社会教育評論

人間の尊厳、自由、民主的社会主義と共生・循環性を求める社会教育評論です。

地域農業後継者教育と社会教育の課題ー鹿児島市曽於市からの地域活性化


地域農業後継者教育と社会教育の課題ー鹿児島県曽於市から

    鹿児島大学名誉教授 神田 嘉延

 

問題の所在

 

 多くの農村は人口減少と高齢化によって、過疎化に悩んでいます。そこでは、限界集落、廃村という厳しい局面にたたされています。その過疎化の根本に、地域農林業の衰退が大きな原因になっています。本報告の地域農業後継者教育は、過疎化していく現状のなかで、日本の農村活性化の方策としての社会教育という課題を立てています。そこでは、地域農業生産を基盤に、新たなコミュニティをつくりだしていくことです。そのためには、将来の展望を探求するために、地域住民の積極的参加による地域づくりのと社会教育が求められるのです。


 日本の農業担い手養成には、新規自営農業就農者、生産法人などの新規雇用就農者がいます。そして、生活農業として自らの食糧自給や教育・観光の補助的役割として活用している場合もあります。つまり、多面的な新規農業就農者がいるのです。また、外国人の技能実習生として、農業分野で活躍している人々が2万5千にも増加しています。今後、益々外国人の役割が大きな位置を占めるようになっていきます。

 新規就農者が5万人代になっていますが、40歳未満は、1万5千人ほどです。生産法人の雇用就農者も7650人ほどで外国人労働者の位置がいかに大きいか理解できます。
 過疎化を食い止める地域農業という視点からは、自営小農経営が大切なことはいうまでもありません。農業生産法人は食糧生産ということで大きな位置をもっていますが、地域のコミュニティを支えていくには、十分な機能を果たさないのです。

 農業所得から生計を維持するという農業の規模拡大経営という側面からは、集落機能の維持に大きな障壁があるのです。コミュニティを支える地域農業ということは、食糧の自給自足的な側面や家計補助的な兼業農業の役割も重要になっているからです。その農業生産形態は小規模な家族経営形態です。
 農業の生産法人は、地域の枠を超えて、生産効率経営によって発展しています。そこでは、地域の伝統的文化としての農業や自然環境保護の論理と矛盾していくことも起きています。


 地域農業という視点から個別の農業経営の後継という視点ばかりではなく、女性農業起業、地域複合経営、外国人労働者の課題を明らかにする必要があります。また、学校教育やグリーンツーリズムということからの地域興しをみていくことも必要です。このうえで、社会教育としての食農教育、食育教育は、地域のコミュニティの形成にとって大きな意味をもっています。また、地域における学校の農業体験学習は、長期の子どもの発達段階から国民教育を基礎にしての農業後継者教育として大切になっています。


 今日は、従前における親の自営農業経営を継承していくという後継者教育だけでは過疎化の問題を解決しないのです。それは、地域で育った人々だけではない、広く外国人労働者も含めて、地域外から地域農業の担い手の人材を求めていくことが必要な時代になっているのです。


 本論では、多様な農業の役割という視点から、地域農業の後継者教育を構造的に考えていくものです。つまり、多様な農業の役割ということを踏まえての構造的な農業者教育の視点をもつものです。ここでは、生産的な自営で農業所得から生計を維持しようとする新規就農に問題をしぼって問題を限定して考えていくものです。

 従って、家計補充的な兼業(年金も含めて)、生産法人の雇用就農や外国人実習生などを分析の対象からはずしています。今後の研究課題として農業の多様な役割から農村のコミュニティを新たに創造していくための社会教育の課題として、構造的に問題を深めていく計画です。


 新規就農対策も国は積極的に展開しています。この施策は、産業としての農業で生計をたてる施策です。地域での農業が果たす多面的機能ということから、地域環境保護における水田の役割や、農業の教育的役割、癒しなどの側面はでていません。国としては、専業農家として地域の農業生産を担う農業後継者対策です。就農初期段階の青年就農者に対する支援になるのです。


 この制度は、研修終了後1年以内及び交付期間の1.5倍(最低2年)以上就農を条件づけています。研修終了後は、就農から5年以内に認定新規就農者になるための制度です 。
 親元就農の場合、5年以内に経営を継承するか又は共同経営者になることの条件です。国内での2年間の研修に加え、将来の営農ビジョンとの関連性が認められて海外研修を受けることができます。その場合は延長することができます。これらは、国から交付金を受けるものです。


 農業次世代の人材事業の経営は、市町村が実施主体です。次世代を担う農業者となることです。原則として50歳未満で、独立自営就農する新規就農者に対し、市町村を通 じて、年間最150万円を最長5年間交付するものです。交付終了後、交付期間と同期間以上営農を継続することが条件です。市町村段階に経営・技術、資金、農地のそれぞれに対応するサポー ト体制を整備しています。自ら作成した青年等就農計画等に即して主体的に農業経営 をしていくものです。


 平成29年度に新たに採択した者は、準備型で1,394人、 経営開始型で2,130人でした。準備型は、 20代が最も多く(44%)、次いで30代(32%)、 40代(16%)、10代(7%)の順 。 非農家出身が64% 。経営開始型は、年齢別には、30代が約半数を占め、次に40代(36%)、20代(17%) の順。農家・非農家がほぼ半々です。


 新規就農対策の交付金をうけるものは、決して農家の後継者ではないのです。従前の農業後継者として親の農業を継ぐということではないのです。ここが大きな特徴です。

 

曽於市の特徴

 

 曽於市は伝統的に中央ではなく、地域の独自性を強く主張する土地柄です。それはヤゴロウドン祭りにみることができます。4,8メートルの竹かご製人形の巨大男を先頭に地域あげての神幸行列が11月3日の五穀豊穣祭りで行われてきました。1万人以上も集まる盛大なものです。古代の大和朝廷に対する隼人の抗戦で多数の志望者の慰霊のための放生会でもあるといわれます。


 曽於市は、人口36557人、世帯1634戸の市で、霧島市都城市、鹿屋市に囲まれた大隅半島の地域です。15歳から64歳の生産年齢人口比率は51、4%で65歳以上は37、5%と高齢化が進んでいます。人口の増減率は平成12年に44910人いました。それが、平成17年42287人、平成22年39221人、平成27年36557人と減少を続けています。


 総農家数は3818戸で、販売農家数2341戸、自給的農家数1477戸です。販売農家で50万円未満は815戸です。50万から100万円未満は281戸、100万円から200万円未満340戸です。


 200万円から300万円未満は203戸、300万円から500万円未満212戸です。500から700万円未満は98戸、700から1000未満108戸です。


 1000万円から1500未満92戸、1500万円から2000万円未満60戸です。2000から3000万円未満46戸、3000から5000万円未満は48戸です。5000万円から一億円未満は29戸で、一億以上が9戸あります。以上のように農家といっても大きな販売格差があります。


 経営耕地面積をもっている農家数は、2313戸です。このうち経営体としての田のある農家数は、2174戸、稲をつくった農家数2143戸です。農業経営体の畑のある農家数は、1779戸です。飼料用作物だけをつくっている農家数は810戸です。

 

 牧草地専用137戸です。畑作をつくった農家で、飼料畑の位置が大きいのです。家畜の経営体数は、乳用牛13戸、肉用牛1002戸、豚47戸、採卵6戸、ブロイラー32戸です。

 

 曽於市の農畜産生産額は、畜産が全体の81.9%を占めているのです。そのうち肉用牛生産13.6%、肥育牛13.9%、肉豚20.3%、鶏肉12.8%、鶏卵15.6%、生産豚4.9%、乳牛0.7%です。全体の生産額は、389億4149万円です。茶2.4%、野菜5.5%、さつまいも5.5%、水稲2.6%です。畜産に依存している曽於市の農業実態がみえるのです。
 
曽於市の新規就農の特徴

 

 鹿児島県曽於市では、平成17年度から新規就農対策として、昨年度まで186名を受け入れています。曽於市では、就農2年以内を対象に月額5万から15万円の補助金を交付しているのです。親の経営基盤を引きつかず新規就農は10万円になります。夫婦で新規就農15万円です。親の経営をひきつぎながら経営改善を行うもの5万円になります。夫婦で親の経営を引き継ぐもの7万円です。


 女性のみで農業者のたちあげもしています。女性の力で地域農業を支えていこうとするとりくみです。ここでは、農業の専門的なことばかりではなく、料理教室やヨガなどの活動を取り入れて、農村で暮らす楽しさを充実させている工夫をしています。
 学校教育としては、学校農園を整備し、食育事業として、地域の食材をつかっての教育活動を積極的に展開しているのも曽於の特徴です。


 新規就農者は脱サラで曽於市の「たからべ森の学校」で研修しながら、就農した事例などもみられます。たからべ森の学校は、中学校の廃校を職業訓練や田舎暮らしを体験して、曽於市の魅力や可能性を感じてもらう民間の社会教育施設です。地域に根ざした就職を支援する支援するとりくみをしています。

 

 当初は、パソコン関連の職業訓練をしていましたが、地元では、農業関係のニーズが強いことがわかり、農業、農産物加工、調理補助の講座を開くようになりました。この講座には、都市部から移住を見込んで訪れる人もいるのです。さらに、学校での宿泊体験学習にも利用されています。田舎暮らしを体験できるメニューも用意されています。移住先の環境や雰囲気も確認できる施設にもなっているのです。移住先の生活も簡単ではなく、不安解消のための相談活動もしています。


 曽於市では、民間に頼るのではなく、新規就農の公社などを整備して、責任をもって教育していく体制の準備中です。このことによって、さらに、充実した移住対策ができるとしているのです。地域とヨソ者が一緒になって田舎暮らしを楽しむということを合い言葉にして地域の環境を整備しているのです。移住応援施策は、仕事を確保することが最も大切なことですので、新規就農や起業お越しは重要な施策になるのです。


 さらに、子育て対策として、安心して子どもが育てられるように、18歳までの子どもの医療費は、全額曽於市が負担するしくみをとっています。また、第三子を出産した家庭には祝い金として10万円を支給しています。移住体験プログラムとして田舎体験講座を実施しています。一泊2日、2泊3日、6泊7日というコースがあります。移住して住宅取得した場合に、お祝い金として最大100万円の補助をしているのです。


 曽於市では農業生産法人の事業計画が活発ということから、規模拡大によって、いい土地は生産法人が利用していて、新規就農者には、いい土地が入らないという新しい状況が生まれています。


 また、水田の休耕地などが長く続いているところは、再び水田に戻すには費用負担が大きくかさみ、むしろ畜産の生産法人に飼料畑にしてもらった方が、費用が安くなるのです。地域農業の環境保全対策ということは、経費の面から単純ではない現状があります。市の担当者は、荒廃農地対策としてのあり方として、地域の環境保全ということからの水田の役割は否定しませんが、現実的に予算の面から困難があるということから悩むのです。現実的な選択は、飼料畑になっていくのです。


 生産法人に対して、環境保全という地域農業という視点からの農業経営をしてもらいことは大きな課題になっているのです。生産法人の経営者の意識改革は、過疎化という集落崩壊との関連づけながらの地域農業という側面から大切になっているのです。


 生産法人による地域の農業所得の向上は、地域の集落崩壊の防波堤にストレートになっていないことを直視することが重要なのです。ここに、家族経営の小農と生産法人の関係による地域農業の展開による施策が必要になってくるのです。新規就農対策も、そのような位置のなかで積極的にとらえていくことが求められていくのです。


 さらに、農業の多面的な機能としての地域文化の継承や教育的役割、癒やし、グリーンツーリズムの役割があることを決して忘れてはならないのです。これらの側面は社会教育行政と新規就農施策が積極的に結んでいく課題です。


 また、家計補充的な兼業としての農業の役割も地域農業を維持していくうえで大切な面があり、社会教育行政としての伝統文化、癒やし、子どもの人間形成という側面からの積極的な取り組みが必要になっているのです。女性農業者が農産物加工の開発、料理教室、文化的事業の取り組みが、新たに曽於市でおきていることは注目すべきことです。


 社会行政が農政の新規就農対策と結びついて農業の多面的機能から総合的に学習運動を展開していくことが重要です。とくに、農村における社会教育の固有性からの地域の伝統文化、農村のコミュニティづくりは、新たな都会での生活経験者とうなど外部の人が新規就農として移住してくる時代ですので、その役割はますます重要になっているのです。

 

 そこでは、地域の連帯意識は、目的意識的に行うことが不可欠になっているのです。むしろ、都会から移住してきた人々が地域の文化や行事で何に感動していくのか。それは、従前の地縁血縁的なまとまりの連帯意識ではない、喜びを共有しあう価値観の連帯なのです。


 親の農業を継承していく新規就農で最も困難な問題は、親子関係における価値観の違いです。新規就農者では、親子関係で離農するのもめずらしくないのです。