社会教育評論

人間の尊厳、自由、民主的社会主義と共生・循環性を求める社会教育評論です。

村づくりと学校ー奄美宇検村安室校区の親子留学から

 

農は脳と人をよくする ―子どもの発達と地域― 改訂版

農は脳と人をよくする ―子どもの発達と地域― 改訂版

 

 

    村づくりと学校ー奄美宇検村安室校区の親子留学からー2018年10月6日・沖縄社教学会のレジュメ
                             神田 嘉延
 
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 1,問題の所在

 村づくりを社会教育からみていく場合に地域の人々の人材養成、個々の諸能力形成の問題がある。学校教育では、子ども・青年の諸能力形成があるが、地域人材養成という視点からは、地域教材による諸能力形成が欠かせない。本報告の親子留学は、従前の地域で暮らして人々ではなく、都会などの外からくる家族である。
 なかには、外国で暮らしていた子弟が祖父母と共に大都市では子どもが暮らせないということで、奄美宇検村に留学してくる世帯もいる。そこには、文化的な違いをもった親子世帯が、村の人々と共存して暮らしていくという大きな課題がある。親子留学ということで、現役世代の親たちにとっては、地域で暮らすための職場の確保、農業技術の課題などがある。それらを乗り越えての親子留学である。

 従前の山村留学のような子どもだけの留学で、地域の人が里親になるということではない。そこでは、学校教育の課題が大きくあったが、親子留学は、親自身が地域で暮らして行けるのかという独自の課題がある。ここには、今までの山村留学以上に、社会教育からの大人の人材養成、地域のリーダーの育成が極めて大切になってくる。そこには、新たな村づくりの課題が全面的に要求されてくる。
 村づくりの視点は、親子留学してきた世帯と共に、従前に村で暮らしてきた人々が、共存と相互扶助によって、共に地域で生きていくための諸能力の形成が新たに求められるのであり、そこでは地域全体が社会経済的に自立できることが求められる。その共に生きていく結び役が、Uターンである。

 農山漁村では、過疎化、高齢化が進行し、集落の機能さえも崩壊する危機がみられた。集落機能の崩壊は、人間的生活をおくれる社会経済基盤のない問題である。子育てをしていくために、学校の存在は不可欠である。地域に学校がなくなっていくことは、教育と文化的な側面から地域崩壊の大きな契機になっていく。

 学校は、地域住民にとって、文化の灯火であり、未来を担う子どもが地域で学んでいるということは、地域の活性化の基盤である。この意味で、地域の人々は学校教育の支援に積極的に貢献しようとするのである。学校の地域支援活動は、地域住民の村づくりの活力になっていく。学校の運動会は地域住民の運動会となっており、学校行事は地域の住民の行事となっている。

 また、学校での稲作体験学習などの地域教材のとりくみに住民が積極的に協力する。これは、地域の文化を継承していくためである。稲作が地域でなくなっても学校教育として、稲作体験学習をしているのも、その地域文化継承と食育教育のためである。

 本報告では、地域の自立発展という視点から、人材育成、地域の人々の自立のための諸能力育成の大切さを問題提起するものである。自立発展は、内発的な発展ということで、地域の資源、地域の人材、地域の伝統的な文化を生かしての生きるための経済を支えていくうえで、無視することができない重要な視点である。過疎化のなかで、現代の消費生活、情報化、教育の高度化、交通網の発展などから内発的な発展論では、自立した社会経済的生活が不可能になっている。

 また、都市と農村の経済的な生産力第一主義の不均等発展も著しく進行している。そこでは、持続可能性の問題も問われている。そのなかで、都市内部の矛盾も深刻である。日本の企業の国際化のなかで、外国で暮らす子弟も多くなっている。帰国子女の問題もある。大都市での厳しい学力競争の学校では、子どもが育てられないと農山漁村の学校を求める親もいる。ここには、都市での学校教育の問題がある。この矛盾を捉えながら、農山漁村の自然の中での人間的な暮らしの再評価も必要である。

 内発的な発展ということからの地域の諸能力の形成、人材育成ということを乗り越えて、都市と農村の連帯、不均等発展の矛盾から積極的な農山漁村への支援のもとに、自立的な発展の構築がある。
 本報告での過疎化した奄美宇検村の安室校区は、役場から車で約40分かかるところである。交通手段からみた場合、極めて不利な条件のところである。そのなかでの学校をまもろうとして、地域住民が親子留学に取り組み、新しい地域産業をつくりあげている。このことは、地域の自立的発展として注目するところである。

 2,本報告の奄美本島の宇検村安室校区の特徴
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  宇検村は、奄美群島の最高峰「湯湾岳」をはじめ険しい連峰によって、近隣市町と隔てられ、90%以上が山林に占められている。集落はそれぞれ、海岸沿いに形成されている。人口1765人(平成28年)14の集落で深い入り江の湾を取り囲んでいる。昔から漁業と林業で生きてきた地域である。
 
 宇検村の14集落は、それぞれ特色をもっている集落である。そのことが集落ガイドに出ている。集落ガイドによると、安室集落は、旧暦の8月初壬(みずえの)の日に迎え火の煙で先祖霊を呼び寄せ、シバサシの神様を祀っている。精霊殿と呼ばれる共同墓地には広いスペースが設けられ、集落の人々が集まり八月踊りで、ご先祖様を供養する行事が行われる。
 
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 集落の共同墓地は、3集落とも整備して島をでていった人々が供養のために戻れるように集落の人々が管理をしている。3集落とも神事のために、相撲の土俵が設けられている。3集落とも集会所があり、村人が集う場所を確保している。相互に助け合う結の精神が強くあるところである。
 安室校区は、宇検村のなかでもも最も南に位置する平田(へだ)安室、屋鈍(やどん)の三つの集落からなる。校区の人口は213人である。総世帯121戸、農業就業人口34人、農家戸数28戸です。このうち販売戸数は9戸である。タンカンや路地野菜が基幹作物であったが、65才人口が39.8%で過疎と高齢化が進んで地域である。
 
3,親子留学の動機とその実施過程

 平成21年度小学生4名、中学生3名にまで減少し、23年度以降の4年間は中学生がいなくなり、このまままでは、学校の廃校が確実視された。この危機的状況で安室小中学校を残したいという有志が全世帯を対象にアンケートを実施した。集落から子ども達の声が聞こえなくなるのは寂しい。今、対策を講じるべきであるということになり、安室校区活性化対策委員会を立ちあげた。しかし、20%の人は賛成でもなかった。人口減少は自然なことで、児童生徒減少による学校統廃合は仕方ない。教育は大人数で受けるのがよいという意見もあった。

 校区活性化委員会の中心となったのは、昭和33年生まれで宇検村生まれで、高校卒業後に関西の自動車会社に勤務して、16年前に故郷の安室校区平田集落にUターンしてきた前田博哉(まえだひろや)氏であった。村内の養殖会社に勤務し、平成25年まで活性化対策委員会の会長をしている。現在は、副会長である。現在の活性化委員会の代表は、後藤恭子さんでパッションフルーツを手がけているI・Uターンの代表格である。
 親子留学は住民と何度も協議しての結論であった。里親制度や寄宿舎制度を取らずに、募集が困難な制度をあえて取り入れたのである。親子一緒に安室校区に住むことが必要であるということである。親がこの校区に住んでもらうために、住民自身が留学してくる親子の生活を保障していくという取り組みが必要になってくる。養殖業での仕事や農業などの就労の斡旋が必要になるのである。

 留学希望者希望者は、まず体験留学をして実際に安室校区に数日間滞在し、学校に通い、地域の行事に参加して交流を深めることからである。地域活性化委員会は留学希望者との日程調整、体験用の住宅の準備、レンターなどの準備など様々な活動が要求されるのである。
 校区にある空き家の情報収集や、その持ち主との賃貸契約、改修費用の費用の捻出など村や持ち主との交渉をしなければならないのである。村の行政から親子留学世帯への援助として、児童生徒一人当たり月額3万円の交付がうけられるようにしてもらったのである。
 
 4,親子留学による地域活性化と地域の教育力の醸成

 平成22年から親子留学制度を実施してから、延べ14世帯、24人の児童生徒を受け入れている。現在児童数は14人、生徒数7人となっている。親子留学を始めたときの平成22年当時の児童数4人、生徒数3人であった。学校で学ぶ児童生徒数の増大で、地域に大きな活力が生まれている。地域全体のなかで移住者を受け入れる体制をつくり、移住者と共に在来ニンニク生産、パッションフルーツ生産などの特産づくりをしている。

 UターンやIターンを中心に安室校区活性化委員会をつくり、元気な高齢者も積極的に地域の担い手となって、地域営農や地域資源を活用した特産品開発にとりくんでいる。親子留学がきっかけとなり、集落ぐるみの地域農業の活性化がはかられているのである。
 高齢者の技術を生かして、在来ニンニクを生産加工して商品化している。村の結の館の直販所へ安定供給して、さらに、島外の企業との取引がはじまっている。これらは、UターンやIターンを中心に設立した「あおばとカンパニー」の役割が大きい。UターンやIターンと担い手農家で「共同防除」を設立して、高齢者のタンカン園の労力補充を行っているのである。耕作放棄地を活用して、新たな地域資源を生かしての農業の取り組みを行っている。

 パッションフルーツ栽培等は、新たな挑戦である。担い手農家に農地が集積している。結の精神を息づく共同売店は所和初期に住民の共同出資で運営してきたものである。集落で選出した従業員が交代で勤務しているが、安室校区にとっては、大切な地域拠点になっている。Iターン、Uターンの雇用先にもなっている。収益は資本金の繰り入れや住民の配当に割り当てられている。墓は、地域力で守っている。三集落とも共同墓地として整備して、宗派を超えて祖先との関係をつくっている。共同清掃や持ち回りの花当番を実施している。

 農協観光と連携して、農業体験を行う「援農隊」を受け入れ、都市農村交流を行っている。タンカンの収穫作業の軽減や地域農業の理解促進を目的に、高齢者から子どもまで参加して収穫体験イベントを実施している。安室校区でNPO法人環境教育推進協議会をたちあげ、地域食材の掘り起こし検討会をしている。

 安室校区活性化委員会が学校教育活動にも積極的に協力している。それは、稲作体験活動に典型的にみられる。地域教材として、稲作を年間とおして実施し、各集落の老人会が協力している。種まき、田植え、稲刈り、脱穀、餅つき、しめ縄つくりをしている。水泳教室や持久走大会等の学校行事に地域の人々がコース安全管理や応援をしている。

 安室校区活性化委員会は会長と対策本部を中心に山村留学班、企画班、農業班を分かれている。留学班は、移住者との連絡調整、学校との連絡調整、移住者の住宅確保・整備、移住者の雇用確保に関する情報提供、移住者体験ツアーの実施。企画班は、各種イベントの企画、移住者と住民との交流のための夏祭り、フリーマーケットの開催など。農業班は、耕作放棄地の解消活動、タンカン防除活動、ニンニクの生産販売。安室校区活性化委員会は、共同防除班や合同会社アオバカンパニーとの連携や3集落との関係強化、宇検村との産業振興課、教育委員会NPO法人、うけん市場、宇検村漁業協同組合、養殖場との連携を積極的にしているのである。