、文化的にも兄弟国であったウクライナNATOに入ることを宣言するように なったことで恐怖をもったのだ。国家と文明的な共同体の矛盾も先鋭化していくのだ。大国主義政治と文明の衝突ウクライナに集中するのである。
 大国であったロシアが、恐怖感とも結んで、話し合いではなく、本来あってはならない武力に強行に訴えることが生まれたのだ。ここには、ロシアのウクライナ武力侵略戦争にならないように、アメリカという大国やNATO諸国の外交的な努力が求められていたのだ。また、国連の役割が重要であったのだ。大国主義や覇権主義に対して、武力による解決という誤ったことにならないように、徹底した国連の場での話し合いが必要であったのだ。
 ロシアは自らの懸念や恐怖をもつならば国連の場で訴えるような環境を整えることが必要であったのである。武力に訴えず、国連の話し合いによる紛争解決という理念から安全保障の常任理事国の問題もあるのだ。
 現在のところ、ロシアの核戦争の脅しにより、核戦争に至っていない。緊急には、積極的に、外交的なロシアの恐怖を取り除く大国の外交的な交渉が求められているのだ。正義と悪魔という単純な図式からでは、核戦争の危機を逃れることはできないのだ。
 とくに、日本人として、憲法前文での平和のうちに生存する権利、自国のみに専念して他国を無視しない対等な関係の理念が大切なのだ。まさに、それぞれの立場を乗り越えて、相互信頼と、平和共存、平等互恵の国際的協調主義の責務は重要なのだ。同時に日本は、憲法九条をもって「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争をしない」としたのだ。そして、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段にすることを永久に放棄すると誓ったのである。日本憲法理念の役割は国際平和の構築に大きな意味をもっているのだ。
 日本ではロシアのウクライナ侵略に対して、この誓いから大きく逸脱していく、核共有論や軍備増強、敵地殲滅論が議論されている。隣国の中国や北朝鮮に対しても、相手側を仮想敵国として脅威をあおり、本来的に平和を構築していくべき相手を刺激しているのだ。マスコミも、さらにSNSをとおして、この議論に拍車をかけている現状である。

 日本では、ロシアウクライナ侵略の反対の声をあげてくいときに、憲法の平和的に生存する権利を大切にしていく学習が切実に求められているのだ。
   サミュエル ・ハチントン著「文明の衝突集英社刊、ジョン・マイシャイマー著「大国政治の悲劇」五月書房社を読んで、現実の国際政治危機のなかで、戦争の起きる背景をみつめて、平和的な生存権、国際的協調の未来を指向していきたいと思う。

 

  (1) ジョン・マイシャイマー著「大国政治の悲劇」を読んで考える

  アメリカの軍の大学を卒業し、アメリカ軍幹部として籍を置き、その後リアリストとして国際政治研究をしたマイシャイマーだ。かれは、リベラルの政治家を批判している。ソ連崩壊後リベラリストクリントンは、NATOを拡大することによって、平和がヨーロッパに訪れ、世界中に民主改革と開放的な市場改革をする必要性を考えたとしている。それは、豊かで経済的に自立になるというのだ。実際はそのようにならなかった。
 さらに、リベラリストは、そこでの国家同士はあまり戦争をしないと考えた。民主制国家は、互いに戦争しない。国際機関は国家間の戦争を回避し、お互いに協力関係をつくるという見方だ。
 リベラリズムの伝統は、政治指導者が理性を活用していけば善い世界をつくりあげるという楽観主義をもっているとみるのだ。リベラルの国際システムの考えには、善い国家と悪い国家の二元的な区別の見方になるのだ。善い国家は協調的な政策をとり、自分たちから戦争を始めることはないとしている。悪い国家は他国と紛争を起こし、欲しいものに手に入れるためなら軍事力を使うことをいとわないというのだ。
 従って、世界平和を実現するためには、善い国家をつくのだという。悪い国家は、行動にパワーの利害計算がほとんどもたず、他国からパワーを奪いたいという欲望によって行動していくことになるのだ。
 国際関係の安定のカギをつくるのは、国家間の自由な経済交流を可能にするような自由主義的な経済秩序をつくって維持することになるというのだ。このようなリベラルの施策の遂行によって、世界平和を推進とするというのだ。リベラルの考えによって現実的に平和を構築することになったのかという問いをするのだ。
 アメリカ国民は、リアリズムではなく、リベラリズムの楽観主義や道徳主義の態度をとりがちだ。独裁制との戦い、民主制の拡大、自分たちは天使の見方、敵対する相手は悪魔の手先ということになるとリベラル主義はみるが、それで平和がもたらされたのであろうか。
 リベラルのリーダーたちは、戦争を権力闘争ではなくて、正義の戦いというイメージや思想的な側面から訴えるものだとマイシャイマーはいうのだ。つまり、リーダーたちは、恐怖の扇動、戦略的隠蔽、印象操作が重要になってくるというのだ。
 リベラリズムに対して、リアリズムは、大国主義こそが最も激しい戦争を引き起こすとしている。それは、国の内部の性質ではなく、国際政治の構造という国家の対外政策に起因しているとみるのだ。

 そこでは、善い国家と悪い国家という区別はしないことが重要になるのだ。国家間のパワー競争が戦争を引き起こすことになるというのだ。覇権国家となることが戦争の現実とみるのだ。覇権主義に戦争の本質をみるのだ。紛争を増加させるのは、覇権国家の多極システムになるのだ。この見方が、攻撃的現実主義という概念である。
 マイシャイマーの国際間の見方はパワーを求めて大国同士が競争して、国家間はアナキー状況によって、バランス・オブ・パワーの転覆ではなく、防御に現状維持を目指すところの生き残りのパワーを求めると考えるのである。
 パワーを維持するために、大国の究極の目標は、国際システムのなかで唯一の覇権国になるという。大国は、危険な国際システムからの恐怖をもっていることで、自国の安全、自国の生き残りの確立を高くするというのだ。このために、覇権を求めるために攻撃的になってしまうということだ。
 国際システムは、無秩序、秩序の混乱という無政府状態になるものだというのがリアリストの見方だ。国際的システムは、国家の枠組みを超える最高権威がない。大国はある程度、攻撃的な軍事力を持っていると考えるのだ。
 すべての国家は相手が何を考えているかということを知ることができないという。大国は生き残りを最終的目標としているのだ。大国は外の環境を知って、自国の存続を図るという戦略をもつというのだ。

 大国は攻撃的行動や覇権を狙わせるように仕向けるのである。それぞれの国の性格ではなく、国際的システムの構造になるとマイシャイマーはみるのである。
 大国にとって、地域覇権国家になることがもっとも都合がよいのが歴史的に証明されるとみるのだ。その事例に、日本、ドイツ、ソ連などをあげている。この三国は常に征服によって国土を拡大するチャンスを狙い、そのチャンスが現れると常に領土獲得し、攻撃的性質をもって地域覇権を求めてきたというのだ。
 日本は1853年以前は、鎖国政策によって独自の経済体制を2世紀にわたって続けてきた。日本は、1868年の明治維新の改革から西洋諸国の経済や軍事政策を真似て、世界に対抗したのである。
 日本は世界の大国として振る舞うために、最初は朝鮮であった。1980年代には、日本がアジア大陸の大部分を支配し、アジアの覇権を狙っていくようになったというのだ。
 日本の攻撃的態度は第2次世界大戦の敗戦まで続き、常に戦争であった。日本の近代化は侵略戦争の連続であったとみるのだ。領土を拡大して、パワーを得るために、行動の原動力があったのが安全保障への関心であったのだ。
 第2次世界大戦で、日本の敗戦は確実であったが、アメリカにとっての最大の論点は、無条件の降伏をどやって達成させるかであった。大国のアメリカは、アジアの軍事大国である日本の戦争に完全に勝利するために、無条件降伏をさせることだ。アジアの大国であった日本の無条件降伏には、徹底した殺戮の推進が必要であったとみるのだ。
 1945年7月には、5ケ月間にわたり、日本の大都市を焼夷弾の雨を降らせ、一般市民を含めて驚異的な破壊をやったのである。この虐待的な作戦によっても日本政府は無条件の降伏ではなく、日本の独立確保の交渉を考えていたす。
 唯一の外交手段は、日本征服者に多大な犠牲者を思い起こさせることであった。日本の支配者はソ連の和平交渉の仲介を期待していた。ところが、北海道北広島市広島、長崎の原爆投下は、無条件降伏を受け入れざるをえなくなったのだ。原爆投下は日本というアジアの軍事大国を無条件降伏にして、大国の存在を消滅させたのだ。
 核武装をしている大国は、他国に核兵器を持たせないように、核兵器を独占することだ。相手から核兵器によって報復される心配がないからだ。大国にとって、通常兵器と核戦争につながっている。核兵器が生みだす大惨事の恐怖は通常兵力で行われる戦争とは全く異なるのだ。核兵器の恐ろしさは、核戦争にエスカレートしないように政治家を抑制する強烈な圧力になるという。
 核による強力な報復能力は、絶対的な安全を保証するというになるというのだ。この現象はNATOの拡大に対するロシアの核戦争脅迫の姿勢にみられる。ロシアはNATO拡大に断固反対していていたのだ。ミアシャイマーが強調していたように、核兵器は、大国にとっての生き残りのためのものになっていくというのだ。
 ミアシャイマーも指摘しているように、1990年代にソ連アメリカの超大国同士の冷戦終結があったが、アメリカに支配されるNATOの代わりに、ロシアは安全保障協力機構を設立しようと数々の提案をしていたのだ。アメリカはロシアの提案を完全拒否して、NATOの東方拡大をしてきたのだ。

 超大国同士の競争関係が安定した国際秩序を生みだしたが、ソ連を弱体化させて、覇権国家から引き下ろすことがアメリカの必死な戦略であったのだ。バランス・オブ・パワーを無視したことによる大きな代償を支払うことになるとミアシャイマーはみる。
 ところで、NATOのような軍事同盟を重視するようなミアシャイマーの考えではない見方も必要だ。NATOが拡大されて、ロシアにせまっていけば、核戦争の危機は大きくなっていくのである。
 このことは、ウクライナNATO加入申請の宣言は、ロシアを大きく刺激しているのだ。結果的に、ロシアのウクライナへの軍事侵略という国際法を犯してもあえての暴挙を行ったのだ。さらに、NATOに対しての核攻撃の脅しをしているのだ。核戦争の危機が現実にヨーロッパをおそっている現実を直視することが大切だ。
 欧州安全保障協力機構は、北米、欧州、中央アジアの57ケ国が加盟する地域安全保障機構である。経済、環境、人権・人道における安全保障を脅かす要因ということからの包括的な活動だ。NATOの軍事同盟とは別につくられているのだ。
 中国とロシアは大国だ。しかし、超大国アメリカよりはるかに弱いのが、冷戦終了後の現実だ。このことはアメリカは大国と戦うことを恐れず、小国に対して自由に戦争を仕掛けることができるようになったのだ。
 イラク戦争アフガニスタン戦争、リビア戦争などソ連が崩壊したことによって、アメリカは大国政治に興味をもたなくなったとするのだ。しかし、中国の台頭は、この状況をかえつつあるとミアシャイマーーはみるのだ。
 中国が長期的にみて、今日よりもはるかに強力になったときにどうなっていくのか。現状では、アメリカにとって、現状の中国は軍備の面ではるかに劣っており、アメリカのように多くの軍事同盟をもっていない。現在の世界では、世界の覇権国家アメリカと説明されることが多いが、ミアシャイマーからみれば、太平洋や大西洋という距離の遠いところの大国を征服するのは難しく、地域覇権国家としてのアメリカというのだ。
 ミアシャイマー覇権国家論から、アメリカの立場は、ヨーロッパの大国を追い出すことが残っているという。アメリカは征服と拡大をして、地域覇権を確立して、超大国になったが、中国は、すでに広大な国土をもつ国家だ。アメリカと同じように領土拡大をしての地域覇権の必要はないのだ。
 むしろ、経済成長をして、強力になり、周辺国に自分の行動を認めさせるということで、地域覇権国家になっていく。周辺国との国境紛争についても同様の論理で行動することになるのだ。余計なトラブルを避けて経済発展の継続に集中ということである。

 中国は才能を隠して控えめにふるまい、なすべき事は成すということで、激しい言葉を使い、脅しのような声明を使用するのを控えめに必死の努力をしているという。
 中国は急速に発展する経済力や圧倒的な軍事力の増大も周辺国からみれば、防御的ものよりも攻撃なものにみえるのだ。ミアシャイマーは台頭する中国に対して、封じ込め政策が重要であるとするのだ。NATOのような軍事同盟を東アジアでもつくることが必要としている。
 封じ込めは、本質的に防御的なものとミアシャイマーはみるのだ。中国に戦争を起こすものではない。封じ込めに代わる政策として、中国の弱体化をねらう友好国の体制転換をしたり、中国国内でトラブルを起こしたりすることだというのだ。アメリカは、アジアに対して、地理的に遠方にあるために、中国の周辺国は、アメリカに脅威を感じることはないと考えるのだ。
 中国の周辺国は、地域覇権国家になる中国に脅威を感じているとミアシャイマーは思うのである。中国とアメリカは熱心にマーケットというものに信奉しているので、協力的と同時に競争的な関係になるのだ。アメリカ主導の軍事同盟に中国の周辺国はくみしやすいとミアシャイマーはいうのだ。

 しかし、中国には共産主義というイデオロギー以上に、熱狂的なナショナリズムが台頭していることだ。恥辱の歴史をもっている中国にとって、外国の敵として、日本とアメリカにむけられていくとミアシャイマーはみるのだ。
 中国は平和的に台頭できないというのがミアシャイマーの考え方である。中国が平和的台頭の可能性をもつということの儒教的な文化の影響、経済相互依存という見方は幻想にすぎないとミアシャイマーは厳しく批判するのである。
 ミアシャイマーの考えとは別に、東南アジア諸国連合の平和構築から東アジアサミットの枠組みという東アジアの情勢をみることも大切である。中国の平和的台頭は不可能であるというのは、周辺国との新しい平和友好条約との関係で詳細にみていくことが必要だ。周辺国が中国の脅威論からNATOのような軍事同盟を結んでいくのかどうかは難しいのが現実であるとみれる。
 ヨーロッパと東アジアとは、歴史文化も異なり、かかえている地域の紛争状況も異なる。とくに、台湾問題は、国家間の問題ではなく、体制の違う一国二制度の地域問題でもあるのだ。中国が国内にかかえているチベット問題、ウイグル問題は国内の民族問題でもある。ベトナムなどとの国境紛争問題などは、歴史や文化の問題も絡んで、複雑に展開しているのだ。
 さらに、重大なことに、欧米や日本に対する中国恥辱の歴史があるのだ。とくに、日本に対しては、特別の恥辱の歴史があるのである。相手国がどのようにみるのか。日本の犯してきた侵略の近代の歴史から、近隣諸国で最も警戒し、恐れをもっているのは、日本であることを決して見落としてはならないのだ。近隣諸国との信頼関係の絆を深くしていくには、憲法の平和理念を重視して、友好関係のさまざまな国際関係を充実していくことだ。日本の憲法の平和主義と国際協調主義を強く守り、発展させることが大切になっているのだ。
 NATOのような軍事的な枠組みではなく、東南アジア諸国連合のように、中国との関係では国境紛争で矛盾を含みながらも、平和的的な話し合いで問題を解決していことする友好協力条約の役割を決して軽視してはならないのである。
 北東アジアでは、北朝鮮、韓国、日本、ロシア、中国、アメリカを含んだ平和友好条約による話し合いの強固な秩序が求められているのだ。また、日本と中国は、平和友好条約を結び、また、国交正常化の共同声明でも台湾問題についても明確な立場を両国とも合意しているのである。
 日本の憲法の平和主義と協調主義からの話し合いからの「戦争放棄」の流れが世界に広がっていることは、日本の国民として、誇れることだ。日本の歴史や文化を戦前の軍国主義時代のみで考えてはならないのだ。平安時代徳川時代の平和の歴史からもみることが必要だ。日本国憲法の平和の歴史的な文化遺産を継承してつくられたことを十分に認識することが必要だ。
 東南アジア友好協力条約(TAC)は、世界の平和を地域的に確立していくことで大切な動きだ。
 その条約では、1,主権・領土保全等を相互に尊重、2,外圧に拠らずに国家として存在する権利、3,締約国相互での内政不干渉、4,紛争の平和的手段による解決、5,武力による威嚇または行使の放棄、6,締約国間の効果的な協力になっている。
 この条約の締結には、東南アジアの国々が長年にわたり、戦争によって苦しんだことが背景がある。
 米国は南ベトナムに親米独裁政権を打ち立てて、東南アジア諸国の介入を深める。南ベトナムでは米国と独裁政権に対する解放闘争が拡大するのだ。
 米国はベトナム北部への空爆や南部での米軍の投入をして、戦争を拡大していく。こうしたなかで、東南アジア条約機構加盟国のタイとフィリピンの米軍基地などが戦争に巻き込まれていくのだ。
 1967年には、東南アジア諸国連合ASEAN)が結成される。アメリカにおける共産主義恐怖のドミノ現象論からのベトナム侵略戦争であった。そのもとで、東南アジア諸国連合がつくられた。
 ベトナム戦争の激化とベトナム侵略戦争の世界的批判で、ASEANは71年に、「平和・自由・中立地帯宣言」を発表する。74年に4月に米国がベトナム侵略戦争に敗れた。翌76年年2月、ASEANインドネシアのバリ島で、首脳会議を開き、ベトナムなどインドシナ三カ国との友好関係樹立の意思を表明した。
 そして、東南アジア友好協力条約を締結するのだ。2005年から三回、「東アジアにおける平和、安定及び経済的繁栄を促進することを目的とした対話フォーラム」で共同体形成をめざす東アジア首脳会議が開かれ、東南アジア諸国連合以外にAC加入の参加条件をつめていく。
 ASEANは、1987年にTAC加入を域外に開放していく。加入国は03年以降に急増する。03年3月に米国がイラク戦争を強行した時期だ。東アジアは平和の共同が広がっていったのだ。
 東南アジア友好協力条約・TACは欧州連合(EU)に見られる欧州統合を参考につくられた。EUは平和維持を軍事同盟の北大西洋条約機構NATO)に大きく依存している。域外の「脅威」に対し集団的に軍事力を行使することもあるのだ。
 TACは、域外の「脅威」に集団的に軍事力で対応するのではなく、平和的な話し合いで解決していく条約である。戦争放棄を決めた条約の加入国を増やしていくことで平和を実現ということだ。
 加入国が広がるなかで、中国とベトナムは海域の国境問題を残しながらも、陸上国境問題を対話で解決している。インドと中国が数十年にわたる紛争と対立に終止符を打った。インドとパキスタンは領土問題での深刻な対立を平和的に解決しようとしている。  

 東南アジア友好協力条約・TAC加入国は、ASEAN加盟国十カ国のほか、東ティモールパプアニューギニア、オーストラリア、ニュージーランド、日本、中国、韓国、ロシア、モンゴル、インド、パキスタンバングラデシュスリランカ、フランス。計二十四カ国。人口は三十七億人で、地球人口の57%に達している。
 日本の政権党の有力政治家が、これらの精神を踏みにじる発言がみられることがあるが、日本国内と中国からの批判をあびるのだ。日本国内における憲法の平和主義の見方は大きく崩れることの予想は難しいのだ。歴史は必ずしも平和的に動かないときもあるが、根本的に日本国憲法の平和主義を変えていくのは困難とみられるのだ。
 
(2) ジョン・ミアシャイマー著「なぜリーダーはウソをつくのか」を読んで現代の平和問題を考える

 ミアシャイマーは国際政治に、5つの戦略的なウソが使われるとしている。それは、アナーキー的な世界的な秩序、冷酷な国際政治のなかで生き残りのために国家はウソをつくというのだ。ウソは、騙し、隠蔽、印象操作、恐怖の扇動、ナショナリスト的な神話、リベラル的ウソなどだ。
 国家のリーダーたちの国際政治でウソをつくのは、国益のためという自国の生き残りをの助けるために使うこととである。それは、国家の存続とはほとんど関係なく、リーダーたちの個人的、友人たちの利益のために自己中心的なウソを使用する場合と二通りあるとミアシャイマーは考えたのだ。
 国際政治のなかで使われるウソのなかでもっとも危険なことは、自国民に対して使うウソだ。このウソは、国家の戦力的立場に裏目に出る傾向が高く、さらに、国内の政治や社会的生活を堕落指せる確率が高くなるとミアシャイマーは警告する。
 印象操作はひとつの事実だけを誇大に強調して、自分の都合の悪いことは無視したりして、誇張して、歪曲することによって、真実をつたえないいことだ。また、隠蔽ということで、自分の都合の悪い情報を隠すということも行われるのだ。隠蔽もウソをつくという概念に入るのだ。
 ミアシャイマーは戦争をするためのウソの典型的な事例として、イラク戦争をあげる。戦争の直前に、当時のブッシュ政権がテロ組織の重要人物がアメリカに拘束されて、尋問されたなかで明らかになったという。ビンラディンの関係で、「サダム・フセインアメリカに対抗するために同盟を組むことを考えたが、その後にその考えを改めた」という証言を国民のまえに隠蔽したのだ。
 この証言は、アメリカがイラク戦争を起こす口実が消えるからだ。国民を騙すための隠蔽と印象操作のために利用されたのだ。
 日本における核武装持ち込みの密約は、1969年の冷戦時代に日本とアメリカとの関係の隠蔽である。米軍の駐留費のコストを日本に負担させるという密約があったのだ。これらに、リーダーたちは、日本の国民のためになる隠蔽とみたのだ。このように隠蔽に事実を国民のためにという名目で行ったとミアシャイマーは考えるのだ。
 ミアシャイマーは民主制国家には非民主制国家よりもリーダーたちは議論をするような政策を隠したいと気持ちが大きくあるというのだ。重大な問題が国民の間に明らかになることによって、議論が起きて、リーダーたちの自分の思う真実からの対処政策の実行ができなくなると考えるからだ。隠蔽はいわゆる民主制国家にとって重要な施策になるというのだ。
 民主制は、透明性を高める強力な規範があることで、国民の質問に真剣に答えることが求められるのだ。このために、隠蔽していくことが不可欠になってくるというのだ。
 ミアシャイマーとは別の見方で、ここには、国民に対して、真実に対処することができないという国民に対する愚民感があるのである。
 ミアシャイマーの見方は、戦争遂行に、国民を騙すためには恐怖の扇動というウソが使われるというのだ。政府のなかでは、あまり危機を感じていない国民に対して、脅威を誇張したり、煽ったりすることで、自らの政策を実行しようとすることだ。この方策は、防衛費の増額や国民の軍隊への奨励、徴兵制の施行などに国民の支持を受けるために使われる。
 ミアシャイマーの考える恐怖の扇動は、普段に戦争が起きていない平時のときにリーダーが使う手段だ。また、脅威の誇張は、危険な敵に対して、軍事的な封じ込む政策や戦争を開始する際に、国民の支持を得るために使われるのだ。
 1964年のベトナムにおけるトンキン湾事件がその例としてミアシャイマーはあげている。北ベトナムとの戦争を激化することによって、南ベトナムの問題を解決したという思惑からである。ベトナムの警備船を意図的に攻撃をしたてたというウソを大々的に恐怖の扇動で戦争遂行をしたのだ。
 恐怖の扇動は、イラク攻撃を開始する前に、イラクフセイン大統領がテロ組織と深くかかわり、親密な関係をもっているとした。さらに、生物化学兵器を保持しているという、恐怖の扇動をしたのだ。
 イラク戦争は、テロとの戦争の勝利であるということだった。生物化学兵器の存在も確認できず、後にフセイン大統領は、テロ組織と関係がないこともわかったのだ。しかし、テロ組織の共謀者として、イラク戦争によって殺されたのだ。このことについては、ミアシャイマーは資料をもとになぜリーダーはウソをつくのかで論述しているのだ。
 ミアシャイマーは国家のリーダーたちが国民にウソをつけるのが容易であるとしている。国家のインデリジェンス組織は国家がコントロールしており、国民が入手できない情報を独占している。国民への情報の流れをさまざまなやり方で操作できるのだ。
 ほとんどのひとたちは、国家のリーダーに騙されていくのだ。リーダーたちはウソを隠し通せるからと考えるのだ。
 恐怖の扇動は独裁国家よりも民主制国家の方が高いということをミアシャイマーはのべているのだ。それは、民主制国家では、世論の恩恵をより受けやすい存在になっているということからだ。
 民主国家のリーダーたちは、国民は騙すべき、かれらは事実を正しくみることができないし、真実をあつかえなというのだ。
 限られたエリートは正しく事実を知って、国民を導くことができるという意識をもっているのだ。ネオコン新保守主義)のアーヴィング・クリストルのように、民主制の国民は、危険な敵に直接対峙するよりも宥和政策をとるものということから、国民は真実に対処できないという考えがあるというのだ。また、このような見方は、右派に属さないリップマンの幻の公衆にみられるとミアシャイマーはのべるのです。
 
 (3)サミュエル・ハンチントン著「文明の衝突」を読んで平和を考える

    世界には、さまざまな文明からなり、冷戦後の世界は、文化を生みだす力があり、統合をうながす力があるというハチントンの見方だ。哲学上の仮説、その価値観、社交的な関係、生活習慣、全般的な人生観など著しく異なっている。
 世界各地における宗教の復活は、文明の相違がさらに補強されているのだ。文明によって、政治や経済の発展に大きく差がでてくるのだ。
 東アジアの民主政治制度を確立できないのは、文化の問題ゆえなのだ。イスラム文化も欧米流の民主主義が生まれない。ロシアや東欧の東方正教会の国々における経済、政治の発展は、見通しは定かでない。冷戦後の世界は七つ、あるいは八つの 主要文明がある。世界の文化を西欧と非西欧と二分することは正しくないとみる。
 ハチントンは、国の利益についてのべる。国際問題を左右する支配的な主体としての国家は、軍隊を維持し、外交を展開し、交渉して条約を結びことになる。そして、戦争の遂行を防止し、国際組織をコントロールするというのだ。
 しかし、国の利益は、国内の価値観や社会制度だけではなく、国際的な行動規範や制度によって、形づくられるということを強調するのだ。国家のタイプが変われば利益の定義もかわってくるというのだ。
 文明の観点からのアプローチからは、ロシアとウクライナの文化的、歴史的なつながりが密接なことで、東方政教会に属する両国だ。
 しかし、文明の断層境界線でもあるのだ。国家パラダイムの見方では、断層境界線ということから戦争の可能性があるのだ。文明パラダイムと国家パラダイムは矛盾しているのだ。
 西欧文明以外に、中華文明、日本文明、ヒンドゥー文明、イスラム文明、ロシア正教会文明、ラテンアメリカ文明、アフリカ文明が存在するとみるのだ。以上のように、さまざまな文明の存在のなかで、国家があるとハチントンは考えるのだ。
 ハチントンは、東アジアの経済発展は、20世紀後半の世界に展開した最大級のできごとであるとみるのだ。非西欧で日本は経済発展を遂げた唯一の国家であったのだ。例外は日本だけではなく、東アジア全体が非西欧ということで経済発展を遂げたのだ。
 日本は明治維新で強力な改革で、西欧の技術、習慣、制度を学んで、日本の近代化を成し遂げた。その過程で伝統的な自国文化の重要な部分を保とうとしたのだ。伝統的な文化と近代化を結合していたのだ。
 日本は脱亜入欧ということを明治維新で選択したが、20世紀末の日本は、伝統文化の復興ということから脱米入亜ということで、伝統的価値を再認識して、その伝統的価値を主張して、日本のアジア化に努力しているとハンチントンはみるのだ。
 東アジアの成功は、自己利益追求、個人主義ではないとみるのだ。それは、儒教を中心とするアジア文化の価値、秩序、規律、家族への責任、勤勉、集団主義、質素倹約という価値に重きをおくものだ。それらは、東アジア文化の価値とみていくようになっているというのだ。
 世界の文明のなかで、孤立している文明はみられるが、最も重要な孤立国は日本だ。 日本の独特の文化を共有する国はなく、他国に移民した日本人は移民先の文化に同化してしまう。
 日本の文化は高度に排他的で広く支持される可能性のある宗教、イデオロギーを持たない。このために、他の社会の人々と文化的関係を築くことはできないとハンチントンは考えるのだ。日本の国家は、異なる文明を内包していないということで、多くの国で民族、人種、宗教の違いから内部で分裂して紛争を起こすことはないとみるのだ。
 ロシアは文明の断層線の顕著な冷戦時代の共産主義体制というイデオロギーのでソ連体制で統一されていたが、ソ連崩壊によって、お互いに文化がひきつけたり、反発したりして文明の境界線のなかで衝突がみられていくのだ。東方正教会カトリックプロテスタントイスラムなどの宗教的な文明の断層、民族や言語の断層などさまざまな要因で文明の衝突が起きるのだ。
 文明と秩序は、冷戦時代にふたつの超大国によって築かれていたが、冷戦の崩壊後は、アメリカ一国が超大国になったが、世界の安全保障をコントロールすることができない複雑な文明による衝突が起きていくのだ。世界の秩序は文明の中核国による新しい秩序が必要な時代となっていることをハンチントンはのべるのだ。
 ソ連の崩壊によって、西欧の境界をどう定めていくのか。西欧文明ということで、フランスとドイツが中核であったが、すぐ外側の囲んでの国のグループがあるその外側のグループ、さらに、東側のグループ、三段階の連合などが提案もされたが、加盟国と中立国としての非加盟国という線引きをしたのだ。
 ヨーロッパの東の境界線をどこにみるのかが大きな課題となっているのだ。西欧のキリスト教文明と東方正教会イスラムとの境界線をどうひくのか。東欧というのは、歴史的に東方正教会の庇護のもとに発展した地域だ。NATOの拡大に対しても文明の視点が大切としているのだ。
 ウクライナ旧ソ連のなかで人口が最大で重要な国であったのだ。ウクライナの東部は圧倒的に東方正教会系でロシア語を話す。西部は、かつてポーランドリトアニアオーストリア帝国の一部であったことだ。
 そこではウクライナ語を話し、民族主義的傾向が強いのだ。文明論的にはウクライナは分裂国家の要素をもっているハンチントンは強調するのだ。
 ソ連崩壊後にウクライナが独立していくうえで、文明的境界線をもっていたのだ。そして、核兵器をめぐる問題、クリミアの住むロシアの権利、黒海艦隊や経済的な関係の問題があったのだ。ウクライナ人とロシア人は同じスラブ系で大半が東方正教会で何世紀にわたって親密の関係の側面をもっていたが、一方で対立する側面があったのだ。
 人権に対する西欧的な見方と非西欧的な考えの違いがはっきりしたのは、1993年に開かれたウィーンだ。それは開かれた人権に関する国際会議であったのだ。非西欧的な諸国で、ラテンアメリカ諸国、仏教国、儒教国、イスラム諸国が西欧諸国と異なった意見をのべたのだ。
 人権をめぐる普遍主義と文化的相対主義、開発の権利を含む経済的・社会的権利の比較優位性があった。そこでは、政治的・市民的権利、経済的援助に関する政治的条件、国連人権高等弁務官の設置などが議論されたのだ。
 人権問題は、国家と地域の特殊性や、さまざまな歴史的、宗教的、文化的背景を考慮すべきであったのだ。人権擁護を監視することは国家の主権を犯すことがあるというのだ経済援助を人権問題とからめるのは、国と発展の権利にそむくものだという議論があった。これらは、大きな検討課題になっていくのだ。
   東アジアは、多勢力で多文明という性質のため、西ヨーロッパとは異なって、経済面や政治面での相違が明らかなのだ。
 西ヨーロッパは安定した民主制をもち、市場経済を実践して高度な経済発展を実現してきた。東アジア1990年代から急速に経済発展をして、軍事力を拡大できるようになったのだ。対抗意識が前面にでて、この地域に摩擦が起きるようになるのだ。
 とくに、アジアと西欧、とくにアメリカとの間に摩擦が激化し、東アジアにおける伝統的な覇権を中国があらためて主張するようになる。冷戦後の重要な国際的中心の舞台は東アジアになったとハチントンはのべるのだ。東アジアだけでも6つの文明に属する社会があるというのだ。
 それは、日本文明、中華文明、東方正教会文明、仏教文明、イスラム文明、西欧文明だ。ここでは、日本、中国、ロシア、アメリカというのだ。東アジアでは2つの朝鮮と中国での台湾問題があり、多くの国との国境紛争の問題があるのだ。ヨーロッパの過去がアジアの未来になる可能性があるという見方もあるというのだ。
 東アジアの経済成長は、アメリカとの関係も変わっていったと。アジアとアメリカ文明の文化的相違点が表面化するようになっていく。アジアの多数の国にひろがっている儒教的特徴を重視することが求められていると考えるのだ。その見方は、権威、合意の重視、対決をさけて面子を保つという社会だ。そして、個人の利益、自己利益を重視する社会より、地域的権利、社会的権利、自然的循環、自己よ愛他主義という他者を優先するという見方を主張するようになったというのだ。

 日本の経済は西洋の論理では説明できない。西欧の自由市場経済ではない。1994年に細川首相がアメリカからの完成品輸入に数値目標を求めたクリントンの要求を拒絶したのだ。アメリ側に「ノー」を言うことは想像もできなかったとハチントンは書いているのだ。
 1990年代のアメリカのアジアに対する政策は、変わる両者がぶつかり合う分野の問題を切り離して、自らの利点がある分野に問題をかたむけていったのだ。
 世界のなかの西欧は、民族、国民性、宗教、文明に基づくアイデンティティを考える必要があるのだ。このことを理解できなくて、
 非西欧的文明が高まったなかで、政治家は国家の政策、同盟や敵対的関係に建設的なことができないのだ。アメリカのエリートたちはこのことが理解できなかったというのだ。多文明的な経済統合計画を推進したが、無意味であったことになるのだ。  
 西欧文明を世界文明と信じる人々は、西欧の価値観、制度、文化を受け入れるべきだと考えるのだ。それは誤りで、不道徳であり、危険であるというのがハチントンの基本的な見方だ。西欧の帝国主義が非西欧地域に西欧文明を広げていった。
 文化が成熟した西欧は、経済的、人口動態な活力からも世界的になることは難しくなっているのだ。アジアとイスラム文明が自分たちの文明の普遍性を主張していくようになるのだ。西欧の普遍主義は異文明の中核国家と大規模な戦争を招く恐れがあり、極めて危険であるという見方だ。
  異文明間の大規模な戦争を避けるためには、中核国家は他の文明内の衝突に介入につつしむ必要があるのだ。アメリカにとって、なかなか容認できない真里であることは疑いない。他の文明の衝突に中核国が干渉しないということが多文明、多極化する世界にとっての平和のルールなのだ。
 そして、大切なことは、共同調停ルールだ。中核国が互いに交渉して自分たちの文明に属する国家や集団がフォルト・ライン(文明の断層線)戦争を防止、停止することだ。
 第2次世界戦争後の国際機構の大部分は西欧の利益と価値、慣行をもとにつくられたものだ。西欧の力が他の文明に比して衰えていくにしたがい、こうした機構を作り替えて他の文明を配慮した議論が求められているのだ。
 道徳や義務、社会についてのアイデンティティのアジア的な伝統的考え方、より西洋化した個人主義的で自己中心的な人生観、自己よりも社会を土台に位置づけ、社会の基礎をなす家族を支えること、主要な問題点は論争ではなく、合意によって解決する、人種や宗教についての寛容さと調和を尊ぶということは大切な価値になるという主張がアジアのシンガポールから発信されているのだ。
 アメリカの価値観からみれば、地域社会の権利よりも個人の権利をはるかに重視し、表現の自由、意見を戦わせることから生ずる真実、政治参加と競争を重んじ、専門的で賢明なる責任ある統治者を求めて、法の支配を重視するであろう。アジアの価値観を許容、不干渉ルールと共同調停ルールが求められる。加えて、多文化的世界の平和のルールとして、共通した特徴を見いだしていくことが必要ではないかとハンチントンは力説するのだった。
 
まとめ

 ロシアのウクライナへの軍事侵略という不幸な事態が起きている。文明の衝突論からハンチントンは、すでに1996年に、この本を執筆したときに、ロシアとウクライナの戦争への悲劇の可能性を文明の断層線・フォルト・ライン戦争への可能性としてみていたのである。
 西欧の文明が絶対的ではなく、ロシア東方正教会文明との互いの寛容性と話し合いが求められていたのだ。
 西欧的な価値観は、議会制民主主義、自由なる市場経済、個人の自由、人間の尊厳などの近代的な文明社会を形成していくうえで、大きな役割を果たしたことは否定できないことだ。
 しかし、その西欧的文明のなかでも新自由主義のように市場絶対主義の矛盾があらわれて、経済的格差や貧困問題も起きている。西欧の近代化のなかで、帝国主義的な領土の拡大や植民地政策を遂行して、非西欧社会を抑圧してきた歴史も無視できないのだ。植民地では愚民政策を実施、人間を奴隷的状態にあつかって、富を西欧に蓄積していったのだ。
 大国政治の悲劇として、大国は派遣国家を求めていく論理は、戦前の日本における近代化の歴史であったのだ。絶えず、領土拡張を求めての軍事力の増強であったのだ。あらためて、戦後の日本国の出発に憲法で平和的生存権と国際協調主義の見方は重要であるということが覇権国家にならないために必要なことだ。
 また、指導者がウソをつくということは、戦争を促進するためには、必ず生まれてくるということも大切な見方だ。
 民主制国家では、国民から正義の戦争として支持され、国民を戦争に動因させるために、隠蔽、恐怖の扇動、ひとつの事実を誇大化しての印象操作、ナショナリスト的神話などが重要な戦争遂行施策としてある。
 ウソは国民の意識や心をコントロールするために重要な役割を果たすのだ。戦争や危機的な状況に、国家権力 国家は情報を握り、情報操作をできる立場にいるのだ。
 現代は、マスコミも発達して、SNSというスマートホーンを誰でももつ時代だ。デジタル社会のなかでの大衆的な操作は、国家による社会的な意識形成や操作は、一層に容易になっている。
 まさに、監視と操作の社会が生まれているのだ。このなかで、真実を個々が自分の頭で考え、情報が公平になっていくためのマスコミやSNSなどのあり方やその公平なるするための工夫が一層に求められているのだ。 

                         

デジタル化社会の民主主義と人間教育ー監視資本主義論から考えるー

      デジタル化社会の民主主義と人間教育ー監視資本主義論から考えるー

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 日々の生活のなかでスマートホーンなどの普及によって、SNSの情報が生活に大きな影響を与えています。人々の行動にSNSは、避けられなくなっているのです。行動ばかりではなく、自分が常に監視されているという恐怖感にたち、スマートホーンやパソコンのメールなどで、見知らぬ人からの情報がとぎれなく入ってくる状況です。

 さらに、重大なことにデジタル社会によって、現実の暮らしや人々の生の痛みや喜び、願い、様々な体験、多くの人との出会いによる体験的なことが、バーチャルの世界に転化していくことです。このことによって、人間の実際の心や精神、魂が理解できなくなっていくことです。

 さらに、スマートホーンでの詐欺も多くなるのです。便利で利用を強いられているスマートホーンが怖さの対象になっています。また、SNSによって、個人情報が流出して、個人にそっての欲望があおられていくのです。

 SNSによる安易な世論操作も行われて、テレビと同時に、ポピリズムをつくる大きな情報源にもなっています。

 まさに、自分の意志がコントロールできない状況がSNSによってつくられているのです。人々がSNSに操られているのです。

 ショシャナ・ズボス「監視資本主義」東洋経済新聞社を読んで、あらためて、デジタルを支配する巨大な情報操作による新たな監視資本主義の道具主義の巨大な力を考えさせられました。

 

 新自由主義と監視資本主義

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 高度に専門化された機械知能の操作によって、人々の行動を予測して、排他性をもって高収益を得ていくというのが監視資本主義です。新自由主義の遺産が監視資本主義をつくりだしたとショシャナ・ズボス「監視資本主義」はのべます。
   ショシャナ・ズボスは、 監視資本主義のプロジェクトにとって、自律的行動という自己決定や意志の自由を他律的行動に置き換えなければならないと強調します。人間の気づきが、大気規模な行動修正プロジェクトにとって脅威になるのです。

 当事者の気づきをを回避することは、監視資本主義全体にとって必須の条件となるというのです。示唆による大規模な遠隔刺激としての効果によって、気づかれることなく、感情を経験させることが大切というのです。

 自己決定や意志の自由という近代社会における民主主義の人格形成にとっての基礎的要因をデジタルの情報づけで他律的な行動に置き換えていくのです。
 ショシャナ・ズボスは、人間の行動を自分の利益のために密かに修正していくのが監視資本主義の本質とみるのです。人間の行動を予測、制御、修正するように多様なプログラムを設計していく。監視資本主義は、自動化された機械処理によって、一人一人の行動を探知ることから、自分達の利益になるように機械処理によって、人々の行動を形づくりということです。人間の行動を自動化された機械処理によっての他律的志向を内面から形成して行動にはしらせていくのです。

 それは、強権的に外からの力によって、人間の自由を奪っていくものではなく、デジタルの機械処理によっての他律的志向の人間形成をもって、マインドコントロールされて行動していくのです。
 監視資本主義は、近代社会によって確かに確立された自分の意志、自己の決定による自由という人間の本質を破壊することにあるのです。ショシャナ・ズボスは、人間の本質の略奪と監視資本主義について次のように力説します。

 監視資本主義の形づくる情報文明は、人間の本性を犠牲にして、人間性を犠牲にしていく。商業の慣行を超えて、社会的つながりの中に浸透して、自分や他者との関係を変容させることになるというのです。
 監視資本主義は、社会の教育部門を乗っ取り、社会秩序の頂点にたって、知識を自由に操り確実性の原本を育てて、道具主義を保護しているのです。

 道具主義は、修正、予測、収益化、支配を目的として、行動を軽装し、道具化することです。軽装とは、計器を装備して、監視や制御を行うことだが、人間を操り人形にすることです。それは、人間の経験をを視覚化し、解釈し、操るコンピユーターと常時つなげておくことを意味しているのです。

 

 監視資本主義と道具主義

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 監視資本主義は、道具主義全体主義を同一視する。このことが道具主義を力にしていく。道具主義に抵抗し、それを中和し打ち負かすことを妨げているのです。監視資本主義は、全体主義と全く違う道具主義を使って操っていくのです。
 全体主義は暴力によって機能しましたが、道具主義は行動修正によって機能するのです。道具主義は、人間の魂にもそれを指導する原理にも興味がない。精神を救済する訓練や教育は不要で、行動の指標となるイデオロギーも存在しない。苦悩ゆえの行動のデーターは大いに歓迎するが、苦悩や恐れに興味はなく、意図や動機にも無関心です。まさに、道具主義は人間のもっている精神、喜びや悲しみという魂、イデオロギーにも関心がなく、人間をデジタル操作によって、正確に行動するロボット化していくことです。
 道具主義者が関心を向けているのは、測定可能な行動を測定し、わたしたちのあらゆる行動を絶えず進化する計算・修正・収益化・制御のシステムに常につなげておくことになるのです。道具主義人間性の犠牲は、テクノロジーと技術的複雑さによって、カモフラージュされた親しみやさいレトリックによってあいまいにされるのです。 
 さらに、道具主義はデジタルを取り込んでの独自の社会支配を実現する徹底した行動主義なのです。魂、自我、精神、意識という人間の内面的要素は観察も測定もできないから科学的価値がなく、魂の人間から自然法に従う魂の集合体の生物の集合体として人間をみるのです。
 科学が文明を超越するにつれて、平等と民主的連帯についての世界認識が育ってきたが、それが基盤とするのは、すべての人間の同種の生物としての圧倒的類似性とみるのです。階級、富、人種などに基づく社会や政治や経済における区分はばかげたものと見なされるようになると道具主義は考えるのです。
 道具主義の政権下では、精神と権利は徐々に新たな種類の自動性におしつぶされていく。刺激・反応・強化からなる生きた経験は単なる生物の行き来に集約されるのです。社会規範に服従する必要がなく、恐怖や脅迫によって自己を失う恐れもない。すべてがデジタルの秩序にとって代わるのです。魂をもった人間、精神をもった人間ではなく、刺激・反応・強化からなる生きた機械的な生物としての取り扱いです。
 その秩序は物や身体の中で成長して、生きた人間の意欲を機械的な強化に変え、行動を条件つきの反応に変えるのです。監視資本主義のための知識を続々と生みだしていくのは、人間のもっている魂、精神からの自由の意志を限りなく減らしていくのです。個人の自由を他者の知識に置き換え、社会を監視資本主義の目的の確実性に置き換えるのです。それは、民主主義にたちむかうことをせずに、民主主義を内部から侵食していくことに本質があるのです。
 デジタル会社の道具主義の計画は、人、モノ、プロセスのすべてを含む社会の情報を供給網を通じて機械に送り込み、人々の脆弱さを管理していく。デジタルでの完全な知識は非協調的サ-ビスに必要なものとして販売され、AIを活用し、全員をつなげ、世界を理解する全知の全体主義の解決策につながっていく。

 

機械と人間の関係

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 機械と人間の関係は、監督、交渉、コミュニケーション、問題解決という社会的機能が物体と同等のものとして、独自に配置されたAIをつうじてシステムに認識されて、調整されるのです。各人の経験、資格、雇用履歴、その他の背景的情報は、即座にシステムに表示され、資格をもつ従業員だけが作業機械を使用できるようになるのです。AIが異様を察知するのです。管理のすべてをAIにまかせる仕組みになるのです。
 デジタル時代の機械と人間の関係は、コンピユーター内のオブジェクトとして統合され、すべてが監視資本主義のポリシーに従って、道具化され、システムによって自動的に課されて、監視されて維持されていくのです。ここでは、約束と妥協、合意と価値の共有、民主的な競争、正当、権利というプライベートガバナンスやパブリックガバナンスに関する社会的プロセスは一切が無縁となるのです。
  機械知能を共有するマシンは最も効率的に情報を共有して、効果をだしていく。マシンはより人間に似せて設計することができ、人工知能は毛嫌いせず、人間の方が機械に近づかなければならいとするのです。機械は個別的な存在ではなく、人間は機械のようにあるべきだという見方になっていく。
 機械は互いに模倣して、共生のために人間は互いに調和して、互いに倣って考え、正しい理解に基づいて平和的に同じ方向に行動するようになるべきとするのです。正しい結果は事前に知らされ、保証されていくというのです。個人の自由は集団の知識と行動のために没収されていくのです。調和しない要素は先制攻撃のターゲットになるのです。

 

民主主義の破壊とデジタルの道具主義

 

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 大義よりもより多くの人々の利益のための行動が道具主義社会の原則になっていく。知的な個人のためではなく、社会の利益のために知性を正しく方向づけることになるのです。完全な知識が集団的意思決定の手段になることによって、政治に代わる計画ができると考えるのです。不合理な結果や意図しない結果が生じる余地を残さないことになっていきます。民主的な政治では、創造的であるが厄介な対立が生じがちというのです。人間の社会は、それぞれ個性をもち、性格も異なり、文化も多様性をもっています。多様な魂をもっているのが人間なのです。この多様性のなかで、いかに共存していくのかが、人間が様々に作り出している社会システムであるし、文学も生まれ、芸術も生まれ、音楽によって自己表現しながら、共感をもっていくのです。そして、思想や哲学も充実していくのです。それは、機械のように正確で同一に動くものではない。これらの人間的な営みを機械処理の効率性と同一性の論理で奪っていくのが、監視資本主義によるデジタルによる道具主義なのです。
 道具主義者にとっての政治の正しい解決策は、科学的に全体の調和と集合的な目的を達成されるために調整され、はるかに微妙で洗練された強化スケジュールに基づく必要があるとするのです。悲しみと憎しみ、それに過剰な恐れや怒りがもたらす興奮は現代の生活ニーズに対する危険な脅威とみなされることになるのです。

 個人による良い行動を設計を促す行動プロセスのセルフコントロールは、常に社会の手によって最終的に全員を協力させるネットワークによってチックされます。これらの強化のためにはソーシャルメデアが重要と考えているのです。
   道具主義社会とって個性は脅威となります。それは、協力と調和と統合からエネルギーを奪うから、厄介者だとするのです。社会は個人の理性ではなく、周囲のアイデアの流れや事例からも理解されると道具主義者はみるおです。個性ということではなく、集団知性によって支配されるべきとするのです。個々の自律性という破壊的なフィクションを排除すれば、個体差はほとんど問題にならない。計画者による操作に個人が降伏することは自由の喪失のうえに築かれ、安全で繁栄する未来への道を開くと道具主義者はいうのです。

 ところで、ソーシャルメデアを使わずにいられないと感じる若者は、ソーシャルメデアに必死にしがみついています。たとえ傷つけられても他者の視線のなかで生きようとしています。若者は社会的比較をとおして活動し、社会的圧力や他の社会的影響に対して、ほとんど抵抗しないまま、あっさりと餌食になるのです。

 

自己構築と監視資本主義

 

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 個人の内面的な空虚さは、ソーシャルメデアによって容易に満たしてくれます。それは、自己構築の作業を外からのアイデンティティの注入によって置き代わるのです。自他の融合は関係ある人から関係を持つ人への移行が大切と監視資本主義を警告するショシャナ・ズボフはいうのです。
 本来的に人間的発達のために、この移行には、経験の理解の仕方を根本的に求める作業が必要です。相互性の文化から自分の人生の著者になること、自律性からなる文化への移行だというのです。この移行を成功させるのは、鏡に映る自己像を超えるものを求める人や人生との出会いが必要になるのです。
 その人や経験が若者に求めるのは、一人称で語り、世界に対して独自に反応をすることです。この真実と権利の感覚を土台に、若者はわたしは考える、わたしは信じるということになっていくのです。自己に影響を与え、自己を知り、意図的な選択と目的のある行動によって自己ををコントロールできるようになっていく。
 このような自己構築における大きな飛躍は構造化された内省、対立、不調和、危機、失敗などの経験によって刺激されるのです。この自己構築していく若者を手助けする人々は、若者の鏡になることを道具主義社会では決定的に拒むのです。デジタル社会は、若者との融合を拒否しているのです。伝統的社会が衰退して社会が複雑になって、個人化のプロセスが加速して、過去のどの時代よりもアイデンティティと精神力に頼ることになっていますが、それに頼れないで大いに混乱して孤独になっている青年が多いというのです。
 また、デジタル接続が社会に参加するために欠かせない時代になっています。人間間のコミュニュケーションがコンピュターが媒介するようになったことです。SNSで個人や集団の行動に光があたるようになって、数限りない行動が津波のようにおしよせてくるようになったことです。

 そして、監視資本主義がデジタル接続を支配して道具として利用していることです。若者の生活空間は監視資本家によって所有され、経済的志向に従っての監視収益を最大化するように若者達の私的空間を利用しているのです。そして、社会的圧力、若者達の行動を操作しているのです。

 自己を構築したいという人間的欲求と監視資本主義の行動学の専門性が現実では衝突するのです。デジタル社会によって個々人の心理がソーシャルメデアに支配されていくのです。ソーシャルメデアは、社会的比較の強度、密度、普及について新時代を築き、人々の消費財の意識と欲望を目覚めさせた。窃盗罪も増えた。ソーシャルメデアによって、自尊心や幸福感も左右されていく。社会的比較によって負の影響も増大したのです。

 行動や知識に対しての比較も容易になり、ネガティブ気分や人生の満足度お低さに拍車をかけていくのです。社会的比較は、客観的要素によって、自他の評価するようになるのです。優越感や劣等感による他者との融合や相互作用も難しくなっていくのです。社会的鏡の強化は、自己満足と自傷においたてられていく。
 監視資本主義の隆盛と民主主義の後退で、疎外感や不安感を多くの世界の人々が描いています。従前の議会制民主主義に対する統治に不安感をもつようになっていく。新自由主義の政策によって生みだされた社会の劣化と環境異変で大きく変化した。監視資本主義は民主主義を窮地においやっていく。 新自由主義のもとでの監視資本主義は、極端な富の不平等をつくり、経済的独占を想像もつかないほど手にしたのです。監視資本主義のもとで、どのようにしたら民主主義を創造できるのかという大きな課題が一人一人につきつけられているのです。
 デジタルによる道具主義社会で、人間の素晴らしい本能である人とのつながりや共感や情報の欲求をソーシャルメデアによって操作されるものではない。また、あらゆる動作、感情、発話、願望が分類され、操作され、誰かの利益になるように操作されることも許されることではない。それらに激しい怒りの感情をもつことと、喪失感を取り戻せるかにかかっているとショシャナ・ズボス「監視資本主義」では強調するのです。これは、自らの生活に対する主権と自らの経験の著者としての権利だというのです。
 このためには、意志を育てる内的経験とその意志に従って行動できる公的空間をつくりあげていくことです。情報文明における社会秩序の支配原理と、個人として社会として誰が知っているのか。誰が決めるか。それらの疑問にこたえるわたしたちの権利です。

 

 社会物理学の思考とデジタルの活用

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 アレックス・ペントラントは次のように社会物理学の画期的な未来への可能性をのべています。ソーシャルメデアの科学的道具主義をとる社会物理学は、人間の独立した意思をを認めているという。それを表現する必要がないだけであると。

 社会物理学は母集団全体に及ぶ統計的学的な規則性に依拠し、あらゆる場合において、真実とみられる現象を扱っています。私たちの日常生活の大部分は習慣的なものであり、その習慣の多くは他人の行動を観察することで得られるというのです。社会的物理学を使って、一般的な人間の日常生活に合わせた生活スペースや交通システム、政府機構をデザインすることができる時代になると考えます。
 社会物理学の思考は、他人の経験が統合されたものに基づいて、文化と社会の両方からみているというのです。社会を数学的に捉えて予測可能にする科学は政府の役人や企業のマネジャー、そして市民達が考え、行動するのに劇的に変える可能性があるという。
 社会物理学は社会をよりよくデザインし、人間中心型の設計を支援するのであるとペントラントはのべます。市場は人間を容赦なく競争を追求する存在であった。しかし、人間は単に自己中心的な自律であるわけではなく、他者との交流によって生みだされた社会規範をもつものです。競争と同じくらい協力は人間社会にとって重要であるということから、仲間たちの間の調整や協力は非常に強力な力を発揮していくと社会物理学者のペントラントはみるのです。そして、人間の自然状態は市場ではなく、交換ということから、競争ではなく、人々の交換ネットワークを注目しなければならない。この交換ネットワクの構築は社会物理学者のペントラントにとっての重要な未来社会論なのです。
 社会物理学に基づいた社会デザインは、市場型アプローチに代わるモノで社会効率を達成でき、パーソナルデーターを厳しく管理することで、それを認めた相手に限り、信頼できるネットワークができるというのです。信頼できる交換ネットワークという概念は、自分のパーソナルデーターの行く先と用途をコントロールしながら、効率的で、公正性や信頼、安定を求めるものというのです。
 さらに、ペントランドは、交換型ネットワークの未来への意義を強調するのです。未来への必須条件は、自分のパーソナルデーターが合意した用途のみに使われるように安心した形で個人や企業と安全なやりとりができりことが必須になるのです。パーソナルなデーターの厳格な管理モデルは公正さと安定と共に、社会効率を実現するのです。自分しかみられないみられないパーソナルデーターと限定的なデーターコモンズをつくり誰でも自由にアクセスできるという組み合わせが求められるのです。
 例えば、病院や製薬会社の治療の効果に対する情報を誰でも自由に閲覧できる公共的な情報と、非公開となっている自分の医療記録情報と組み合わせることによって、よりよい治療が受けることが可能となるということが可能になると。このように、ペントランドは、ソーシャル物理学でパーソナルの交換型ネットワークの未来を提示するのです。
   交換型ネットワークは新自由主義のもとでのデジタルによる道具主義のもとでは不可能であることを見逃してはならないのです。厳格にパーソナルデーターの管理は、個々の企業と個人との関係では難しく、公共的に、公平性と安定性をもってしていかねばならないことは、デジタル情報の社会的なルールと管理を厳正に構築していかねばならないのです。

 そこには、政治や法、行政のデジタルの個人情報に対する厳正な管理の施策が求められ、その社会的なプライバシーの尊重、個人情報の厳正管理ルールが一般化されることが当然にならねければならないのです。それを破ることへの強力な罰則と社会的制裁が求められているのです。

憲法九条の平和主義とベトナムとの共生教育  

 

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憲法九条の平和主義とベトナムとの共生教育 

             神田嘉延

 日本人は戦後に国際協調と平和主義を国是とする憲法のもとで暮らしてきました。憲法9条は平和主義の象徴です。国際紛争が絶えない世界情勢ですが、憲法9条は日本の平和外交のための灯台であると思います。ベトナムをはじめ東南アジア諸国は友好協力条約を結び話し合いによって、それぞれの困難な国家関係を解決していくことを定めています。

 ベトナム戦争の教訓から平和ブロックを形成したのです。アメリカも中国も、このブロック体制を尊重しているのです。

 日本はベトナム戦争のときにアメリカの前線基地となり、日本国内で多くの国民がベトナム反戦運動をしたのです。

 日本とベトナムは古来より深い関係がありました。現在は多くのベトナム人外国人労働者として働いています。また、日本に学びにきているベトナム留学生も多いのです。このなかでさまざまな問題も起きています。日本人とベトナム人の共生教育が求められているのです。

 


 ベトナム解放における日本留学運動ードンズー運動(日本に学べ)

 ベトナムは、1884年にフランスの植民地になりました。植民地からの解放として、日本から学ぼうということで、留学運動があったのです。それは、ファン・ボイ・チャウを中心に、ドンズー運動(日本に学べ)として、1905年から1909年にかけての運動でした。

 それは、過酷なフランス植民地支配からベトナムの独立を勝ち取るために、日本への留学する運動を展開したのです。この留学運動には、当初、大隈重信、犬飼毅、柏原文太郎の有力政治家なども協力しました。しかし、1907年の日仏協約によって日本政府は、一転してドンズー運動を弾圧するのでした。フランスは植民地政策として、徹底した愚民政策をとっていたのです。フランス政府は、日本への青年達の留学を取り締まるように日本政府に要請したのです。
 ベトナム独立運動で、建国の父といわれるホーチミンは、1924年にフランスの愚民政策を痛烈に批判した文書を書いています。フランスがベトナムを植民地支配することによって、非識字者が大幅に増えたというのです。漢字文化も一掃し、愚民政策をフランスはとったと述べています。
 学校をたてるのも侵略に奉仕する通訳、官吏の養成だけで、智恵を深め、祖国を愛し、思想を発展させ、ベトナムの未来をつくるためではないのです。そこでは、フランスの絶対性とベトナムの祖先を蔑視したものです。

 ベトナム人が自主的に海外留学の考えをもっただけでフランスの反逆者とみなされたのです。フランス国内ではあたりまえに読まれていた近代の民主主義思想家のルソーやモンテスキュウーの作品を読むことも禁じられました。
 フランスは、ベトナム人の自主的な学びを弾圧したのです。1907年に兵を派遣してベトナム人が学ぶ「トンキン義塾」の閉鎖を命令します。教師達は捕らえられ、虐待され、牛馬のように殴打され、強制労働をされたのです。ベトナムの植民政策は、愚民政策が徹底されたのです。

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 ベトナム人にとって、学ぶことは、命がけでした。フランス帝国主義者にとって、ベトナム人が学ぶことが自らの支配が崩れると考えたのです。ホーチミンは、ベトナムの解放闘争に、学ぶことを最も重視しました。
 教育者は、ベトナムの未来にとって、光栄ある重い責任があるとして、その養成を大切にしたのです。トンキン(東京)義塾は、日本に数週間滞在して日本の教育機関を参観したファン・ボイ・チャウによって、1907年にハノイで開設されました。
 日本に期待し、命がけで留学してきたベトナム青年を、日本政府はフランスからの圧力によって、追放するのでした。追放されたときは、中国人留学生の多くが在籍する予備校の東京同文書院士官学校予備校の振武学院、慶応、法政などにベトナム人の留学生は学んでいました。
 1908年10月、ベトナム人留学生の解散命令のときには、300名の留学生がいました。ベトナム人留学生のための特別日本語班が設けられました。厳しい日本政府のベトナム人留学の解散命令と1909年2月の退去命令のなかでもベトナム人留学生を支えたのが医師の浅羽佐喜太郎などでした。
 ファン・ボイ・チャウは、日本に来たときは、立憲君主制をめざしての革命を考えていました。ベトナム皇族のクオン・デをたてて、独立を勝ち取ろうと考えたのです。グエン・デは1906年フェを脱出して、ハイフォン、香港経由から横浜に4月末に到着するのでした。
 ファン・ボイ・チャウは、孫文など日本で中国革命家ばかりではなく、日本人の社会主義者とも会っています。
 ベトナムの独立のために日本へ留学したトンズー運動を現代に評価することは、日本とベトナムの友好発展にとって大切なことです。フェのファン・ボイ・チャウの記念碑訪問については次のブログを参照してください。

ベトナムの独立のために日本へ留学ー ファン・ボイ・チャウとドンズー運動: 神田 嘉延ー歴史文化の旅から学ぶシニア人生ー (webry.info)

 

 ベトナムと日本、とくに鹿児島を中心としての歴史的な関係については、次のブログを参照にしてください。

yoshinobu44.hateblo.jp


 
ベトナム戦争の悲劇と降伏したアメリカ兵を人間尊重

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 ベトナムの人々はアメリカとの激しい戦いをしましたが、しかし、アメリカ人の捕虜に対しては、手厚い人道的待遇をしたのです。アメリカ軍の戦略爆撃機を打ち落としたときに、落下してくるパラシュートの兵士を保護する対策を徹底しました。
 ベトナムの伝統思想家グエン・チャイ (1380年~1442年)は、敵兵に仁義を唱えた。彼は、15世紀中国の明朝の侵略を打ち破った指導者で、国を導いた儒教思想家です。彼は次のように現代の思想にも通じることをのべています。ホーチミンは、このベトナムの伝統的な思想をアメリカとの戦いでも実施したのです。

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「仁義は横暴より強し」ということで、「大義をもって残虐に勝る」ということです。儒教のこころをベトナム的に応用して、独立を守りました。捕虜になった明朝の兵士を人道的にあつかい、彼等の食料と帰りの道を確保しました。海を渡って帰る兵士に500余の船を与え、陸を通って帰る兵士には、数千の馬を与え、人道的なはからいをしました。 中国明朝に対する侵略者への怒りの爆発ではなく、捕虜になった人々に、人間としてのこころをもって大切にするようにベトナム人に説いたのです。
 アメリカの兵士も一人の人間であり、帝国主義ということと区別すべきという見方からです。ベトナムは小国で歴史的に中国の侵略を絶えず受けてきた国です。戦法も工夫して、中国にたいしては、海と接する川の満ち引きの自然の力を利用して、船団を動けなくする方法での撃退やゲリラ的に待ち伏せ攻撃など。アメリカに対して、地下道をくまなくつくり、敵の陣地へ兵器の火力に依存するのではなく、人の力と国民的抵抗心とゲリラ戦で戦ったのです。

 そして、侵略に動員された敵兵を味方にする方策をとってきたのです。敵を打ち破ったら、彼らを味方にしていくということで、捕虜に生活費のお金をあげて手厚く送り返したということです。

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 ベトナムの平和ということで、アメリカ国内でベトナム帰還兵を巻き込んでの大きなベトナム反戦のうねりになっていったことが、ベトナムでの戦争終結に大きな役割を果たしたのです。日本もアメリカのベトナム侵略の拠点基地になりましたが、日本の多くの国民がベトナム反戦運動を展開したのです。直接にアメリカ兵にもベトナム平和のチラシを配り、平和のためのデモを展開したのでした。日本人のもっていた憲法九条の精神がベトナム反戦運動にも貢献したのです。

 

 ベトナムの激戦地が今は平和のための観光地に

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 1965年4月にホーチミンルートの麓であったドンホイの町はアメリカ軍によって壊滅状況になりました。今の市人口は10万人余です。町からみえる山岳地帯の向こう側はラオスです。住民は疎開しての生活を余儀なくされました。現在は、村全体が地下壕になっているところの跡地も戦争遺跡として保存されているのです。この跡地は、外国人を含み多くの観光客が訪れています。
 ベトナム戦争は第2次世界大戦後の世界史で、大きな悲惨な出来事でした。日本でも60年代後半から70年代前半にベトナム反戦運動が全国的に展開されました。ベトナムは、日本の敗戦により、1945年9月2日に独立宣言をしました。

 しかし、再びかつて、ベトナムを植民地にしていたフランス軍が侵攻してきたのです。フランスとのベトナム人との抵抗では、敗戦で日本に帰らなかった多くの日本人兵士がベトナム側に協力したのです。
 フランスとの闘いは1954年のジュネーブ平和協定まで続きました。17度線の停戦協定がひかれ、双方の軍隊は、北と南にわかれたのです。2年後に選挙が行われる予定でしたが、アメリカのかいらい政権が南に打ち立てられ、再び長い戦争に突入していくのでした。その戦争は1975年4月の南ベトナム政府のサイゴン陥落まで続きます。17度線が引かれたベトナムの中部は激戦地であったのです。

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 激戦地ドンホイの住民達は、7年間地下での生活を強いられるのです。そこには、病院もあり、この地下生活で生まれた多くの子どもたちもいたのです。地下壕は、現在、平和観光のための資源になっています。
 町の中心の公園には、平和の象徴として、パリ協定のシンボルの像があります。壊滅したドンホイ市には、キューバカストロも訪れ、キューバ建築家の設計と技術者の援助によって、太陽のもとでの市街地で、豊かに暮らせるようになったのです。

 ドンホイ訪問のときのブログは次のとおりです。参考にしてもらえればと思います。

ベトナム戦争中部激戦跡地を訪ねて(ドンホイ周辺): 神田 嘉延ー歴史文化の旅から学ぶシニア人生ー (webry.info)

  アメリカの経済封鎖が1994年まで続き、中国との緊張関係もありました。1975年の戦争終了後にベトナム人自身の自力によって全土の復興がされていきますが、物質が外国から入ってこないので、生活の実態は厳しさを強いられたのです。今は、世界との経済活動も活発になり、かつての激戦地であったドンホイ市は観光地に生まれかわり、外国人も訪れるリゾート地にもなっています。
 ベトナムは1994年まで経済封鎖をアメリカ主導によってなされたので、世界と自由に独立してつき合えるようになりました。アメリカとも現在は仲良い関係をもっています。ベトナムの真の解放は、1995年以降とみるべきでしょう。
 
 世界最貧国から立ち上がったベトナムの経済発展と平和の大切さ

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 ベトナムは、20年前まで世界の最貧国でした。長いフランスの植民地支配、フランス、そして、アメリカとの戦争。中国との緊張関係など。1975年にベトナムは独立を完全に達成して解放されますが、その後は1994年までアメリカをはじめ先進国からの経済封鎖、中国との軍事的紛争などで、まともな経済活動ができなったのです。ベトナム国民にとって、近代の歴史をみれば、独立と平和は極めて大切な課題です。それは、極めて困難ななかでの達成でした。
 現在は、東南アジア諸国連合で平和共同体をつくっています。非同盟運動と多様性を認め合い、共存・共栄の平和連合体をつくっているのです。
 ベトナム市場経済を通して社会主義をめざす国家です。地域の共同体、話し合いを地域で大切にして、それぞれの価値観、信仰も尊重している国で、キリスト教、仏教、儒教、地域の習俗的信仰など、それぞれ尊重して、村のなかでも異なる信仰が共存しているのです。この意味で明治以前における日本の伝統的な文化とも似ている側面があります。
 ベトナムでは政府の政策が必ずしも国会で承認されるわけではありません。政府は新幹線を推進しようとという施策でしたが、各地から撰ばれてくる議員で構成される国会は、新幹線の段階ではなく、地域の交通機関を発達せよということで、政府提案は否決されています。原子力発電所建設も同様で政府提案は否決されています。多様な意見を尊重し、また、南部、中部、北部という地域性を尊重して、国民合意を大切にする国づくりをしている現状です。
 ところで、拝金主義の問題も経済発展のなかで大きな問題として起きています。新たに汚職問題も起きていますが、汚職の分配を部署の人々に行うという共同体主義もあります。公務員が貧しいなかでのワイロは大きな悩みです。これは東南アジアに共通して起きています。
 ここには、先進国のモラル問題も絡んで発生している場合も多くみるのです。政府は汚職問題には大変な悩みで、その対策に徹底しているところです。

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 ベトナムは、平和秩序と勤勉な民族性、強い絆をもっている国民性です。若者たちは大きな夢をもって学んでいます。最貧国から脱出した親の世代を引き継ぎ、新たな人類的な課題の経済発展にとりくむことに挑戦しているのです。世界から経済封鎖されても、最貧国のなかでもベトナムは、教育に力をいれてきたことが特徴でした。

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上記の写真は、竹からつくった照明傘、花器など室内の装飾品です。プラスッチックからの自然にやさいい循環経済をめざしています。
 高い識字率で、だれでも読み書きができる国をつくりあげています。ベトナムは、地域で自給自足の経済を確立していました。VAC運動といわれるように、自分の庭に、薬草を植え、池をつくって魚を養殖して、豚や鶏を飼って、エネルギーは家畜の糞尿によるバイオマスガスを利用していたのです。
 現在は、先進国の科学・技術を積極的に学んで、新たな挑戦を考えています。ベトナムの経済は、民族資本が十分に育っていません。国として、全体的に独自色をもつベトナム方式の人類的貢献する経済発展は、これからです。

 自動車も電気自動車開発に力をいれているビングループがハイホンで工場をつくっています。電動自転車や電動バイクの開発もしています。先進国からの工場進出によって、経済が大きく成長している現状です。地域の資源を有効に利用して、民族資本を大きくして、地域経済を豊かにしていく課題があるのです。
 ベトナムは、農業が中心です。広大な農村社会をかかえています。この現実のなかで、人類的な夢の経済発展を考えているのです。それは、持続可能な自然循環を大切にした経済発展です。
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憲法九条は日本初代首相の提案でつくられたもの

   戦後初代の首相になった幣原喜重郎は、広島と長崎の原子爆弾投下の恐ろしい現実をみての非武装論をもちました。原子爆弾投下という現実から、憲法9条という非武装論の切実な考えが生まれたのです。
  第二次世界大戦に、人類は核兵器という無残な人びとの地獄を日本の広島と長崎で経験したのです。この悲惨な経験の直後での考えが、軍備をもたない憲法9条です。その必要性を幣原喜重郎は認識したのでした。
  幣原喜重郎(しではらきじゅうろう)は、自分の天命として、当時では、狂気の沙汰といわれようとも非武装宣言を決意したのです。原子爆弾という悪魔の武器から、悪魔の武器を投げ捨てるために、神の民族としての日本は、歴史の大道として、世界に非武装宣言をするというのでした。幣原首相は、次のように回顧録でのべています。
 「恐らくあのとき僕を決心させたものは僕の一生のさまざまな体験ではなかったかと思う。何のために戦争に反対し、何のために命を賭けて平和を守ろうとしてきたのか。今だ。今こそ平和だ。今こそ平和のために起つ秋(とき)ではないか。そのために生きてきたのではないか。そして僕は平和の鍵を握っていたのだ。何か僕を天命をさずかったような気がしていた。非武装宣言ということは、従来の観念からすれば全く凶器の沙汰である。だが今では正気の沙汰とは何かということである。武装宣言が正気の沙汰か。それこそ狂気の沙汰だという結論は、考えに考え抜いた結果もう出ている。
 要するに世界は今一人の狂人を必要としているということである。何人かが自ら買って出て狂人とならない限り、世界は軍拡競争の蟻地獄から抜け出すことができないのである。これは素晴らしい狂人である。世界史的使命を日本が果たすのだ。日本民族は幾世紀もの間戦争に勝ち続け、最も戦闘的に戦いを追求する神の民族と信じてきた。
 神の信条は武力である。その神は今や一挙に下界に墜落した訳だが、僕は第9条によって日本民族は依然として神の民族だと思う。何故なら武力は神でなくなったからである。神でないばかりか、原子爆弾という武力は悪魔である。日本人はその悪魔を投げ捨てることに依って再び神の民族になるのだ。すなわち日本はこの神の声を世界に宣言するのだ。それが歴史の大道である」。

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 幣原喜重郎は、マッカサーに憲法9条を提案するのです。1946年1月24日という歴史的な会談が行われました。「僕はマッカサーに進言し、命令として出して貰うよう決心したのだが、これは実に重大なことであって、一歩誤れば首相自らが国体と祖国の命運を売り渡す国賊行為の汚名を覚悟しなければならぬ。・・・昭和21年1月24日である。その日、僕と元帥と二人切りで長い時間話し込んこんだ。すべてはそこで決まった訳だ」。(1964年2月に平野三郎衆議員は憲法調査会に「幣原先生から聴衆した戦争放棄条項等の生まれた事情について」の報告書を提出。その報告書の内容は「日本国憲法9条に込められた魂」鉄筆文庫に載せられています)。

 幣原喜重郎は、戦前における欧米での独自のパイプを用いて活躍した外交活動の実績が高く評価されて、新しい日本の憲法を築いていくうえで、74才という高齢であったが首相に抜擢されたのです。
 ところで、日本側の憲法草案をGHQが拒否したのは、国務大臣の松本烝治を長とする憲法問題調査会案です。戦前からの権力構造の継承から考えが保守的な側面が強く、軍国主義体制による日中戦争や太平洋戦争の反省が十分にないままの憲法草案であったのです。

 

必要最小限の個別的自衛権憲法9条

 

  戦後の帝国憲法の改正による新しい日本国憲法衆議院の上程に、吉田首相は、自衛権を否定しないが、自衛権の発動としての戦争も、一切の軍備と交戦権は認めないと次のように答弁しているのです。
 「戦争放棄に関する本案の規定は、直接には自衛権を否定はしていないが、第9条第2項に おいて一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、 又交戦権も放棄したものであります。」(吉田茂首相、衆議院本会議、1946年6月26日)
 「私の言わんと欲した所は、自衛権に依る交戦権の放棄と云うことを強調すると云うよりも、自衛権に依る戦争、叉侵略に依る交戦権、此の二つに分ける区別其のことが有害無益なりと私は云った積もりで居ります」。(吉田首相、衆議院特別委員会、昭和21年7月4日)
 憲法を上程したときの衆議院の議論で、吉田首相は、憲法9条の規程は、自衛権発動の戦争であろうとも一切の戦争放棄をしたものであり、軍備と国の交戦権を否定しているものであるとのべたのです。自衛権を否定しないことと、自衛権発動としての戦争、交戦権を否定しているのです。
 そして、日本がサンフランシスコ平和条約によって、独立を達成していくが、このときの国会の答弁でも吉田首相は、武力なしの自衛権は存在すると、警察予備隊の創設は、軍隊ではなく、自衛のための交戦権の行使をするための実力組織ではないと次のように強調するのです。
「いやしくも国家である以上、独立を回復し た以上は、自衛権はこれに伴って存するもの。 安全保障なく、自衛権がないかのどとき議論があるが、武力なしといえども自衛権はある。」 (吉田茂首相 1950年1月31日)
「自衛のためといえども軍隊の保持は憲法第9条によって禁止されている」という立場を堅持しつつ、警察予備隊の創設について「治安維持の目的以上のものではない。再軍備の意味は、全然含んでいない。目的は国内治安の維持であり、性格は軍隊ではない。自衛権を放棄するとまで申したことはない。」(吉田茂首相 1950年7月29日)
 1950年6月には、朝鮮戦争が勃発し、日本の隣国での緊張関係が起きるのです。朝鮮戦争の結果、警察予備隊などを経て1954年に自衛隊が設立されることになります。警察行政の一環からはじまっての自衛権の実力組織として出発です。
  日本の防御は、あくまでも個別的自衛権であり、集団的自衛権は含まれないとするのです。1972年10月の田中内閣では、憲法前文の平和的生存権憲法13条の生命、自由及び幸福追求の国民の権利を国政上最大源保障ということから、自衛隊の存在が強調されていくのです。田中内閣が国会に提出した内容は、次のようにのべています。
 「憲法は、第9条において、同条にいわゆる戦争を放棄し、いわゆる戦力の保持を禁止しているが、前文において「全世界の国民が……平和のうちに生存する権利を有する」 ことを確認し、また、第13条において「生 命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、……国政の上で、最大の尊重を必要とす る」旨を定めていることからも、わが国がみずからの存立を全うし国民が平和のうちに生存することまでも放棄していないことは明らかで あって、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために 必要な自衛の措置をとることを禁じているとはとうてい解されない。
 平和主義をその基本原則とする憲法 が、右にいう自衛のための措置を無制限に認めているとは解されのは、あくまでも他国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るための止むを得ない措置として、はじめて容認されるものであるから、その措置は、右の事態を排除するためとられるべき必要最小限度の範囲にとどまるべきものである。

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現代的な憲法九条と国連の平和主義

 東アジア地域で、どのように平和的なブロックをつくることができるのか真剣に考える時期です。自衛隊の役割が集団的自衛権の容認と近隣諸国の脅威論から兵器装備が拡大するなかで、憲法9条の改正の問題も大きな政治的な焦点になっています。政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにと世界に誓った日本国憲法の理念の意義を人類史的な側面からあらためて認識することが大切な時代です。
 日本が世界平和にもっとも貢献していくことはなにか。第1次世界大戦を経てのパリ不戦条約、第2次世界戦争後の日本国憲法の世界史な意味を考えてことではないか。
 第2次世界戦争後には、世界の平和のために国連が生まれたのです。その憲章の前文では、二度にわたる言語に絶する戦争の惨害から人類をすくために、次のように国際的な平和の構築を求めた。
 「われら連合国の人民は、われらの一生のうち二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い、基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女及び大小各国の同権とに関する信念を改めて確認し、正義と条約その他の国際法の源泉から生ずる義務の尊重とを維持することができる条件を確立し、一層大きな自由の中で社会的進歩と生活水準の向上とを促進すること」。
 正義と条約その他の国際法から義務と尊重という国際的平和秩序を国連は求めたのです。国際法の義務と尊重や平和構築のための条約などの役割が強調されています。ここでは、紛争解決のために国際司法裁判所の役割があります。
 互いに平和的に生活するためには、武力を原則的に用いないこと、寛容の実行、世界の人々がすべてに経済的及び社会的発達を促進するために、努力を結集することを次のようにのべています。
「並びに、このために、寛容を実行し、且つ、善良な隣人として互に平和に生活し、国際の平和および安全を維持するためにわれらの力を合わせ、共同の利益の場合を除く外は武力を用いないことを原則の受諾と方法の設定によって確保し、すべての人民の経済的及び社会的発達を促進するために国際機構を用いることを決意して、これらの目的を達成するために、われらの努力を結集することに決定した」。
 国連憲章前文の精神を含めて、平和の問題を深めていくことが必要です。世界平和のために名誉ある国際的地位と日本人としての誇りをもてることはなにかということで、憲法9条や憲法の前文を見ていくことが重要です。


東南アジアにおける友好協力条約
ー東南アジアにおける平和・友好・協力を目的ー

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 憲法九条と響きあう「戦争放棄」の流れが世界に広がっています。東南アジア友好協力条約(TAC)です。アメリカの兵士も一人の人間であり、帝国主義ということと区別すべきという見方からです。
第2条では、締約国相互の関係について、次のような基本原則を定めています。1,主権・領土保全等を相互に尊重、2,外圧に拠らずに国家として存在する権利、3,締約国相互での内政不干渉、4,紛争の平和的手段による解決、5,武力による威嚇または行使の放棄、6,締約国間の効果的な協力。
 この条約の締結には、東南アジアの国々が長年にわたり、戦争によって苦しんだことが背景があります。

 1955年にインドネシアのバンドンで、第二次世界大戦後に独立したアジア・アフリカの旧植民地国を中心に、二十九カ国が平和のための国際会議を開きました。

 そこでは、「バンドン十原則」を決議しました。国連憲章のもとに、主権尊重、内政不干渉、紛争の平和的解決、武力行使の放棄が盛り込まれています。侵略戦争に苦しんだ国々は、自分たちの運命は自分たちで決めることに合意したのです。
 東南アジア友好協力条約・TACの精神はバンドン会議にあります。しかし、バンドン会議後、東南アジアは米国のベトナム侵略戦争に巻き込まれます。

 米国は南ベトナムに親米独裁政権を打ち立てて、東南アジア諸国の介入を深めます。南ベトナムでは米国と独裁政権に対する解放闘争が拡大するのです。米国はベトナム北部への空爆や南部での米軍の投入をして、戦争を拡大していきます。こうしたなかで、東南アジア条約機構加盟国のタイとフィリピンの米軍基地などが戦争に巻き込まれていくのです。
 1967年には、東南アジア諸国連合ASEAN)が結成されます。ASEANは71年に、「平和・自由・中立地帯宣言」を発表します。74年に4月に米国がベトナム侵略戦争に敗れました。翌76年年2月、ASEANインドネシアのバリ島で、首脳会議を開き、ベトナムなどインドシナ三カ国との友好関係樹立の意思を表明しました。

 そして、東南アジア友好協力条約を締結するのです。2005年年から三回、「東アジアにおける平和、安定及び経済的繁栄を促進することを目的とした対話フォーラム」で共同体形成をめざす東アジア首脳会議が開かれ、東南アジア諸国連合以外にTAC加入の参加条件をつめていきます。
  ASEANは、1987年にTAC加入を域外に開放していきます。加入国は03年以降に急増します。03年3月に米国がイラク戦争を強行した時期です。東アジアは平和の共同が広がっていったのです。
 東南アジア友好協力条約・TACは欧州連合(EU)に見られる欧州統合を参考につくられました。EUは平和維持を軍事同盟の北大西洋条約機構NATO)に大きく依存しています。NATOは、域外の「脅威」に対し集団的に軍事力を行使することもあるのです。それは、結果的にロシアへの対抗した軍事同盟になり、その加盟国東方拡大は、大国のロシアへの脅威、恐怖となっていったのです。ロシアを含めた平和友好条約がソ連崩壊後に求められたいたのです。ロシアもソ連崩壊後に、NATOを解体して、ヨーロッパの安全保障機構を要求していたのです。東南アジアの平和友好条約(TAC)は、紛争の平和的手段による解決、武力による威嚇または行使の放棄という戦争放棄を決めた条約の加入国を増やしていくことで平和を実現するしくみづくりです。
 加入国が広がるなかで、中国とベトナムは海域の国境問題を残しながらも、陸上国境問題を対話で解決しています。インドと中国が数十年にわたる紛争と対立に終止符を打ちました。インドとパキスタンは領土問題での深刻な対立を平和的に解決しようとしています。 

 東南アジア友好協力条約・TAC加入国は、ASEAN加盟国十カ国のほか、東ティモールパプアニューギニア、オーストラリア、ニュージーランド、日本、中国、韓国、ロシア、モンゴル、インド、パキスタンバングラデシュスリランカ、フランス。計二十四カ国。人口は三十七億人で、地球人口の57%に達しています。

ドーナツ経済と人間性を育む

       ドーナツ経済と人間性を育む

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 ドーナツ経済学は、イギリスのオックスフォード大学のケイト・ラワースが2011年に提唱した新しい概念です。ケイト・ラワーズ著「ドーナツ経済」原書出版2017年、翻訳黒輪篤嗣・河出出版(2018年)

 経済学に、ドーナツを例えて考えようとする見方をどのように想像しますか。ドーナツは、甘い揚げ菓子でうちがわはふんわりしたケーキのようで、形状は、リング状で真ん中が大きく開いていますが、内側に社会的な生活土台を考えています。内側の社会的土台の壁から落ちて、飢餓や非識字の危険な窮乏になるというのです。

 外側の壁は、気候変動などの環境の上限を示して、それを超えていけば生命の危険になっていくというのです。ドーナツの二本輪に挟まれた甘い本体が、人間が生きている世界というのです。

 

 21世紀に生きる新しい経済学の視点

 

 21世紀の経済学は、ドーナツにたとえ、GDPという経済成長や需要供給という均衡論からは、全く別の新しい経済思考の目標をもっていくことが大切とするのです。その思考には、7つの視点を提言しています。

 第1は、限りある地球上の資源のなかで、すべての人々が人間的な生活を営めるようにする目標からです。これは、GDPという目標よりもはるかに大きな目標だといいます。
 第2に、経済は、社会や自然のなかにあるものとして、太陽からエネルギーを得ているという見方です。このように、新しい全体像からみることを求めています。
 第3は、人間性を育むということで、合理的な効率論の人間力ということではなく、人間は社会的に互いに頼りあって、生命に依存して、安全で公正な範囲内で生きる人間性を育む重要性を強調しているのです。
 第4は、システムに精通するこというのです。機械的な需要と供給という均衡論からではなく、金融市場、経済格差、気候変動臨界などダイナミックな複雑性の要素を考えてのシステムの精通です。
 第5は、経済成長によって、経済格差が拡大して、そして、やがて縮小に転じていくという成長と分配というクズネッツ曲線の論理ではない。その論理から抜本的に考え直して、土地や企業、技術、知識という金銭を産み出す力の再分配を社会的に共同していくことを提案しているのです。
 第6は、環境再生を創造するということです。ここでも成長と分配ということからの環境の軽減というクズネッツ曲線がありました。21世紀型の環境再生の創造は、循環型で、地球の生命環境循環という人類復帰の設計です。
 第7は、成長にこだわらない、新しい繁栄をもたらす経済の設計です。GDPの成長に盲進するのではなく、循環的で、自然と共生していくものです。それは、人類繁栄を設計する21世紀型経済学だというのです。
 この7つの視点は、自然と共生して、循環的で、持続性をもって、新しい人間らしい暮らしを豊かにしていくものです。この結果は新しい形で自由と平等性をもたらしていくというのです。このような大きな視点を提供しているのです。 7つの視点から、現代社会の孤立した競争社会からの自然循環の共生と相互扶助をもつ社会の形成です。まさに、人類史的な未来設計の新しい経済学というのです。

 ところで、7つの視点の実行していくには、国家との財政政策、公平なる再分配方式としての税の徴収方法や収支のあり方、社会保障制度、社会保険制度、法的制度、行政制度、経済の民主主義的社会的ルールとしての法律の役割、公営企業のあり方などをみていくことが必要です。それらとの関係で7つの視点の提言が活かされていくのです。また、中央銀行施策など金融機関も重要な意味をもっています。

 ドーナツ経済の7つの視点を実行していくためには、経済と政治の関係は強くあることを見落としてはならないのです。行政や企業の組織が巨大化することによっての官僚制の問題が大きく生まれています。ここでの様々な形の参加民主主義の課題を抜きに、7つの視点の課題遂行は進んでいかないのです。

 現実の新自由主義的な国家政策では、社会保障政策や公共的な役割を財政的に削減したり、切り捨てていくのですが、その政策の実行において、財政誘導政策と結んでいきます。一律的に削減、縮小ということではなく、さまざまな権力維持のための誘導を、奨励施策補助金の公募方式や国の原発などの事業施策での交付金の財政施策を各省庁と連携で行っていくのです。これらは、強大化した財政予算のなかでみることができます。単純に、社会保障政策や過疎化した地域政策を削減していくのではないのです。新自由主義施策は一方でアメの権力維持のための施策をもって、全体的に民営化を進めていくのです。

 格差と貧困化、雇用の不安定化のなかで生きている多くの人々は、現実に個々が孤立した状況があります。ここでは、目先の金銭的なぶら下がりの公募方式に典型にみるような競争も起きるのです。力の強いものに対する忖度もはびこっていくのです。

 現実に、金銭的な保障がなければ人間的な暮らしができない人々が数多くいるのも事実です。支え合いの社会の形成は、公平を求めての人々の社会的な運動によって実現していくのです。

 支え合いの社会ということから豊かな生活を充実していくには、地域レベルの役割が需要です。7つの視点から市場を考えていくうで、自治体、公営企業、コモンズという見方、協同組合、社会福祉法人、公益財団法人、一般社団法人、NPOなどの社会的セクター、公的なセクターを考えていくことが必要です。それらが、営利的な民間的セクターとの関係も踏まえてみていくことが必要です。

 とくに、自治体としての公営企業における水道事業、工業用水事業、下水道事業、病院事業、交通事業、ガス事業、電気事業、中央卸売市場事業、宅地造成事業、観光施設事業、駐車事業など、それぞれの自治体に即して、多様な分野で行われているのです。これらは、民間事業との重なりあいがあり、民営化の大きな議論になるところです。また、低所得者生存権保障としての公営住宅は極めて大切で、その整備は国民の文化的生活向上にとって不可欠ですが、その役割も自治体がもっているものです。さらに、重大なことは、最も公的な役割の教育や子育ての支援が民営化のなかで、競争の論理にまきこまれているのです。

 

 人間性を育む

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 K・ラワースは、合理的経済人から社会的適応人の人間性を育むことを強調しています。21世紀の人間像は、第1に利己的なことから、社会的であり、報恩行動を特徴とするのです。第2に、好みを固定されるのではなく、たえず何に価値を見いだすのかと流動的にしていくというのです。

 第3には、孤立しているのではなく、依存し合っていることです。第4に、計算高いということよりも、おおざっぱであることです。第5に、人間が自然を支配していることでは間違いという認識です。それは、生命の網のなかに深く自然がかかわっているという認識です。この5つの人間性の育みを問題提起するのです。
 利己的な人間像は、アダムスミスが指摘した市場論以来、市場擁護の経済学者が言われてきたきたことです。しかし、アダムスミスは道徳感情論で、人間のもっている親切さ、公正さ、寛大さ、公共心、他者への助けをもつ資質ということです。それは、人間のもつ大切な資質としていたことをK・ラワースはのべるのです。

 人間は利己心のみで動くものではないということです。しかし、ミル以降の経済功利主義者たちは、人間行動の富を欲することに関心を寄せ、効用を最大限にして、消費の満足度の計算をしていくのです。GDP成長をめざす経済学は、物欲、いい生活の必要ということです。都市では、消費文化が栄えやすく、人々の多くのニーズを満たされやすくなるというのです。

 現代社会における弱肉強食の市場社会において、その矛盾の社会運動からの人間的な助け合い、相互扶助、報恩の精神的自覚が生まれていくということが大切なのです。孤立した自然状態では、その認識は生まれてこないのです。このことをよく考えてK・ラワーズの問題の提起をみていくことが求められるのです。
 K・ラワーズは、人間は市場での取引をみるのではなく、人間は与えたり、分け合ったり、恩を返したりという性向をもっていると指摘するのです。21世紀経済の目標のコンパスは、GDP成長を脇において、人類の繁栄はなにかということを根本的に考えることだとしているのです。

 その答えは、すべての人が尊厳をもち、機会を与えられ、コミュニティのなかで暮らせる世界、地域の限られた資源のなかで持続可能性をもって暮らしていけることだと。つまり、ドーナツのなかで生きるということを強調しているのです。その社会的土台は、人類の福祉、食糧や教育や住居などの生活に不可欠なものを平等に与えられ、生命を育む地球の負荷が限界に超えないようにすべきとしているのです。

 

林保護の重要性


 地球に負荷の限界を超えないということが大切です。その事例では、森林の保護の重要性を指摘します。山の斜面から樹木が伐採されたら、生物多様性の喪失が加速させ、水の循環を妨げるのです。そして、広大な山の斜面での森林伐採は、気候変動を悪化させ、残った森林に負荷をかけるというのです。

 また、そこでは、森の減少と水不足のために周辺の村落では病気が広まり、農作物の収穫が減るのです。逆に、山の斜面の森を育てれば、生物多様性が増し、土地の保水力が高まり、大気中の二酸化炭素も減ることになるとみるのです。

 日本のように、雨が多く、傾斜地の激しいところを各地にかかえるところでは、森林は、防災機能として大きな役割を果たしているのです。砂防工事ということで、コンクリート工事が急傾斜の山林沿いの道路や施設・建物で実施されています。日本では、その工事を積極的に数多く行われています。森林の防災機能を積極的に評価して、自然を考慮して、自然に負荷をかけない道路の計画も大切なのです。

 水田の役割も防災的な機能をもっているのです。山間地帯の水田稲作の役割は、自然にやさしい循環的な農業でもあるのです。伝統的に、日本の水田と里山や奥山という森林をもっていたのです。その農村社会では、自然循環的な生産と社会がつくられていたのです。

 短期的にみるGDP経済成長の世界では、これらの自然循環的に地球に負荷をかけない循環経済の価値がみえないのです。自然循環的な繁栄は、安全と公正の範囲内での動的な均衡に向かうドーナツ経済になるのです。日本の農村社会は、ある意味ではドーナツ経済を続けてきたということになります。

 

21世紀の不平等の拡大

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 21世紀に入り、不平等の拡大により人々の怒りが世界に的に噴出しているとK・ラワースはみます。再分配の機能が重要性をもっていることになるのです。国の再配分の機能は、1,累進所得税と所得移転、2,最低賃金などの労働市場の保護、3,医療費や教育、公営住宅などの公共サービスの提供ということになります。

 新自由主義者は次のように三つの機能の保障は難しいとのべます。かれらは、80年以降、所得税を引き上げたら高額賃金者の労働意欲を下げるというのです。また、生活保護費を増やしたら低賃金労働者の働く気持ちを奪うと考えています。

 さらに、教育や皆保険、住宅サービスには国の大きな支出になると、その充実に反対するだけではなく、縮小または切り捨てをしてきたのです。新自由主義者は、この機能の充実は財政危機になるというのです。そして、国民の依存心をつよめ経済的に大きなマイナスになるとみるのです。現在の21世紀の新自由主義機能は、さまざまな理由をつけて三つの機能を実現に反対するのです。K・ラワースは、市場社会で矛盾することを解決しようとした三つの機能を新自由主義者の考えで、実現してこなたったと指摘するのです。 
 ところで、分配を設計する考えで、K・ラワーズは、様々な問題提起をします。土地は誰のもの、お金を生みだすのは誰、労働は誰のものか、ロボットは誰のもの、アイディアは誰のものと質問を投げかけます。
 土地は、市場、コモンズ、国家ということから人と場所によって三つの最良の組み合わせによって取り組んでいくことが大切とします。お金は、中央銀行の役割が国家主導の地域社会に根ざした再生可能エネルギー環境保護のインフラ整備など国民のための量的緩和が求められます。また、長期的な視野から豊かな暮らしを保障する地域通貨の発行などのひとつのアイデアとして提起します。このアイデアは、すでにいくつかの実践事例があると、その取り組みを紹介しています。
 社会の利益を考える労働は、従業員所有の企業や組合員所有の協同組合などによる労働のあり方を再設計する必要性を提起します。ロボットは、人間の役割を奪っていきますが、しかし、分配の設計に再生可能なネルギーの利用に課税することができます。しして、創造性や共感、洞察、人間同士の交流など、国家の財政からロボットよりもはるかにすぐれている分野への投資を増やしていく設計が必要とするのです。

 デジタル革命で、共同で知識を創造する時代が幕開けました。それは、富の所有を分散させる潜在力をもてつことになったのです。国の支援によって、その潜在力を発揮できるという知識のコモンズの形成ができる時代の到来です。
 ここでは、社会的企業や問題解決、コラボレーションを学校や大学で教えることによって、次の世代に継承されていくのです。公的資金で行われた研究成果は、公共の知識として利用できるというのです。

 不平等の社会では、経済成長が鈍ってしうというのが、K・ラワーズの見方です。多くの人の潜在的な能力が無駄にされるからだというのです。教師や、市場のトレード、看護師、実業家は大切な役割をします。現実に、コミュニティの富と福祉に積極的に貢献できる人たちが、家庭のぎりぎりの生活に必死で働かねばならない状況があります。最貧困層の家庭がお金がなければ生活必需品を買えないのです。労働者は必需品を提供する仕事を失うことがあるのです。これらの現実では、市場の活性化を停滞させるというのです。まさに、不平等社会は、経済成長は鈍くして、脆弱にさせるとK・ラワーズはのべるのです。 

 21世紀の経済学は、不平等を解消するため、所得の再分配だけに目をむけてきた。それだけではなく、市場とコモンズ、国家を活用して、土地の支配する力、貨幣の信用の創造、企業、技術、知識の分配的機能を創造することが重要であるとするのです。
 21世紀の人間像を育むうえで、現実の市場社会のなかで生きていることを直視していくことが大切です。K・ラワースがのべるように人間は、複雑性をもっていて、利己的で功利主義で生きているのではないという認識は重要です。

 人間は、孤立ではなく、相互依存社会的でなかで生きているのです。その認識は極めて大切なのです。この認識をどのようにして、形成していくかは、弱肉強食の競争社会で人々がとかく孤立していくなかで、どのようにして、認識を形成していくかは、さまざまな工夫が必要になっています。人間性を育むという中心的な取り組みとして、積極的に位置づけていくことが必要なのです。

 20世紀の近代化は、市場の発展のなかで、格差と環境問題に悩まされたのです。そのなかで、格差の解消、差別や偏見の根絶経済的な平等、社会保障の確立、人々の教育の充実などが社会運動として起きて、様々な形で社会権が確立していったのです。市場に対しての自由と民主主義の発展です。

 新自由主義がはびこっているなかで、この市場に対する自由と民主主義の充実を見直しなら、また、国家の税制・社会保険社会保障・福祉の再分配機能、分配や環境保護においての教育役割での問題点も再検討しながら、K・ラワーズの問題提起を深めていくことが求められます。

 

 人々の経済の行動意欲と金銭


 人々の経済的行動意欲は、金銭的なことできまるのですかと、K・ラワースは問題提起をします。社会や環境の問題を解決していくのは、金銭的なことではないと強調します。むしろ、お金ということで、報恩、相互依存、生命網で生きるという人間性の動機が失われていくことがあるのかではないかと人間にとっての本質的なことの考えを提起するのです。

 このようにK・ラワースは考えます。お金が介在しますと、生徒の自尊心や親の社会的に責任などの社会的規範が損なわれるということをコロンビアの首都ボコダの教育実践で体験したということです。

 市場、報酬、価格、評価などが人間の行動にどう影響するのかという行動経済学の視点も重要とするのです。お金を介在させると長期的な森林保護という生命の世界に対する畏敬の念が著しく低下するというのです。

 さまざまな環境保護という公共の領域に金銭的なことを持ち込むと危険が伴うというのです。所得が低くとも社会資本が豊かなコミュニティでは、社会規範が活性化していくおとをウガンダの農村医療の改善で体験したというのです。

 農村医療を改善する研究者たちは、村民達が求める医療水準を記した契約書を自分達で作成させ、診療所の業務点検する仕組みを設け、毎月、結果を村の公共掲示板に掲載するのでした。村民達が算して、公の説明責任を伴った社会契約です。この結果は、人間のもっている根底的な規範や価値観、義務や敬意、心遣いなどが呼び覚まされて、環境に配慮した人間的な社会規範の行動になるというのです。

 K・ラワースの問題提起は、農村に共同体的なコミュニティが残っていて、相互扶助の関係が存在しているなかでの実践です。経済的に物資的な貧しさがあるが、人間的な文化や精神が存在しているということでの実践であるということを認識しておくことが必要です。弱肉強食の競争社会で格差、差別と偏見、孤立した社会、著しく分業化した社会のなかでは、相互扶助の人間的な連帯の精神を取り戻していく運動が重要なのです。これらには、労働組合運動、市民運動、協同組合運動などによっての連帯的な精神の認識の高まりが重要なのです。個々の次元では、厳しい生活が強いられている状況では、目先の金銭が重要になっていく現実があるのです。それなしに、K・ラワースの問題提起は活きていかないのです。

 

相互依存の人間から経済を考える


 市場に対応しての弱肉強食のなかでは、孤立した存在でして人間をみがちです。負け組と勝ち組は結果として生まれます。負け組は、努力が足りないということで、自己責任を痛感するのです。

 この意識のなかでは、社会全体に少数の勝ち組と多数の負け組という分断社会になっていくのです。勝ち組は、尊大になり、地域や名誉を誇らしく、威厳をみせるのです。ここでは、相互依存のなかで生きていることが理解できないのです。自己の努力によって、合理的な功利主義能力主義のなかで成功したとするのです。

 K・ラワーズは,合理的経済人を孤立した人間として描くことは、経済をモデル化するうえで大変に都合がよかったと考えるのです。経済学者はこれまで、商品の相対的値段を変えることで、人々の行動を変えようとしたのです。砂糖に税を課すのも、太陽光パネルを安く買えるようにするのです。

 しかし、結果は、価格操作では結果が期待したように得られないのです。社会的つながりの効果がはるかに大きな効果を生むのです。社会規範に従い、周囲の人々と相互依存していくことによって、効果を得ていくとK・ラワーズは強調するのです。
 人間はけっして計算高く合理的に行動しません。経済行動には合理的な思考を妨げる認知バイアスがあるというのです。合理的人間というよりも非合理な直感的な人間として行動する側面があることを忘れてはならないと考えるのです。

 人間はリスクを理解することに根本的に無力です。たえずつつかれる必要があるとするのです。複雑なテクノロジーに生きている21世紀において、予期せぬことが起きるのです。

 予期せぬリスクにとって、大切なことは、官僚とか法律とかよりも精通した市民であると。経験則に従って、リスクに精通することであるとみるのです。医師や判事、学童にも経験をとおしての統計学的な思考方法を身につけることが重要とするのです。
 

 環境再生を創造する

 

 経済成長絶対主義者は、経済成長によって、経済的余裕が生まれ、環境に配慮した技術を使う余裕がうまれていくというのです。この結果、高い環境基準がもち、製造業からサービス業に移り、煙突がコールセンターにとって代わるというのです。

 現実は、市民達のはじめからのきれいな水と空気を求める気持ちと能力があったのです。自然環境がよく保たれているのは、所得がよく分配されている国、識字率が高い国、公民権や政治的権利が尊重されている国です。水や空気を守るのは、経済成長ではなく、一般の市民であることをK・ラワースは強調するのです。

 産業が取り、作り、使い、失うという非環境再生産な直線的な設計に基づいている限り環境問題は解決することができないという認識です。自然を模範、基準、助言とみなすことが、生命の循環的なプロセスを学ぶことができるのです。工業生産は、循環型経済の通じて、非生産的な設計から環境再生産へと大きな変貌を遂げていくのです。非環境再生的な産業では、価値はお金で計られ、コストの最小限と売り上げの最大化を追求するのです。その結果が、資源の一直線の流れになるのです。循環型経済という価値に対する新しい価値の理解です。生命なくして富はないという見方です。

 都市周辺のおしみない生態系の重視です。森や湿地、草原などです。太陽エネルギーを利用して、二酸化炭素を吸収して、雨水を保ち、土壌に栄養を与え、空気をきれいにすることです。都市を建設するうえでの大きな基準は、循環型経済の形成です。都市の屋根では、農作物を育て、太陽エネルギーを集めたり、野生生物の憩いの場になったりすることです。都市が豪雨を吸収して、ゆっくり帯水層に放出する舗装路であったり熱を吸収したりすることです。

 循環型経済の可能性は無限です。世界中のイノベーション、設計者、活動家からなるネットワークで、知識のコモンズを築くことで、無限の可能性をもつというのです。

 

参加民主主義を学習するーガート・ビースタから学ぶー

          参加民主主義を学習するーガート・ビースタから学ぶー

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はじめにー現代での参加民主主義の必要性ー

 

 歴史は、多数決原理の民主主義のもとに、世界大戦、ファッシズム・軍国主義体制、民族的な差別と排除が行われてきました。人類的な悲劇をうみださないためにも、排他主義ではなく、尊敬と信頼、多様性を尊重する必要があります。そのためには、共に生き、共に産み出すため、話し合いと互いに認め合う熟慮の民主主義を深く学ぶことが不可欠です。
 現代日本は、新自由主義が闊歩し、社会全般が、弱肉強食で格差状況が深刻になっています。1%といわれる富裕層と貧しい層に両極に益々分かれ、社会の分断も厳しくなっています。ここでは、非正規雇用も増大して、将来に対する不安も大きくなっています。また、政治や社会の退廃も深刻な状況です。
 若者をはじめ、公共的な生活に対する嫌悪観、無視が蔓延しています。様々な公共的な分野が民営化されて、医療や福祉、介護など、ケア労働などの公共性のあり方が問われる時代です。新自由主義の蔓延する社会から公平と公正が求められています。共に生きる、共に産み出していく共生の社会経済が必要になっています。

 そこでは、結果の平等ということからの社会福祉の充実という分配だけではなく、自然との共生関係が大切になっているのです。経済の民主主義的なルールも課題になっています。

 独占禁止法という市場の民主主義的ルールばかりではなく、最低賃金法による人間らしく生きるための生活的賃金保障、労働基準法による人権保障、環境問題の地球危機に対する持続可能な自然循環などがあります。日常的な暮らしや労働、自然環境との関係のなかに、民主主義も問われているのです。

 民主主義は、選挙だけではないのです。現代の政治は、選挙による委任型・おまかせ民主主義といわれるように、国民が直接に参加していく仕組みが弱体している現実です。かつては、労働組合市民運動学生運動などによって、直接請求や団体交渉などによって、政治に参加して、投票率の高さがあったのです。
 現代日本の民主主義の学習を考えていくうえで、現実に民主主義の内容が形骸して、形式的な委任型をつくっています。選挙は、キャッチフレーズ的、利益誘導的な方法を伴って、ポピリズムが隆盛になっています。
 誰もがスマホンも持つ時代です。SNSの情報などインターネットやテレビなどが大きな影響力をもつ時代です。感覚的に社会的不満をぶつけ、行動に走る傾向も強くなっています。

 

 シティズンシップ教育から参加型の熟議民主主義の形成

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 ガート・ビースタが民主主義を学習する提言では、政治への無関心と参加レベルの低さの現実に対して、若者の声に耳を傾ける大切さを指摘しています。そして、それぞれが民主的な関係をもって存在し、行動する機会を創造するための民主的教育の創造を強調しています。

 それは、民主主義の実験に参加する方法なのです。そして、学校などの教育の責任を地域や社会全般に及ぶことが大切とするのです。社会全体が福祉国家から新自由主義へ、社会権から市場権に移ったイギリスでは、サッチャー政権以降ですが、労働党政権が1997年に政権を握っても、市民を高品質の社会的サービスを受給する消費者として、位置づけていたのです。そこでは、集合的な資源を公正に分配する民主的な決定者への参加にはならなかったのです。
 イギリスのシティズンシップ教育理念は、3つの問題をもっていたとガート・ビースタはのべるのです。
 第1の問題点は、教育を通して民主的なシティズンシップを準備することをしなかった。そこでは、個人の適切な知識とスキル、正しい価値観ということで、個人責任に帰せられる新自由主義の見方を払拭できなかったのです。
 第2の問題点は、活動的で責任ある市民を形成する教育ではなかったのです。若者をまだ一人の市民ではないという問題のたてかたから、共通の関心事になる実践として、若者生活の全分野から教育者がさまざまな難しい要因をみつけだすことができなかったのです。
 第3の問題点は、教授の意味を解釈し、理解する方法に依存して、教育の本質である行為を基礎にしてのコミュニケーションのプロセスや予想できない要因をみつけだすことができなかったのです。
 学校は、若者の生活からみればほんの一部です。家庭や余暇活動の参加や仲間とのふれあい、メディア、広告、消費者として、多くのことを学習していることを教育は認識しなければならないのです。この現実のなかで、若者がいかに社会生活と公共生活のなかで活動的になれるかということです。

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 責任ある市民になるための民主主義の学習には、他者に対する尊厳、政治的、経済的、社会的、文化的な生活に参加すること、異なる信念と文化を理解することを必要としているとガート・ビースタはのべます。

 これらの課題は、学校内教育ではできないのです。コミュニティにおいて、責任感ある効果的参加者になることです。そこでは、自尊心、自信、イニシアティブの決意、感情の成熟など個人の特性が発達していきます。そして、自己、他者、環境に対する尊厳とケアの社会的責任感が育てられていくのです。
 すでに、1972年にユネスコは、未来の学習として、生涯教育と学習社会の発達の支援を強力に推し進める必要性を強調しましたが、ガート・ビースタは、その評価を現代に積極的にすべきとしています。そこでは、第1に、相違や対立の移り変わりでも政府間と人々の連帯を重視するのです。
 第2には、民主主義の信念として、自己の潜在的可能性を実現して、自己の未来の形成を共有する個人の権利を大切にするということで、民主主義の重点に教育をあげているのです。
 第3に、開発の目的は、人格を高め、複雑な表現やさまざまなコミットメントを行うことができるような人間の完全な実現です。
 第4には、生きることを学ぶために、全面的な生涯教育を実施して、完全な人間集団を創造することができるようにすべきです。
 これらの4つの課題は、連帯、民主主義、人間の発達の完全な実現からの生涯教育の設計というになるのです。


 
 雇用のための自己責任型生涯学習

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 ところで、1997年にOECDが「万人のための生涯学習」として、人的資本の開発を積極的に打ち出しました。これは、グローバル経済に対応した雇用と経済発展を促す生涯学習です。生きることを学ぶ未来の学習から生産的な雇用対象者になるための学習、収入を得るための学習に転換するのです。国民の権利としての生涯学習から個人の義務、個人の責任に変化したのです。国家セクターとしての生涯学習は、大きく減少していきます。このように生涯学習の自己責任として、生涯学習の変化をガート・ビースタはみるのです。
 そこでは、生涯学習の非公式な形態が急速に成長していくのです。自立支援セラピー、Eラーニング、自己教育ビデオ・DVD・CDなどを通しての学習が普及していくのです。

 近年では、デジタル革命と称して、生涯学習の分野でITによる個人学習が隆盛をみせています。この傾向は、日本では益々大きくなっています。また、学校教育では、GIGAスクールとして文部科学省が教育政策として、推進している現状です。
 生涯学習の個人的機能、個人の収入創出を可能にするようなスキルアップの個人の義務と個人責任になっていくのです。ここに、民主的な社会を形成していく生涯学習との関係の大きな矛盾が生まれていくのです。それぞれの違いや他者との出会いから共に生きていく能力形成という学習の課題が社会的に大きく削られ、公共的な領域の意識形成がみられなくなっていくというのです。
 イギリスのシティズンシップ教育の大きな欠落は、成人学習の役割がないとガート・ビースタは指摘するのです。暮らしに影響を与える構造的な不平等を認識し、それを出発点として、学習者に公共的な市民の探求を支えること、学習していくうえでの行為主体やアクティブ・シティズンシップの発達を促すことが大切としているのです。

 これらは、公共的な意識の衰退という現実、新自由主義的な自己利益、効用最大化という価値観からの転換ということです。つまり、公共的な市民としての学習の構築でもあるのです。
 
 市民としての生涯学習ー経験と実践的な主体形成と公共性形成の学習ー

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 市民としての学習は、自己の経験および実践とつながることです。既存の社会的、政治的な秩序の再編成に、個人を適応させる市民学習から政治的主体性と政治的行為主体の現れに寄与する学びにすることです。それは、市民学習の社会化ということから市民学習の主体化を積極的に提示することです。
 市民としての民主主義の学習は、民主的な政治のプロセスと実践です。それは、多数者の支配する民主主義ということから参加者の集団的な行為です。学習の目的から、それぞれの意志表示による議論をとおして決定されていくことを学ぶことです。つまり、公的な市民形成として学ぶ必要があるのです。真正の熟慮によって、非強制的な形で、意思決定が行われていくことが、民主主義による公共的な市民の形成なのです。
 民主主義は、権力操作、権力による教化、権力によるプロパガンダ、ごまかし、単なる私的利害、おどし、そして、イデオロギー服従からの排除であるとガート・ビースタは強調するのです。単純に教えられ、あらかじめ規定されたアイデンティティによる無知な市民から、民主的なプロセス、熟議民主主義の実践関与をとおして、人間的な連帯、公共性の市民形成によって、達成されていくというのです。

 個人の願いが政治的な力や政治的な潮流になるためには、集団的必要への変換の意識にならねばならないのです。公共的領域の鍵となるのは、公共的な利益と公共財を産み出すことです。市民がなにが公共的利益なのかを明らかにすることは、闘争、論争、議論、そして交渉によって、自己利益の価値ではなく、公共的な集団利益に転換していくことです。
 公共圏の存在も公共の利益の形成にとっても大切です。公共圏は、私的な自己利益、効用最大化から保護された空間です。見知らぬ人たちが社会の共同生活において民主主義のパートナーとして互いに出会う空間になるのです。公共圏の縮小は、市民の民主主義な学習の機会、共同生活の構築や維持を減少をさせていったのです。 
   公共圏、公共的領域ということで、公共性を理解することは、市民としての民主主義を認識していくうえで大切なことです。集団主義的ということと公共性をもっていることは別のことです。集団性のなかでもオウム真里教やテロ集団のように反社会的集団の存在があるのです。それぞれの特定の利益集団が社会のなかで存在して、必ずしも公共性をもっているとは限らないのです。
 新自由主義のもとで、公共的なケア労働や公的教育などが民営化されて、私的な利益の市場によって、福祉や教育の社会的サービスを担うということが普及しているなかで、公益性ということが曖昧にされている現状があります。公共性ということから参加と熟議の民主主義も曖昧にされていくのです。

 

 包摂と熟議民主主義の形成と生涯学習

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 市民のための民主主義形成は、公共のために参加者がお互いに理由をのべることからはじめます。そして、批判的にそれらを評価し合い、熟議をもっぱら合理的な議論の形式をとっていくことです。その軸となる柱が私的な利益、特定集団の利益では、対立的利益のなかで公共性が定まっていかないのです。利己的な利益、特定集団の利益ではない、公共的な利益を探求していくことが市民の民主主義形成にとって大切なのです。
 ガート・ビースタは、ヤングの排除社会から脱していく包摂民主主義の考えを踏襲して、参加者の熟議をもっての合理的な議論形成の場が民主主義とするのです。熟議的民主主義は、尊敬と信頼から排除的傾向を改善するというのです。排除には、議論や意思決定から外側において排除するのではなく、内的に形式的な意思決定のプロセスに包摂されていますが、平等な敬意をもってあつかわないということで、排除していく形態が数多くあるというのです。これが内的排除です。

 内的排除型の社会は、議会制民主主義の形態をとっている多くの国でもみられるのです。日本でも議会における野党の答弁に対して、質問の問題に真正面から捉えずに、はぐらかしたり、質問からはずれて、自分達の政策や施策の自慢話をしたり、論点をずらしたり、ときには、答えずに、検討中とか、関係者の意見をよく聞いてからと、まともに答えないので議論にならない場面がよくあります。結論ありきで、野党の意見を聞かずに、政策を多数決で決定していくという内的排除の観念があるのです。熟議の民主主義のプロセスに入っていかないのです。
 デモクラシーは、同一性と同質性からではなく、複雑性、差異性に基礎づけられていることをガート・ビースタは強調するのです。また、それらの知識の構成要素、熟議・集合的意思決定・差異への対処の技能取得が大切とするのです。さらに、次世代への性向ないし価値の構成要素という公共的自由からデモクラティックな人格形成が不可欠とガート・ビースタは力説するのです。

 日本の現実における民主主義の学習にとって、大切なことに、前記に指摘すること以上に、ITの普及、テレビの偏向というデマやうそ、偏見、差別の情報氾濫のなかで、科学的思考やエビデンスを重視していくことが民主主義の学習にとって、大切になっています。デマや噓がはびこるなかで、何が真実なのかという困難なこともあります。事実に基づいての真理探究の科学的な思考が民主主義の学習にとって重要になっているのです。
 
 人間の自由の形成と生涯学習

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 人間が自由になっていくことは、権力から自由になっていくことが大切ですが、同時に、人間らしく自由に生きるために絆をもって支え合いのなかで安心していける自由、その社会のなかで文化的に豊かに生きられる生存条件をもっていることの自由などがあります。さらに、自由になっていくことで、知らないことがわかっていくことの自由、できないことができるようになる自由、スポーツ・芸術・ことばのように優れた技能・コミュニケーションをもつことによって、自由になることがあります。

 これらは、教育によって達成することなのです。教育は人間の大いなる可能性の発達を促し、人は学習することによって、結果的に自由になっていくのです。自由があらわれる空間は、公共的な関心のもとに、他者と関わり合い、複雑性や多様性、差異性を抹消していく人間的主体性をもって活動することをガート・ビースタは強調するのです。
 教育の目的は、人間的主体性を確立し、理性的自律への問いかけです。他律から自律へ、依存から自立、幼児期から青年期、絶対的な固定した観念の理性ではなく、様々な創造性、価値の多様性を受け入れていく理性が求められる時代です。その理性の力をつくる生涯学習なのです。学習のニーズは経済的な関係に決してねじまげることなく、デモクラティックな人格形成の議論として、信頼、応答可能性、責任性ということが大切です。教育者は主体性に対する責任、教育的な関係を引き出すことで、決して限定されたものではなく、計り知れないものをもっているということです。まさに、人間とはなにかという本質的な問いを教育的な関係性はもっているのです。
 教育の説明責任と応答性は、大きな二つの流れがあります。ポスト福祉国家主義の流れと、新自由主義の流れです。ポスト福祉国家主義は、公共サービスの精神によって、平等性、ケア、社会的正義のような専門職的な基準や価値への関与、そして協働の強調です。
 一方で、新自由主義の流れでは、顧客志向の精神、能率や費用対効果、競争への強調です。消費者としての市民に対する説明責任が問われるのです。教育者は、顧客としての保護者や生徒に合わせての方向性になっていきます。二つの流れのなかで教育者は、説明性と応答性を問われるのです。社会教育においては、民営化が隆盛を極めている現状ですので、新自由主義的な消費者としての社会教育サービスからの利益優先のための顧客満足度が鋭く問われていく時代です。これに、抗しての主体的に参加して、熟議していく民主主義を学ぶ生涯学習の強い信念と戦いと社会的交渉があるのです。 
 市民の民主主義のための社会教育は、行政などの公的な分野、非営利的な分野によって担われていく必要性が大きくあるのです。新たな公的な社会教育の創造が、市民の民主主義形成のためには大切になっているのです。