社会教育評論

人間の尊厳、自由、民主的社会主義と共生・循環性を求める社会教育評論です。

霧島市の過疎問題と総合支庁整備による社会教育の充実


 霧島市は合併して、12年経過して、中山間地域の人口減少が急速に進みました。役場機能は国分地区の市街地に集約されています。中山間地域の総合支庁の役割が大きく減少している現実があります。役場職員も市街地に異動していくのです。多くの若い世帯が、国分地区の都市部に移動しています。
 この結果、役場を中心に栄えた中山間地域の市街地は、寂れ、商店街の機能も大きく低下しているのです。バスなどの交通の便も減少し、地域で生活していくうえで、不便さが増しているのです。
 霧島市の5月の市議会だよりの議員質問の記事で、人口減少対策の質問がのっていましたが、市の答えとして、合併後12年間の人口の増減把握では、国分地区の4117人の増加、隼人地区の1433人の増加です。両地区は、都市部として5550人の人口増大がみられています。
 これとは対照的に溝辺地区758人の減、横川地区1303人の減、牧園地区2099人の減、霧島地区1035人の減、福山地区1809人減となっています。これらの人口減少地区の総計は、7004人の減少です。霧島市全体の人口は、約1500人ほど減少していることになります。中山間地域の人口の減少によって、霧島市全体の人口は、減少しているのです。中山間地域の課題は、霧島市全体の活力にとっても大きなマイナスになっていることを直視しなければならないのです。
 中山間地域の人口減少対策は、交流人口、移住人口の拡大策をはかっていくということを市の行政当局は答えいますが、人口の増大になる農林業振興、都市部の人びとに魅力ある山村留学や特認校区制度による学校教育の地域教材のとりくみの強化が求められています。
 さらに、中山間地域のさまざまな資源を現代的に有効に生かした産業づくりのための人材養成、滞在型の中山間地域の自然や文化を生かした観光開発など抜本的に住民参加によってつくっていくことが必要と思います。
 高齢者が安心して、生き甲斐をもって暮らせることは、中山間地域では極めて大切な課題です。この課題は、現在住んでいる高齢者はもちろんのことですが、定年後にには、農山村で暮らしたいという都会の人びともいます。別荘地帯の移住者の増大は、その典型的な事例です。この農山村、自然のなかで暮らしたいという人たちの気持ちを積極的にとりあげて、人口増大につなげていくことも大事です。
 中山間地域の人口移動対策は、農山村で安心して、生き甲斐をもって、楽しく暮らせるということが基本であると思います。このことが実現していく見通しがあれば、定年後ばかりではなく、若い人も農山村に移住したいということが生まれてくるのです。農山村の暮らしの魅力が積極的に評価される時代です。農の学校が、中山間地域の民間人で生まれる時代です。
 農山村の魅力を生かしての地域起こしの拠点のひとつに霧島市も名乗りでることも大いに意味のあることです。霧島市には、ユニークな全国的に知られた企業も存在します。そこで、働いている人びとが、農山村の魅力を発見していくために、積極的に農林業や農村文化・伝統文化との交流も必要なことです。
 大都市での労働で心の病になった人びとを霧島で長期に休養させてあげるのも日本の産業の発展に貢献していくと思います。当面の技術に適応していく人材の養成という面ばかりではなく、人間の発達という側面からも、心の病も癒していく人材養成ということから霧島の中山間地域の文化と自然を見直すことも必要と思います。
 霧島の山麓は、修験道隠れ念仏の深い歴史もあります。多様な価値を認め合う神仏混合の歴史もあるのです。霧島の山麓は、文化的に非常に深いものがあります。これらを有効に活用していくこともひとつの方法です。地域の文化や自然を再評価して、それを広い意味での人材養成に結びつけていくのは、社会教育の仕事です。中山間地域の人を育むのは、社会教育です。これらの施策を抜本的にしていくためには、中山間地域の総合支庁の充実にあると思います。