社会教育評論

人間の尊厳、自由、民主的社会主義と共生・循環性を求める社会教育評論です。

現代の資本主義のモラル問題 と企業の社会的責任

現代資本主義のモラル問題 と企業の社会的責任

 f:id:yoshinobu44:20210520173937j:plain

 現代の資本主義のグローバル化は、生産・流通・消費と深く浸透している。この矛盾が新型コロナ禍で明らかになった。日常生活必需品、マスクなど感染対策の基本的な予防品や医療品の自国での自給生産体制がとれていない状況である。食糧品や石油などのエネルギー分野では前から言われていたが、外国からの商品が入ってこなければ生活に重大な支障をきたす状況があらゆる分野におよんでいることが国民誰でもわかるようになった。また、コロナ対策で重要なワクチン開発など国内で遅れ、外国の大手医薬品メーカーに依存せざるをえない。

 生きていくための生活消費材は、世界各地で、それぞれの細かな部品がサプライチェーという分業体制で生産されて、一国ではどうにもならないことになっている。あらためて、国際経済のあり方がコロナ禍のなかで問われる。また、外国人労働者問題や不安定な非正規雇用の矛盾もコロナ禍のなかで深刻に現れた。企業の社会的な責任と政府の経済に対するあり方も考えなければならない。

 ところで、グローバル化の中で、新自由主義の考えで、弱肉強食によって、格差が拡がっているのである。コロナ禍で膨大な利益をあげ、その貪欲を進めて、社会的還元に大きく外れている現象をみるのである。まさに、経済的腐敗現象の蔓延である。

 現在の国際的な企業の社会的に責任を考えていくうえで、腐敗の防止に関する国際連合条約、国連のグローバルコンパクトやコー会議の資本主義の道徳問題の提言などが参考になると考えられる。社会教育論からも企業経営者のあり方、企業経営者の絶えざる学習の大きな領域に、社会的責任論、社会的正義論が企業の成長の内容論として充実させていく課題がある。企業の経営幹部から多くの企業の社員に至るまでの社会的責任・社会的貢献の学習が重要な時代になっているのである。

 

(1)企業の国際化による腐敗問題と国連のグローバル・コンパクト原則

 f:id:yoshinobu44:20210520174102j:plain

 企業の国際化を考えていくうえで、国際的な腐敗の問題は極めて重要な課題である。そして、持続可能社会をつくっていくことは、環境破壊をはじめ腐敗の課題を解決していくことが強く求められている。国際化していく企業にとって、その課題に取り組むことは、企業自身の持続可能性につながっていくのである。


 国連グローバル・コンパクトの原則は、各企業が、持続可能な成長を実現するための世界的な枠組み作りに参加することを意味する。それは、義務的な強制による国際的な秩序ではなく、自発的な取り組みである。
 国連グローバル・コンパクトでも腐敗は、世界最大の課題の一つに数えられる。腐敗は持続可能な開発にとって大きな障害となっている。国連グローバル・コンパクトの見方は、貧しい地域に不当な影響を及ぼすことだけでなく、社会構造そのものを腐食していくという認識からから積極的にとりあげている。国連グローバル・コンパクトは、腐敗の克服のために、大切な原則をたてた。


 腐敗の防止に関する国際連合条約は,すでに、2003年10月に国際連合総会において採択されている。腐敗防止に関する国際連合条約の前文では、腐敗が国際的な現象になっており、民主主義と社会的正義、並びに持続可能な社会を危うくするとして、次のように指摘している。
 「腐敗が社会の安定及び安全に対してもたらす問題及び脅威が、民主主義の制度及び価値、倫理上の価値並びに正義を害すること並びに持続的な発展及び法の支配を危うくすることの重大性を憂慮し、また、腐敗行為とその他の形態の犯罪、特に組織犯罪及び経済犯罪(資金洗浄を含む)との結び付きを憂慮し、さらに、国の資源の相当部分を構成する巨額の財産に関連し、その国の政治的安定及び持続的な発展を脅かす腐敗行為の事案について憂慮し、腐敗がもはや地域的な問題ではなく、すべての社会及び経済に影響を及ぼす国際的な現象であり、腐敗行為を防止し、及び規制するための国際協力が不可欠であることを確信し、また、効果的に腐敗行為を防止し、及びこれと戦うために包括的かつ総合的な取組が必要であることを確信し、さらに、効果的に腐敗行為を防止し、及びこれと戦うための国の能力の向上(人的能力の強化及び制度の確立によるものを含む)に当たり、技術援助の利用が重要な役割を果たすことができることを確信し、個人的な冨を不正に取得することが、特に民主主義の制度、国の経済及び法の支配を損なう可能性があることを確信し、不正に取得された財産の国際的な移転を一層効果的な方法によって防止し、探知し、及び抑止すること並びに財産の回復における国際協力を強化することを決意し、刑事手続き及び財産権について裁判する民事上又は行政上の手続における正当な法の手続きの基本原則を確認し、腐敗行為の防止及び撲滅はすべての国の責任であること並びにこの分野における各国の努力を効果的なものとするためには、市民社会、非政府機関、地域社会の組織等の公的部門に属さない個人及び集団の支援及び参加を得て、すべての国が相互に協力しなければならない」(外務省・腐敗の防止に関する国際連合条約ホームページより)。


 腐敗の防止に関する国際連合条約では、腐敗防止の闘いに、総合的に取り組むことが大切としている。このためには、国の腐敗防止の制度的な設計と管理責任と同時に、市民社会、非政府機関、地域社会の組織の参加を得て、国と相互に腐敗防止に闘っていくことの必要性を強調しているのである。発展途上国の開発では、先進国の援助や企業進出の許認可権で賄賂や横領の問題が絶えない。とくに、その権限をもっている公務員のモラルの賄賂問題、業者の手抜き工事による横領の問題が、深刻になっている。腐敗の防止に関する国際連合条約は、2005年12月に発効している。


 国連グローバル・コンパクトは、10項目の原則をたてている。その項目は、次の通りである。
 原則1、企業は、国際的に宣言されている 人権の保護 を支持 、尊重し、
 原則2,自らが人権侵害に加担しないよう確保すべきである。この基本原則をふまえているのである。
 原則3 企業は、組合結成 の自由と 団体交渉の権利の実効的な承認を支持し、
 原則4 あらゆる形態の強制労働の撤廃を支持し、
 原則5 児童労働の実効的な廃止を支持し、
 原則6 雇用と職業における差別の撤廃を支持すべきである。
 原則7 企業は環境上の課題に対する予防原則的アプローチを支持し、
 原則8 環境に関するより大きな責任を率先して引き受け、
 原則9 環境に優しい技術の開発と普及を奨励すべきである。
 原則10 企業は、強要と贈収賄を含むあらゆる形態の腐敗の防止に取り組むべきである。


 これらの項目は、企業が国際化していくうえで、避けられない重要な課題である。人権や環境、腐敗防止という社会的正義は、地域社会の健全性を保ち、持続可能性を維持していくために避けられない。
 国連グローバル・コンパクトは、原則7から原則9まで環境に関する企業の社会的責任をとりあげている。企業は環境破壊をつくらないように予防対策を義務づけ、環境保全に対する企業の社会的責任の積極的な履行と、環境に優しい技術開発と普及を企業の社会的な責任としてうたっているのである。


 国連グローバル・コンパクトに署名する企業・団体は、人権の保護、不当な労働の排除、環境への対応、そして腐敗の防止に関わる10の原則を自らのコミットメントのもとに、その実現に向けて努力が求められるのである。
 2013年11月現在では世界で7903社、4094団体が署名をしている。国連グローバル・コンパクの参加企業・団体は、「人権」・「労働」・「環境」・「腐敗防止」の4分野・10原則を軸に活動を展開している。
 ところで、国連グローバル・コンパクトに、日本では、193の企業・団体(2015年3月1日時点)が参加している。京セラグループにとって、ステークホルダー(企業の活動による影響を受ける人々や団体などの利害関係者) とのコミュニケーションは、CSR活動として大切な役割をもっているという見方である。京セラグループにとって、ステークホルダーは、お客様、従業員、株主・投資家、取引先、地域社会をおいている。
 とくに、京セラグループの日本国内での活動では、ステークホルダーのひとつである地域社会との双方向のコミュニケーションを大切にしている。それぞれのステークホルダーとのコミュニケーションは、企業にとって大切な関係であるが、ときには、ステークホルダーごとの利害関係も異なる。
  経営学者の出見世信之は、「CSRステークホルダー」という論文で、欧米の動向を紹介している。その紹介によれば、1996年にイギリスの労働党のブレア党首は、すべてのものに機会があたえられる経済という立場をとっている。それは、ステークホルダー経済ということである。そこでは、説明責任が不可欠になっていく。企業が、ステイクホルダーとの協力関係をうちだせるように、国としての施策をうちだしている。この考えは、ステークホルダー資本主義として、フリーマンによって、整理されている。ステークホルダー資本主義は、4つの原則からなるとしている。
 それは、ステークホルダー協力の原則、複雑さの原則、持続的創造の原則、競争発生の原則である。ステークホルダー間の協力によって価値が創造される。人間は様々な価値によって行動するものであり、協力により持続的創造の価値をつくりだす。企業は、ステークホルダーの選択によって競争が起きるとしている。
 これらの原則の基底には、価値創造の過程の中心に人間が置かれている。企業の経営者は、すべてのステークホルダーの価値創造を尊重することを求めている。これらの立場を尊重する企業は、人間的制度にする可能性を有したものになる。


 ステークホルダー資本主義という考えは、すべての人びとが経営との関係を結びことができるようにするものである。そこでは、すべての人々が経済的恩恵をうけられるようになることである。企業の民主主義のあり方として、イギリスでは、ステークホルダー資本主義が人間中心の経済として、模索されているのである。このように、ステークホルダー資本主義として、企業が関係をもつ従業員、お客様、地域社会、取引先、株主・投資家との民主主義的関係の在り方が模索される時代になっているのである。

 

(2)グローバル時代と道徳資本主義の模索

 f:id:yoshinobu44:20210520174355j:plain

 グローバル時代の資本主義のあり方として、道徳資本主義(モラル・キャピタリズム)、企業の社会的責任(CSR)が大きく問われるようになっている。経済人コー円卓会議(CRT)は、企業の行動指針として、獣欲的な市場を廃しての道徳的な資本主義の価値と行動を積極的に提唱している。


 経済人コー円卓会議は、激化する貿易摩擦の緩和、日米欧の社会経済の健全な発展という企業の倫理や企業の社会的責任という道徳資本主義の目的のために、スイスのコーという地域に、世界の経済人が集って1986年に創設されたものである。
 1994年にコー円卓会議は、道徳心をもつ経済人のあり方として、企業の行動指針を提言したのである。この提言の基本的な原則は、共生と人間の尊厳であり、企業とステークホルダーとの関係を基本原則としたものである。ここでは、企業の道徳的なあり方として、6つのステークホルダーごとの原則を示している。
 
 コー円卓会議は、企業経営が、道徳価値をもつことによって、持続可能性をもつ企業と社会がつくりあげることができるという見方である。一般原則の第1に、コー円卓会議の企業の行動指針は、企業の責任として、全てのステークホルダに尊厳と利害を尊重することを次のようにうたっている。
 「企業の社会的存在価値は、企業が新たに生み出す富みと雇用、消費者に対して質に見合った適正な価格で提供する市場性のある商品サービスにある。そうした価値を創造するためには、企業は自らの経済的健全性と成長力を維持することが不可欠であり、単に生き残りをかけるだけでは十分とはいえない。
 企業はまた、自らが創造した富みを分かち合うことによって、あらゆる顧客、従業員並びに株主の生活向上をはかる役割を有している。仕入れ先や競争相手も、企業が自らの義務を誠実かつ公正の精神で全うすることを期待することが望まれる。さらに事業活動が行われる操業、国、地域並びにグローバル社会の「責任ある市民」として、企業はそれらの将来を決定する一翼を担っている」。 
 企業の社会的存在価値は、国際競争のなかで、生き残りをかけているだけでは不十分である。企業は、市民の一翼として、自ら創造した富を分かち合う公平の精神による社会的責任が課せられている。つまり、企業の社会的正義が強く求められているのである。企業の課せられた社会的責任を果たすためには、経済的健全性と成長力の持続性が求められる。一方で、その健全な成長力は、社会的正義がなくして達成することができないのである。そこには、社会的に絶えざる社会的貢献の点検が求められているのである。
 
 企業市民としての役割を果たすためには、顧客、従業員、株主、仕入れ先、競争相手、地域社会のすべてのステークホルダーに対して、それぞれに責任ある行動を誠実に遂行すことが不可欠である。ここには、それぞれの利害を社会性をもって、調整していく企業統治能力が必要になってくる。

  コー円卓会義は、企業の行動指針において、ステークホルダーに関する原則を顧客、従業員、株主・投資家、サプライヤー、競争相手、地域社会と、6つのステークホルダーごとに述べている。
 
 第一に、顧客について、誠意をもって接することを信条とする。その責任を果たすために、5つのことをあげている。
(1)顧客の要請に合致する高品質の商品、サービスを提供する。
(2)顧客を公平に処遇する。顧客の不満に対する補償措置を含む。
(3)顧客の健康と安全並びに環境の質が維持されるように努力すること。
(4)商品並びにマーケッティング、広告を通じて人間の尊厳を犯さないことを約束する。
(5)顧客の文化や生活様式保全を尊重する。
 顧客に対するコー円卓会議の原則は、顧客に信頼されてこそ、持続可能性をもつ事業が展開できるという見方である。顧客から継続的に信頼されるには、健康と安全、環境の保全という生活の質を保証し、向上していく商品、サービスが不可欠である。
 そこには、人間の尊厳の見方が基本的にあり、それぞれの人々の文化や生活様式の質の保全と向上をめざしていくことである。ここでは、顧客ということから、消費者主権、地域の生活文化の保証、地域の環境権、食や地域生活の安心と安全、健康、顧客を騙さない、いじめないという課題がある。
 
 第二に、従業員については、一人ひとりに尊厳があるとして、10項目をあげている。
(1)仕事と報酬を提供し、働く人々の生活条件の改善に資する。
(2)一人ひとりの従業員の健康と品格を保つことができる職場環境を提供する。
(3)従業員とのコミュニケーションについては誠実を旨とし、法的及び競争上の制約を受けない限り情報を公開して、それを共有するよう務める。
(4)従業員の提案やアイディア、要請、不満に耳を傾け、可能な限りそれを採用する。
(5)対立が生じた際には誠実に交渉を行う。
(6)性別、年齢、人種、宗教などに関する差別的な行為を防止し、処遇と機会の均等を保証する。
(7)障害者の人を真に役立つことのできる職場にして、積極的に雇用するように務める。
(8)従業員を職場において防ぎうる 傷害や病気から守る。
(9)適切で他所でも使用できる技能や知識を従業員が習得するよう奨励し支援する。
(10)企業の意思決定によってしばしば生じる深刻な失業問題に注意を払い、政府並びに被雇用者団体、その他関連機関並びに他の企業と協力して混乱を避けるようにする。
 
 働く人々の生活を保障していくためには、給料や労働条件が大切なことであることを見落としてはならない。また、職場環境の安全と健康保全は不可欠である。同時に働く人々の健康と品格を保つために、職場環境をコー円卓会議の企業の行動指針は、その重要性を大切にしているのである。
 働く人々は、人間的に生きていくために、健康はもちろんのこと、品格も大切な要因であると問題提起している。モラル資本主義を構築していくうえで、従業員には、社会的な正義、公平、法令遵守で誠意をもって働くことを求めている。

 個々人の尊厳には、個々人が人間性を高めていくための品格の向上も大切なことである。このための企業の職場環境の整備は、重要である。このことをコー円卓会議は強調している。顧客との信頼の関係を築いていくうえで、働く人々の品格の向上はなくてはならない。ここには、企業内で絶えざる人間的な向上の学習保障が求められている。それは、業務を遂行していくうえでの研修ばかりではなく、フィロソフィや一般教養も大きな学習課題になっている。
 つまり、仕事における適切で他所でも使用できる技能や知識を習得できるようにすることである。このことは、働く人々の人間的な学習権の保障が不可欠である。働く人々が、適切な技能と知識の向上がなければ、人間的に働くことへの保障がもてない。

  個々の適切な技能と知識は、極めて個性的なことであり、職業を自由に選択できるための能力的な保障でもある。仕事に対する適正な技能と知識をもつことは、個々の働く人々が、より人間的に自由になっていくことである。
 企業が従業員の人間尊厳を保障していくためには、性別、年齢、人種、宗教の差別をしないことはもちろんであるが、障害者の雇用の保障のように、十分に人間的に能力を発揮できるような職場の確保をしていくことである。企業の従業員に対する人間の尊厳の保障は、深刻な失業問題に常に気を配ることである。雇用を守っていく人事・労務対策は、従業員の品格の向上にも大切な要件である。
 ここには、単独の企業の対策だけではなく、政府や被雇用者団体、その他関連機関との協力関係がなくてはならない。つまり、失業問題は、一つの企業だけでは解決できない大きな社会的な問題であり、政府、国会、労働組合をはじめ、国民的な課題としてとりくむべき課題である。
 それは、雇用の確保のための社会的なしくみをつくりあげていくことである。企業は、そのような位置づけのなかで、企業だけの意思だけではなく、企業自身も社会的なシステムづくりに努力しながら、雇用を確保していくことが求められる。
 
 企業民主主義にとって、全従業員のそれぞれの役割を人間的に尊重しての経営参画は極めて大切なことである。従業員が言われるままに上意下達によって、競争による成果主義的な仕事をこなしていくことは、一時的によい経営業績の結果がみえることもあるが、長期的に持続可能な企業の発展にとっても大きなマイナスになる。
 企業の持続性をもった発展には、社会的に信頼されてこそ成し遂げられる。企業が社会的に信頼を獲得していくには、社会的な責任の遂行が極めて大切である。その社会的責任の大きな要素として働く人々の人間の尊厳があるのである。
 働く人々が、自分の仕事の役割を社会的な責任から深く認識して、仕事のやりがいをもって創意工夫していくことは、企業の長期的な持続可能な発展にとって、重要なことである。
 このことは、顧客の満足の質を高めていくことと、取引先との信頼を築いていくうえでも見逃してはならないことである。また、従業員は、雇用を保障されてこそ、未来へ創造的な仕事をして、企業自身を持続可能性の成長へともっていく働き方の工夫ができるものである。
 この意味で、コー円卓会議の示した企業の行動指針での従業員の提案やアイディア、要請、不満に耳を傾け、可能な限りそれを採用するということは、企業の活力を人材の質的向上からみていくうえで、意義あることである。そして、コー円卓会議は、経営者と従業員の意見の違いや対立が生じた際には、誠実に交渉を行うことを経営者に求めている。
 企業にとって、従業員の人間尊重、かれらの人間的な能力の向上を保障していくことは、企業の持続可能な成長に不可欠なことであり、企業の顧客の満足を質的に保障していくことと同じように、社会的責任の基礎的なことである。
 
 第三に、コー円卓会議の企業行動指針では、株主・投資家に対して、4つのことをあげている。
(1)株主・投資家に公正で魅力ある利益還元をあげるための経営責任に精励する。
(2)法令及び競争上の制約を受けないかぎり関連情報を公開する。
(3)株主・投資家の資産価値の保持、保護、拡大をはかる。
(4)株主・投資家の要請、提案、苦情並びに正式な決議を尊重する。
 株主・投資家と顧客との関係、株主・投資家と従業員との関係は、ときには、矛盾関係をもっていくことがある。株主・投資家は、利益の還元を求めることから、従業員の賃金や労働条件、環境保全の設備投資をおさえがちになる。株主への配当や株の値上がりのための利益率を生み出していくことを第1に考えていくのか。または、企業の人間尊重ということから社会的責任を重視していくのかは、鋭い対立問題になる。いうまでもなく、企業は利益をだしていくことがなければ社会的に存在が厳しい。
 企業は、株主と従業員との利益のどちらを優先させていくか。それは、常に経営者にとって大きな葛藤である。つまり、会社は誰のものかというテーマである。株主・投資家から資金を集めていくことは、企業経営にとって、重要な課題である。当然ながら、企業の社会的責任の理念だけでは、資金は集まってこない。株主への利益の還元が必要であることはいうまでもない。
 証券市場の国際化によって、株主は、グローバルの性格をもつようになっている。国際金融資本やヘッジファンドによって市場は、大きく左右されていくのである。ヘッジファンドの活躍する所在地は、法的な規制のない、税の負担の少ない地域に集中している。
 株主の国際化は、国際金融資本やヘッジファンドのなかで、経営を行っていく問題があるのである。株主・投資家の利益を長期にみながら、企業の内部留保のことも含めて、株主・投資家から企業経営者や社員がいかに自立した関係をもっていくのか。
 株主・投資家から資金を集められようにするための企業会計の透明性、民主義的な企業統治能力は、企業民主主義の大きな要因である。企業の民主主義的な経営は、国民大衆の一般的な株主・投資家の側面から企業の社会的な信用が求められる。法令や競争上の制約を受けない企業経営の関連情報の公開は、株主・投資家への大きな責任になっていく。
 株主・投資家との関係は、企業の粉飾決算などにみる会計不祥事から、経営の実際が見えにくくなっている側面もある。そこでは、株主・投資家の不利益の生じる問題が生まれている。株式投資が大衆化しているなかで、企業の社会的責任がより直接に株主総会などで社会的に問われるような時代になっているのである。
 株主の大衆化は、企業と社会を結びつける大きな役割を果たしていく。自らの資産の管理として、銀行貯金ばかりではなく、株による資産を形成しようとする人々が増えている。それらは、学資資金や老後の暮らしを安心しようとする庶民の株式の投資である。企業の社会的責任の行動指針としての株主との関係問題は、企業と社会を結びつけるうえで、大切な課題になっている。
 これは、短期的に売却して株価を値上がりのみを期待して、株主が企業にものを言うことではなく、長期的な視野にたっての企業の社会的責任から株主がものを言うことの企業民主主義への時代の流れである。社会的な責任のもとに中長期的経営のために株主が積極的にものを言うことは、環境保全や高齢化など人類的な課題をかかえていることを解決していく新しい市場を形成していくのである。それは、今後の新しい社会創造としての企業民主主義にとって不可欠な要素である。このためには、株主・投資家とともに顧客、従業員、サプライヤーと協力会社、地域社会など企業をめぐるステイーホルダーとの関係のもとに、企業は、中長期の意志決定、経営ガバナンスが求められているのである。
 
 第四に、サプライヤーや協力会社との関係は相互信頼に基づくものである。
(1)価格設定、ライセンシング、販売権を含めすべての企業活動において公正と正直とを旨とする。
(2)企業活動が圧力や不必要な裁判ざたによって妨げられることのないように努める。
(3)サプライヤーと長期にわたる安定的な関係を築き、見返りとして相応の価値と品質、競争力及び信頼性の維持を求める。
(4)サプライヤーとの情報の共有を努め、計画段階から参画できるように努める。
(5)サプライヤーに対する支払いは、所定の期日にあらかじめ同意した取引条件で行う。
(6)人間の尊厳を重んじる雇用政策を実践しているサプライヤーや協力会社を開拓、奨励並びに選択する。
 日本では、製造企業にとってサプライヤーとの協力関係を密にしての品質の向上に大いに役割を発揮してきたのが現実である。共存、共栄の精神のもとに、相互に企業間の連携をしながら、研究と創造をやりとげてきたのである。
 とくに、自動車や電気の部門では、日本の製造業の品質の良さをはじめ市場において、信用を勝ち取ってきた大きな理由になっていた。部品供給や原材料の購買において、企業は、取引企業との相互信頼のもとに、公正と正直を求めてきたのである。


 コー円卓会議では、サプライヤーとの関係で圧力をかけることや、裁判になるような行為を戒めている。サプライヤーの選択において、人間の尊厳を重んじる雇用政策を実施している会社を奨励しているのである。サプライヤーとの関係は、長期にわたる安定的な関係をもつことにより、品質と競争力が維持されていくとしている。
 
 第五は、経済競争のことである。自由で公平な経済競争は、国家の富を増大し、ひいては、商品とサービスの公正な分配を可能とすると、コー円卓会議の企業の行動指針は、指摘している。公平な競争のためには、5つの条件を提示する。
(1)貿易と投資に対する市場の開放を促進する。
(2)社会的にも環境保全の面においても有益な競争を促進するとともに、競争者同士の相互信頼の範を示す。
(3)競争を有利にするための疑わしい金銭の支払いや便宜を求めたり、関わったりしない。(4)有形財産に関する権利及び知的所有権を尊重する。
(5)産業スパイのような不公平あるいは非倫理的手段で取引情報を入手することを拒否する。
 企業にとって、自由で公平な競争は、従業員や地域社会の市民に生産意欲を与える。そして、その地域社会の活性化に力を与える。競争による活性化は、公平で正しい競争が前提であることはいうまでもない。政治的に、金銭的に便宜をはかって、競争に有利にすることをはかったりすることは許されないことである。また、市場を独占し、権力的に支配することもあってはならない。それは、個々の生産意欲を減退させ、社会の創造力を失わせる。

 
 さらに、嘘をついたり、相手を騙したり、社会的偽りをしたり、社会的正義を逸脱したりすることは絶対的にあってはならないことである。また、産業スパイのような非倫理的、非合法的な手段で知的財産などを奪ってはならないことはあたりまえのことである。モラルの低下は、社会進歩を大きく後退させていく要因になっていく。
 これらの公平な市場の原則に逸脱することは、企業のモラルの低下によって起きているのである。市場の正しい競争には、競争同士の相互の信頼によって、それぞれが切磋琢磨して、社会の発展に寄与していくことである。
 
 第六は、地域社会にたいする企業の社会的責任の課題がある。企業は、より積極的に市民的要素をもって地域社会と関わっていくことを要求される。企業は、事業活動が行われる地域社会でグローバルな企業市民として貢献できることを確信する必要がある。このためには、次のようなことが求められる。

(1)人権並びに民主的活動を行う団体を尊重し、可能な支援を行う。
(2)政府が社会全体に対して当然負っている義務を認識し、企業と社会各層との調和のある関係を通して人間形成を推進しようとする公的な政策や活動を支援する。
(3)保健、教育、職場の安全並びに経済的複利の水準の向上に努力する地域社会の諸団体と協力する。
(4)持続可能な発展を促進、奨励し、自然環境と地球資源の保全に主導的役割を果たす。
(5)地域社会の平和、安全、多様性及び社会的融和を支援する。
(6)地域の文化や生活様式保全を尊重する。
(7)慈善寄付、教育及び文化に対する貢献、並びに従業員に地域活動や市民活動への参加を通して良き企業市民となる。

 
 企業が地域社会に貢献していくうえで、人権並びに民主的な活動を行う団体を尊重し、支援することが最初にのべられていることは、地域社会にとって、人権や民主主義が大切であり、企業は、その役割を大きくもっていることを意味している。さらに、企業と社会各層の調和のある関係をとおして人間形成を積極的にするということで、地域社会の人材形成をあげている。


 公正なる市場との関係をもって、企業は、地域社会にも公平なる人材形成をつくりあげることが求められている。それは、地域社会での人脈による派閥的な関係、血縁的な関係、地縁的な過剰な権力的関係から自由であることが必要である。その自由性は、公平なる市場の関係による人権、企業民主主義をめざしていくものである。
 同時に、その自由性を確保するためには、保険、教育、職場の安全並びに福利向上に努力する地域の諸団体との協力が必要である。その協力によって、地域社会の平和、安全、多様性及び社会融和を支援することができる。そして、コー円卓会議の行動方針は、持続可能な発展と環境保全のために、企業の主導的な役割を強調している。
 
 さらに、地域の文化や生活様式保全尊重や多様の価値を認めていくことが必要である。その実現には、経済活動のグローバル化の中で、各民族、各地域の固有な文化的な価値からの人間の尊厳が求められる。固有な文化的価値を認めることは、人間の安全保障という側面からも大切なことである。

 
 企業の従業員は、積極的に企業市民の一員として、地域活動や市民活動に参加していけるように企業として、その環境の整備をしていくことが不可欠である。グローバル化は、個々の地域の文化の独自性を失わせ、世界共通の文化を強要する。地域に培って歴史や文化を葬りさる傾向をもつ。それは、地域や民族の文化的なアイデンティティを崩壊させ、人間的に生きる地域的絆や文化を奪い取っていく。グローバル経済の企業が意識的に地域社会の文化や生活様式保全していこうとするのは、企業の社会的な責任である。グローバル企業は、地域文化の振興に目的意識的に努力せずに、放置すれば地域の文化や生活様式を破壊する大きな要因になる。