ベトナムの循環型の伝統生活を再評価するVAC運動
ベトナムでのVAC運動の意味
VACは、ベトナム語のVuon(庭)、Ao(池)、Chuong(家畜小屋)の頭文字を合わせた用語である。VACは、屋敷内の庭園での作物栽培、果樹、薬草、池での養殖漁業、家畜小屋でのブタ、牛、鶏の飼育を意味している。
北部の紅河デルタ地域では、VACという伝統的な屋敷内の自給自足生産を基盤に生活してきた。その生活形態を現代生活の商品化の時代でも大切にしていこうとするのが、ベトナム的近代化である。その近代化は、工業の発展とおうことばかりではなく、農民の生活を守り、農業の商品生産を発展させようとするものである。それは、生態系を大切にしての自然循環型の農業を志向していくものである。
生態系を大切にする農業は、屋敷外の単一の作物による生産性のみを追求する生産ではなく、VACシステムによって、自分たちの栄養豊かな健康的な生活を守り、少ない資本で高い経済性をめざすものである。
VACシステムを大切にした地域経済の発展は、自然の土地、池、太陽エネルギー、バイオエネルギーを最大限に生かす自然農法の技術、自然循環型の生活を生かしていくものであり、食糧や健康、エネルギーの地域自給システムを確立していこうとするものである。バイオマスエネルギー開発にみみられるように、最先端の生態系を大切にした科学技術を応用していこうとする意欲もみられる人類史的な実験でもある。
現代におけるVAC運動は、紅河デルタ地帯からはじまった伝統的な農村生活を生かした商品生産を全国的に広げる運動である。伝統的に自給用の家畜を飼っていたものを少し頭数を増やして、バイオマスエネルギーと結合して、エネルギーを自給していくという。これも新しいVACシステムの運動などある。これらは先進的な農家や集落で、とりくみがみられる。また、自給用に利用していた果樹を積極的に増やして、集落単位で、果樹の特産をはかっていくのも一つの新しいVACシステムの試みである。
VACシステムは、もともと屋敷外の主要の稲作生産だけではなく、屋敷内の野菜、薬草、果樹栽培、魚の養殖、鶏や豚などの畜産を組み合わせたものである。それは、自給的な農家の生活経営であったが、現代は、それを大切にしながら、ある部門に特産化して、商品生産を展開していくのである。
1980年代から1990年代のベトナム農村での公衆衛生問題とVAC運動
1980年代から1990年代に、北部の紅河デルタ地帯では、お米に依存した食生活であった。この食生活は、栄養素欠乏症の問題になった。栄養素欠乏症は、ベトナム北部農民の公衆衛生上の大きな社会問題として浮上することになったのである。
そこでは、伝統的な農業生産システム、農民生活が見直され、VACシステムが積極的に評価された。VACシステムは、新しい農民の地域づくりの運動として導入されたのである。
さらに、ドイモイ政策以降に新たに農家の現金収入も必要な時代になった。これは、単一の作物生産の生産力向上ではなく、屋敷地内の伝統的な自給農業生産により、農民の生活基盤を維持してのVACシステムの商品生産になったのである。
「ベトナムにおける栄養と食の安全」の研究リーダーである住村欣範(大阪大学グローバルコラボレーションセンター)は、VACシステムは、18世紀の医師ハイトウオン・ラン・オン(レフウチャク)による健康維持のための教えから継承されたものであるとしている。その具体的な指導書は、ベトナム独自の植物を利用した料理指南書「女功勝蘭」である。ハイトウオン・ラン・オンは、南薬という概念にみられるように、ベトナムの農民生活環境に基づいた薬用、食用植物利用体系をつくったのである。ベトナムの伝統的療法を医学的に体系化したのである。とくに、南方薬305種の効用を発見したのである。
ハイトウオン・ラン・オンは、常に農民の傍らにおり、身近にあって容易に入手できるものによって健康を維持することを勧めたのである。
それは、ベトナムの農民が暮らす環境にあったベトナム独自の食用植物を利用した。食品の調理法は、ジャム、おこわ、菓子、豆腐などについて152種類のレシピが書かれている。「女功勝蘭」は、主として植物を日持ちする食品加工する術が紹介されている。(1)
住村欣範は、国民の栄養状態の改善を農業生産の面からとらえ、VACの複合農法システムを定式化した人物として、1980年、初代のベトナム国立栄養学研究所のトゥ・ザオをあげている。トゥ・ザオは、栄養学の専門家として、自家消費をするためのシステムとして、ビタミンと動物性タンパク質の栄養バランスのとれるように、VACシステムを描いた。VACは、ハイトウオン・ライ・オンの視点に連なるものであると指摘する。
屋敷内にVACシステムがおかれた時の関心は、栄養の欠乏をどのように改善するか。それは、貧困と栄養不足の課題であった。
21世紀に入り、新たな食生活の課題として、生活習慣病の問題は、農村部の一部階層に拡がりをみせ、再び屋敷内のVACシステムを南薬の機能性食品の摂取として気軽に日常的に摂取できるためにも見直されている。
住村欣範は、2008年からタイビン医科大学と共同で「家庭菜園を利用した農村部高齢者の栄養ケアの実践とモデル構築事業」をはじめている。この事業は、屋敷地内に多様植物を育てる果樹園を復活させ、コミュニティ内での高齢者のネットワークを強化し、老人の栄養および社会関係改善を目指している。(2)
タイビンでは、高齢者の屋敷地内の果樹園が再活性化されつつある。近隣の壮年層の屋敷外農業では、大量の農薬が使われているが、高齢者の屋敷地内の農業では、安全な食用野菜と果樹で、有機栽培農業がおこなわれるようになっている。
ベトナムのフード・セキュリティに対して、VACシステム、屋敷地内農業が新たに、重要性な意味をもっていると住村欣範は強調するのである。(3)
「コメに偏った「ご飯」をバランスのとれた「食事」に変え、妊娠中の女性や乳のみ子のための食事を改善し、子供に補助食品を与えて栄養不良を予防しようとするならば、VAC生態システムをつくらねばならない。
VACは野菜や果物、豆類、卵、乳、肉、魚などの動物性食品を供給してくれるだろう。これによって、食事は豊富でバランスのとれたものになり、子供たちの離乳食に彩りを添え、家族の食卓に彩りを添え、そして、人生に彩りを添えることになる。VACはベトナム国民の長年による経験の集大成である。再生産戦略に関しては、確固とした科学的基礎を持つものであると。
光合成によって太陽のエネルギーを再生産し、廃棄物を再利用する。これによって、多くの生産物が小さな面積から生み出されるのである。廃棄物の徹底的な利用によって、VACは環境を清潔にすることに役立つ、澄んで空気を生み出し、生活を充足したものにする。
国営、集団、家族からなる社会主義生産システムを完全なものにするために、あらゆる規模で、VAC生態環境を建設することが不可欠であるが、まず第一に、農村ですぐにでもこれを実現しなければならないと。
合作社の集団VACは、果樹園、池(ホーチミンが養魚を奨励したことから、「ホーおじさんの養魚池」と呼ばれる)と畜舎を結合すべきであるとしている。このVACは、小さな土地で農業を行うための新しい技術の進歩を応用する場所であり、また、世帯に植物や動物の種を供給する場所となる。
学校のVACは、生物についての学習の機会、生徒にとっての職業実習の機会、家庭に農業技術を普及する機会となる。また、医療センターのVACは医療センターの人員にとっての不可欠な経済的基礎である。医療センターのVACは、家族で常用する薬や薬味となる植物を普及するための場ともなる。
家族VACは、家族のすべての成員が参加して、土地と労働力と時間と廃棄物を利用し尽くすものであり、少ない投資で大きな経済効果をもたらすことができる。
現在、ベトナムにおける家族経済は、食糧の20%、食事に用いる肉や魚の90%、そしてほぼ100%の野菜や果物の生産の場となっている。ベトナムの経験によれば、健康の問題を解決するには、保健分野と農業分野の活動を結びつける必要がある」。(4)
VACシステムの運動のはじまりは、米の生産の第一主義から自給的な家庭菜園が衰退し、偏った食生活になったことから始まる。偏った食生活は、農村の貧困によって拍車がかかり、子供の栄養不足問題が深刻になった。この状況から子供の栄養改善を目標にして、ベトナムの農村の伝統的な自給生産の再評価したことであった。
VACシステムは、生態系を大切にした自給自足的な家庭菜園農業であり、それは、ベトナムの伝統的な農民の生活である。
現代的な生態系農業の構築と地域経済の発展
現代の農村生活の豊かさと地域経済発展を保障するためには、VAC運動を現代に復活させて、栄養改善、環境にやさしい自然生態系を大切にした循環型農業をつくりだすことである。
これは、廃棄物を徹底して利用していくという循環型生産システムである。このシステムを学校教育のなかでも積極的に利用して、子供たちばかりではなく、家庭にもひろげていくという考えがある。さらに、地域の診療所にもVACシステムを導入して、薬草の普及、健康維持のための栄養改善運動をしているのである。
VACシステムは、稲わら・葉茎、悪い作物、くず米などを家畜や魚に与えるという資源循環型の農業生産である。とくに、自給的な生活を大切にして、貧困な状況に襲われても誰でも健康を保持できる栄養を確保するための運動であった。
さらに、養殖、畜産で発生する屎・糞尿は堆肥に変えて、廃棄物を徹底して利用することによって、有機農業による持続可能な農村生活を築いていくものである。自給自足を大切にして、持続的な有機農業を基盤にして、農民の生活を大切にしながら、自然循環型の農業生産の市場化をしていくものである。まさに、現代的にいわれている持続可能な発展のための生産である。
学校での農園や池、家畜を利用したVAC運動は、ESD教育にもつながっていくものであり、地域の診療所のVAC運動は、薬草の普及の場となっていくのである。ベトナムのVACの運動は、保健活動と農家経済がつながっているのが大きな特徴である。
貧しい農村では、特に、自給自足生活による食生活を大切に、市場を考えいった。それは、栄養改善に大きな効果をもたらした。意識的にVACとして、運動を展開したのは、1980年代後半から1990年代からである。1986年にベトナム園芸協会(VACVINA)が設立された。ベトナム園芸協会は、VAC運動の中心的な普及の担い手になった。
VAC運動は、貧しい農村での貧困層の栄養改善運動、保健活動、健康増進運動に大きな効果をもたらし、少ない資本でも現金収入を得ることができるようになったのである。VAC運動は、栄養失調と農家の所得向上に大きく貢献したのである。
1,国全体へのVACのネットワークを築き、全国大会を開く。2,飢餓の撲滅と貧困の軽減のために、農民の収入を増やす。このために、適切な技術を普及する。優先順位は、子ども、女性、少数民族に与えられている。3,環境を保護し、持続可能な農業システムを設立するには、どのような工夫が必要であるのか。
ベトナム園芸協会(VACVINA)は、政府機関ではなく、NGOである。そのリーダーは、公務員を退職したものがボランティアで活動するものが多い。NGUYEN VAN MAN氏は、さらに、VACのシステムは、紅河デルタの貧困地域から山間地帯まで拡がったことを次のように報告する。
1986年からはじめられたVAC運動は、100世帯と数十の活動であった。10年後の1996年には、全国的なネットワークになり、53の省に250,000人以上に拡がった。ユネスコやオーストラリアのパーマカルチャーの支援によって、1989年に少数民族にVAC運動を展開した。住民の80%が貧困で子どもの栄養失調が60%~70%でベトナム戦争の連続爆撃で植生の破壊がされた地域をパイロットにした。
その地域は、156世帯の家族、2つのコミューンが設定されている。その指導に、ベトナム園芸協会(VACVINA)が行った。自分の村の保護のために、土着の木で、防風林にした。村の道路にそって、ココナッツ、カスタードアップルなどの木と、果実生産のためにナツメの木が植えられた。
156のほとんどの世帯がVAC運動を開始した。魚は後で、果実や木作物の栽培をし、飼育用のため池を掘るだけではなく、豚や鶏の調達で自分たちの仕事をはじめた。労働交換のための利益団体やチームを作成した。貧しい家庭のVACシステム確立のために独自のローンを支援した。
VACシステムとパーマカルチャの組織の活動家は、密接な関係をもって行動した。パーマカルチャーの持続可能な農業と生態的倫理をもった土地利用の原則ということからであった。これらの知識の普及は、VACの活動家には難易度が高く、あわなかった。
少数民族のVACシステムの普及には、ベトナム園芸協会の理念によって勧められた。パーマカルチャーとベトナム園芸協会のそれぞれの理念から少数民族の貧困地域の栄養改善に関わったのである。事実上絶滅状況に近い少数民族の地域の木々を再生するために、オーストラリアのパーマカルチャーから、ベトナムの土着に近い木の苗を提供してもらったのである。
また、二つの小学校と一つの幼稚園で、学校の庭園内でVACシステムをつくった。そこで、教師と児童たちにVACシステムの教育も行ったのである。卵、果物、野菜、魚、肉ということで、日常の食生活で子ども達の栄養改善を実施した。学校や幼稚園にも積極的にVACシステムを導入して、子ども達の栄養改善を地域で自立的にしていこうとするものがあった。
ベトナムの森林地域は、アメリカ軍の北爆ということにより、破壊が極限状況に進み、不毛の大地になった。このプロジェクトは、1000ヘクタールのモン族の生活を立て直すものである。この地域は、絶対的な貧困により、アヘンを生産しなければならなかった。生活条件は、栄養不足で、慢性的にマラリアの影響を受けていた地域である。
VACシステムのために、家庭菜園や鶏、豚のための小屋を援助した。その小屋は、当初、ケシの栽培のために換金するために利用された。長期的な展望をもつための教育事業は、大きな仕事であったのである。パイロットのコミューン内にテレビやビデオを備えた2つの文化センターを設立し、教材の提供を行った。
そして、水の確保のために水タンクや配管施設の整備、医療施設を提供したのである。プロジェクトから4年間かかって、本来のVACシステムの確立がされ、子どもたちの栄養改善が大きく前進し、地域住民の自宅の庭園を成長させ、近くの山腹に果樹を植えたのである。
そこでは、竜眼、梅、柿、ブドウ、オレンジを含む、21500本の果樹を植えた。そして、2000の茶の苗を植えた。これらのVACシステム確立の事業によって、村の住民の生活は大きく向上し、ケシ栽培は消えていったのである。(5)
2000年代のVAC運動での自然エネルギー開発
. 2000年代に入るとVAC運動は、豚などの家畜の糞尿を発酵させてのメタンガスによる自然エネルギーのとりくも展開するようになる。
1990年までに全国で2000槽の家庭用小規模BD(家畜糞尿からメタンガスや有機肥料を生成するバイオマスガス)が設置された。その普及は、2007年に、全国的に7万3000槽の設置数になる。2010年には、大型プラントも含めて、14万槽に増加させる計画をたてた。
2002年には、農業・農村開発省が、小規模BD施設のプロトタイプなる標準システムを発表している。畜産部門のためのバイオガスプログラムは、2007年に世界エネルギー賞ガス部門の大賞にノミネートされている。ベトナムでは、VACシステムをエネルギー部門までにも発展させようと、家畜の糞尿を活用したバイオマスエネルギーの積極的な普及にのりだしているのである。(6)
ところで、 ベトナムの環境循環型農業の事例をナムディン省の村を対象にして、検討していくことにする。次の事例は、ナムディン省の海岸線の貧しい農村でのVACを基盤にしながらも、新しい水田畦畑方式による有機農業をしている。この経営は、農業の商品化の試みである。池の下に堆積した有機質の沈殿物を有効に利用しようと、水田のなかに、畦をつくり、それを畑にしようとする農法である。
紅河デルタ地域では、伝統的農法として、乾季に河川上流地域からの灌漑用水を引いて、淡水を水田に入れることをしてきた。冬季に表層土壌の耕耘し、土壌の洗浄をしてきた。土壌の洗浄は、紅河デルタの沿岸地域の水田稲作活動にとって大切な作業であった。洗浄は、土壌塩分と毒性イオンの影響を受けている水田に、それらが、薄くなっていくことである。
これらの伝統的な農法を大切にしながら、新たに、水田の微生物を積極的に畑作にも応用していこうとする農法である。水田には、ラン藻や光合成窒素固定微生物が多数生息している。水田の微生物の効果を有効に畑作にも同時に利用しようと、水田の中に、畑をつくり、水田土壌を客土して利用しようとする方法である。
ナムディン省の海岸近くの塩害との戦いでのVAC運動
ナムディン省の海岸近くのハイハウ県ハイソン村では、海岸近く土壌条件が厳しい条件であった。塩害も多く、田んぼの深さも40センチしかない。単位当たりの面積の稲収量は、極めて少ない。
しかし、水田のなかに畦畑を一定の間隔でつくり、新しい農法での有機農業経営にとりくんでいる。不可能であった野菜の商品作物栽培をはじめている。大変な重労働であるが、現金収入を得るために、新たなとりくを先進的な農家を先頭にはじめているのである。
ナムディン省の海岸近くの農村はカソリック教徒が多いが、この村は仏教徒が多く、人口の2割がカソリック教徒である。社の村には、コミュニティーラーニングセンター(公民館)が1つ、幼稚園1つ、小学校1つ、中学校1つ、診療所1つと教育と医療施設は整備されている。診療所にはスタッフ7名(医師も含めて)、11ある各集落に看護婦を配属している。
診療所のいままでの役割は、食べ物がなかった時代に、とくに子供たちにどのように栄養をあたえていくということである。現在のように、食べ物が十分に供給される時代でも子どもの栄養状況には力を入れている。この社では、集落のまとまりと親族のまとまりが強いのも特徴で、親族ごとに祖先崇拝廟があり、社の全体では11の親族群になる。
この社の村人口は、8600名、世帯2650戸である。小学生が523名であり、毎年子どもは100名から105名と生まれており、人口の自然増加もある村である。村の面積が750ヘクタールあるうち、水田面積が375ヘクタールで、米の単作地帯であった。米は、2回とっている。もみで年間に10アールで600キロである。
年間の農家の平均的収入は250万(約2万円)から300万ドンであり、農家の米以外の収入が大きな課題になっている。この課題に応えて、水田のなかに畦畑を一定の間隔につくって、あたらしい商品作物としての野菜つくりをはじめたのである。
米収入85%、野菜15%であったが、村の付加価値の高い作物や新たな産業づくりをしていくのが課題であると、社の村長は語る。
そして、次の3つの施策を強調する。高い商品価値をもっている野菜などをつくり、市場の開拓や流通の整備をすることである。キャベツやうり、菜種油、キュウリ、トマトなどをつくりはじめている。トマトは、食品加工会社と契約栽培をはじめたので有望な作物と期待していると村長の見方である。
今まで米だけの現金収入の生産だけであったので、農業は年間とおしての仕事ではなく、自給的な食糧生産と米の収入による家計補充的なものが多かった。
村の青年たちは、ナムディン市へ木材家具、建設、繊維工場などに出稼ぎに行っている。 農業だけで生活できるようにと、野菜を中心に、付加価値の高い商品作物の栽培に力を入れて、農業で生計が自立できる目標をたてていると村長は語る。
水田畦畑農法は、水田のなかに水をはったままで一定間隔に畦をつくり、水田から畦になる高いところを畑として利用するという農法である。VACシステムの池の泥を畑の肥料にすることから学んだものである。
VACシステムの自給用の畑は庭のなかの小規模のものであるが、水田畦畑の農法は、畑の規模が大きく、ため池の泥を畑にかける労働とは、根本的に異なる重労働である。水田の泥上の栄養分を畦にかけて、有機農業をするという厳しい労働の農法である。
畑だけの畑と水田のなかでの畦畑の違いは、病気が少なく、肥料も節約できる。野菜の根は米づくりの土地をよくする。水田の土地は野菜つくりによい。水田畦畑の最大の問題点は、過重な労働が伴うことである。水田畦畑は一回は水田に戻す。360平方メートルに8畦、一つの畦が30センチの畑になる。4名の労働で2日間かかる。
例えば、H農家は3千平方メートルの農業経営で、一期作と2期作の間に野菜をつくる。水田畦畑方式で野菜づくりをはじめて農業経営は安定してきている。家族4人で大学3年の息子にも仕送りをしている。下は12才の息子である。大学で勉強しても農業経営にとって、意味がないと思っていたが、息子は、親と一緒に農業をすると言っている。息子は勉強して農産物を取引する会社をつくって、この地域の農家に貢献すると考えている。米づくりだけではない農家は生活できなくなっている。
これからは付加価値の高い農産物や加工品をつくるということで、大学での勉強も必要と思うようになっていると農民は語る。さらに、米づくりから換金作物だけの農業経営も考えているが、現在のところ確信がもてない状況であるとH農家は語る。キャベツは年間2回つくっている。360平方メートルでおおよそ1200個の生産である。7月から9月のキャベツの生産で難しいのは、虫が多い、雨が多いということで、うまく育てることに工夫がいる。
自然状態では水の排水ができない。ポンプで水をださなければならない。このため余分な経費がかかる。ポンプは借りなければならない。葉を強くする肥料を使用して、虫よけの農薬をまかねばならない。1200個つくるが収穫は夏場は1000個ぐらいになる。なたね油になる農作物は、手間もあまり必要はないので人件費はかからない。1000平方メートル栽培している。40キロ収穫できる。この方法は、コストがかからなくてできる作物である。
トマトは720平方メートル栽培し、1回の生産で3000キロとれる。うりは360平方メートルで700キロ生産、昨年は1000キロ。キュウリ360平方メートルで1000キロの収穫である。豆200平方メートルの栽培で1000キロの収穫である。収穫したものをいつ売るのか、収穫時期をいつにするのかということは農業収入に大きく影響する。
例えば、うりの場合に、1月のはじめのときよりも、テト(日本の旧正月だがベトナムでは盛大に正月として祝う)が過ぎた頃は3倍の値段がつく。出荷の時期を工夫しての栽培も必要であるが、自給自足を基本にしているので、それがすべてではない。
出荷のルートも難しい問題である。すべて野菜などの換金作物は仲買商人をとおして買ってもらっている。仲買人は村の人でないので、農産物価格も農家の思ったとおりに売れない。10キロ先からトラックをもっている人がやってくる。
また、南からトラックを来て、買いにくることもある。仲買人をとおして南の業者が買いにくることもある。6つの業者と取引をこの村の人は行っている。今の仲買人は農家の気持ちをよくくんでくれるが、その人が経営的にうまくいかなくなったら困るので、次の仲買人も考えている。
将来的には、村の仲間から仲買をやれる人をだした方がよいが現状では無理な状況であるとH農家は語る。5年前はキャベツを植える人は多かったが、現在は少なくなっている。労働がきつい割には高く売れない。野菜つくりはうまくいかない農家も多く、失敗するリスクもあるのでなかなか増えていかない。
米づくりだけでは生活していくことができない。畑作で換金作物をつくることが必要であるということは村の人は理解しているが、なかなかできないのが現状である。社の村当局も余剰労働力対策として、換金農産物だけではなく、豚の飼育、水産物の養殖、機織りなどの施策を模索している。また、村に豊富にある葛野の加工利用を考えている。
ナムディン市の近郊農村のVAC運動
ナムディン市近郊のVAC運動は、商品経済の展開が積極的に行われている。ナムディン市の近郊農村でもVAC運動が伝統的に行われていた。自給的な池から魚を積極的に販売して、現金収入を得る農家もある。ナムチック県ネムクオントルほどの小さな家で生活をはじめている。今は、その家を納屋として使用している。自分で池を掘り、果樹を植え、鶏や豚を飼う自給的な生活をしている。
ダオさんは、30年まえに結婚して農業をはじめたが、奥ゆき3メートル間口4メー生活のスタイルは維持しながら、池を大きくして、安定した収入の農家経済を確立している。池で魚を飼っていることは、全くえさ代はかからない。豚も10頭ほど飼っていたが、病気がでるようになったので最近は止めている。この代わりに2頭の子牛を飼っている。魚は、市場にもっていくだけではなく、自分で行商して売っている。
この農家は、最近2年かけて、自分の家を全面改装している。まずは、最初は、妻が台所で座って調理をしていたのを、立って楽に調理ができるようにガスレンジをつけることから改造した。同時に、トイレを水洗にしたのである。
二階たての家は、将来、息子達が結婚して住めるように改造したのである。長男はロシアに5年間出稼ぎにいっていたが、帰ってきて、日本語の勉強をして、地元で入ってきたばかりの日系企業に勤めるのを楽しみにしている。VAC運動によって、基本的に生きていくための食糧は確保できるとして、当面、長男に日本語の勉強を勧めているのである。
近くのバオさんは、夫婦二人で池を掘って、自給の魚を飼っている。果樹を植えて、庭の畑に野菜をつくって、米は自給程度作っている。現金収入は、注文制の家具職人として得ている。自分の家でつくるのではなく、道具を注文した家に持っていって、家具ををつくるという形態である。この地方では、このような家具職人で働いている形態が多かった。
近くで2年間かけて、正月用のキンカンを育てた農家は、徹底した有機農業にこだわった。ピーナツ畑の残滓を集めて、それを発酵させて、キンカンのための土作りをした。発酵させるために、ベトナム人がかつて、やっていた家畜の糞や池の泥をまぜて発酵させた。そのときに、発酵のために空気の出入りをよくするために、竹をしいた。土づくりの工夫によって、キンカンの成績をあげることができたのである。
現在は、キンカン収入を元手にアヒルを1千羽かっている。有機農業でキンカンを育てることは、体力がいる仕事で、ずっと続けられる仕事ではないと今はあきらめて、アヒルを飼うことに転化している。アヒルを飼うことによって、田んぼのネズミの被害が全くなくなった。アヒルを飼う以前は、農家は、ネズミの被害に悩んだいたのである。米の収穫のときは、田んぼにもみがたくさんおちる。それをアヒルが食べるのである。
米の収穫は、年に2回あるので、このときは、アヒルは大きくなる。アヒルは、年に4回とれるが、後の2回は3分の1から2分の1程度の太りである。自然をよく観察して、ネズミの駆除や堆肥づくりなどで有効に作物を育て、金のかからない農業をすることも大切であると力説していたのである。
ベトナムのVACシステムは、家庭菜園や果樹、池での魚の養殖、家畜小屋による鶏や豚などの飼育ということを基本にしているが、これは、伝統的なベトナムの農民の自給的な生活を大切にしながら、近代化していくという考えで、地域の文化や土地の条件によって確立されるものではない。山岳の少数民族のVACシステムの確立には、家庭菜園と同時に、果樹や茶の役割を積極的に位置づけたのである。
そして、以前あった土着の木を村の道路などに植林したのである。池を掘るのは、その後であった。家畜がふえている現代のVACシステムでは、バイオマスエネルギーの活用を積極的にしているのである。紅河デルタ地域を基盤にはじまったVACシステムは、地域の状況、農家経済によって、多様性をもって発展しているのである。
ベトナムの新農村建設計画運動
(1) 2020年工業国の目標での農村生活の格差解消運動
ベトナムは新農村建設運動を始めてから2013年の今年で3年になる。新農村計画建設運動は、第10回共産党大会第7回共産党中央委員会の総会で決議される。それは、2010年農業、農民、農村の発展に関する政策である。この決議は、全国の農村で展開している。農村の総合的な施策であり、とくに都市との格差是正や農村の貧困克服の施策はもちろんのこと、これに加えて、新たに農村住民の生活質の向上ということで、非農業部門の雇用の促進、住環境の整備、環境保護政策に力を入れたことである。
農業政策と同時に、農村での非農業分野の住民混住を考えての農村の生活向上の整備施策である。これは、従前の農村の施策からみるならば、大きな転換である。それは、都市への人口の流出を抑制する兼業化や混住化の施策でもあり、農村における積極的な雇用促進政策を推進することである。日本の町村にあたる範囲の社の人民委員会レベルで新農村建設をしていことする施策である。
新農村建設運動では、職業訓練や技術普及が、大きな課題になっていく。それは、農村における潜在的な失業人口を新しい工業化施策のなかで、雇用労働力として、吸収して、経済的な豊かな生活をおくれるようにする施策である。都市に潜在的な過剰人口を吸収するのではなく、農村の生活を維持しての工業の労働力人口として吸収していこうとするものである。
第11回の共産党大会は、2011年に開催された。この共産党大会で、ベトナムは、2020年までに工業国に転換していく宣言をした。この工業化の促進のなかで新農村建設運動が確認された。それは、農村において、工業区、工芸村、小工業の発展による雇用促進政策をしていくことである。新農村建設運動は、2020年の工業国というベトナムの大きな国の目標にそった農村の経済政策でもある。新農村建設にとっては、経済活動及び生産組織の整備は、大きな課題である。
どのようにして、豊かな農村をつくっていくのか。「この問題の基礎は、農村の経済的豊かさをどのようにつくりあげていくのかということである。新農村建設運動は、潜在的な過剰人口の農村住民をそのまま農村に住んでもらうためにも、農村の雇用政策が大切なのである。雇用政策を充実していくために、農村の地域の経済を活性化し、農村生活を豊かにしていく大きな目標が必要である。
潜在的な過剰人口は、出稼ぎではなく、多くの農村住民の定住化を考えている。このためには、農村での雇用と生活環境整備が大きな課題である。農村の社会的なインフラ整備、教育、医療、文化施設、環境問題解決の整備は、農村の生活環境を豊かにしていくことになる。
さらに、農村の治安の良さや生活扶助の機能は従前からもっていた社会的システムであり、これを維持していくためにも、近代化により拝金主義が農村にもはびこっていかないために、農村の政治システムの環境整備も新たに求められてくるのである。工業化の発展は、都市と農村の格差を生み、農村人口の減少と大都市への人口集中が起きるのが、一般的である。ベトナムの工業化は、この矛盾に挑戦し、豊かな農村生活により、均衡ある地域発展を目標としたのである。
ベトナムの新農村建設の運動では、パイロットモデル社を2009年から2011年まで11ヶ所設定した。そのひとつのナムディン省のハイドオン社は、集落が自主的に住民参加方式でVACシステムを現代的に生かしていこうとした農村建設運動が、省全体に評価され、全国のパイロット地区に指定されたのである。そして、その運動が社全体にはじまったのである。農村建設の運動は、農民の日常的な生活レベルからの住民参加の方式ではじまったとする。
この社の人口は、1万4千人で集落は26ある。一人当たりの耕作利用の土地面積は、504平方メートル、1世帯平均が4名であるので、2000平方メートルと極めて零細な農業経営になる。この社は、小学校2つ、中学校2つ、幼稚園一つ、診療所2つとなっている。この地域は、VACシステムを積極的に取り入れている。VACシステムによって、自給自足ができているので、食べていくための生活は困らないが、現金収入については、今後大いに工夫していかねば豊かな生活は保障されない。
今まで現金収入の主なものは、年2回の米生産からの収入であったが、これでは、生活していくには難しいので、積極的に果樹や家畜の生産を拡大して、個々の家の経済を支えようとしている。VACシステムであった分野を、農家ごとに工夫して商品生産に取り組んでいるのである。どの農家も単作での商品生産ではなく、複合的に経営をしながら、商品生産の工夫をしているのが特徴である。そこでは、果樹を植えたり、豚の頭数を増やしたりして、商品価値の高い農業の工夫をしている。どうしたら商品価値の農産物を村人みんなで考えていくのが大きな課題である。
新農村建設の運動は、各農村での農業組織や農民組織の役割が大きい。ベトナムの全国農民協会とベトナム政府農村開発計画の部局とは積極的な連携活動を行っているのである。また、農業協同組合の地域での役割を積極的に提唱しているのである。
農民運動としては、農民自身が自己の権利として、自発的に農村建設運動に参加していくといくという農村住民の参画をねらいとするものでである。2013年7月にハノイで行われていた第6回ベトナム農民協会全国代表大会があった。グェン・コク・クォン会長は「協会は新農村作り運動への参加は極めて重要な任務であることを十分に認識している。我々は各省庁と地方行政府と協力して、インフラ整備及び農村部企画を指導し、参加していく。農民協会の役割は日々に高まっている。今後、我が協会は新農村作りにより積極的に参加してゆくことを確信する」と述べている。
農業・農村開発省とナムディン省青年連合は協力プログラム署名している。新農村の建設期間に若いボランティアの参画が有効に機能させるためである。双方は、3つの重要な問題に、実施の約束をした。情報通信意識の教化、科学技術の進歩、製造技術とビジネスの発展のプログラムである。
このプログラムが締結した後、農業農村開発省は、学科単位で人気のあるプログラムを開催する約束をした。産業界と直接連携して農業、農村単位でプログラムやプロジェクトに積極的に参加するというものである。農業における技術科学文献と新しい研究の農村開発に若者の参加を奨励することであった。
地方で、若者による農業と農村開発のサポート組をつくる。 生産支援、専門的能力の開発、貧しい農業、漁業、安定と発展の生産、農業、林業、漁業製品の加工、販売に関連した若者のリーダーの育成である。このリーダー育成のためには、文化的な生活、農村部の若者の能力を向上させることである。特に貧しい農村地域の建設、インフラ整備に参加する活動の組織化を重点を置くものである。
貧困率を下げていく鍵は、潜在的な失業人口の解消である。このために農村労働力を新しく雇用させていく産業開発をすることである。地元の産業に焦点をあてての研修プログラムが必要であり、伝統的な産業の発展の育成もそのひとつのである。 若い人たちのための就職を確保することは大切なことである。村にいる子どもたちや青年たちに、職業訓練センター、産業振興センター、ビジネストレーニングコースを積極的につくっていく必要である。
政策融資は貧困世帯のために銀行や社会政策の組織になる。 貧困世帯は無料で職業訓練を受けることができる。以上のような内容で、農務省・農業・農村開発省とナムディン青年連合との協力プログラムお約束をしたのである。農村における若者の新たな視点からの起業創出、職業訓練などの能力開発の役割を重視した施策である。
農村を実際に豊かにしていく問題は、この施策をどのように具体的に実現していくのか、それぞれの社レベルにおいて、若者の地域リーダーとしての役割が発揮できる体制ができるのかということである。このためには、社レベルでの共同学習センターの内容的な充実や継続教育センターの役割が必要である。そして、様々な農村開発機関では、若者を重視した教育を充実していくことが大切になっている。
坂田正三は、「ベトナムの農業・農村開発政策ー2008年の政策転換と第11回党大会で示された方向性」という論攷では、従前の農地の集約、工業作物栽培の拡大、先進技術の応用、高度技術農業区の建設、農民組織の強化に加えて、新たに、食糧安全保障としてのコメ生産面積の維持ということから非農業部門への労働転換を促す農民の職業訓練の奨励施策を出したとする。農民が工業、サービス部門に転換する条件整備、農村発展と都市発展と居住地域の配置を計画など農村の包括的発展を目指す施策がもられたとする。
農業分野の全労働に占める比率は、30~35%、GDPに占める農業比率15%、都市化比率45%、貧困化率年平均1.5%~2%に減少という目標をたてている。ベトナムは、2020年までに工業国にする目標を第11回共産党大会は、決議したが、2011年から2020年までの社会経済開発の基本戦略は、環境保護の緑の経済を発展することが強調されている。
「経済発展を環境保護と結び、緑の経済を発展させる。幅広い発展の成長モデルを幅と深さの均等な発展の成長モデルに移転し、規模を拡大しながら、質・効率の向上を重視する。・・・農業は近代的、効果的、持続可能で高い付加価値を持つ商品が多くある方向で発展する。新農村の開発は、都市開発及び居住地の配置に伴って農村の開発計画する。環境保全を配慮しながら工業、サービス業、職業村を開発する。それぞれの段階において具体的で着実な段階に沿って、地域の特徴に応じて新農村の開発事業を展開する。ベトナムの農村の独自な文化を保存する。農村のインフラ整備を促進する。中小企業や数多くの労働者を雇用する企業の投資をはじめ、農業及び農村への全ての投資を生かせるために便利な環境をつくりだす。農村で年間百万人を対象とした職業訓練計画を効果的に実施する」(JETRO訳)。
また、坂田正三は、新農村建設の施策は、いくつかの問題点があると指摘する。全国一律の指標を定めて全国7地域という大きな単位で統一された達成基準を設定するアプローチが有効性をもつものであるのか。同じブロックに属するなかでもタイグエン省のベトナム最大の製鉄所があり、非農業雇用機会の多い地域と、ライチャウ省のようにベトナム最貧困があり、同じ省内でも都市近郊と山奥の社と同じ基準で目標をたてることが合理性を欠いている。
新農村建設の基準を達成された社には、なんの国からの特典もなく、自助努力を剥ぐ結果となりかねない。社が基準に達するまでプログラムの対象となり、国家予算から支援が与えられることになれば、新農村に認定されずにいる方が社にとっての利益が大きいからである。さらに、今後新農村建設がインフラ建設事業に偏重することになれば、非効率な公共事業プログラムに堕ちてしまう可能性があると指摘している。(7)
この指摘は、新農村建設の目標がなんであるのか。都市と農村の不均衡発展の是正から農村の人口流出を防ぎ、過疎過密の抑制をするために、農村生活の豊かさを実現しようとするならば、社の段階の状況にあわせて、柔軟に農村建設の達成基準を定めていくことが求められている。
しかし、都市と農村、山深い山村と、どこに住もうと平等に、ベトナム国民としての健康で文化的な豊かな生活を保障されるナショナルミニマムという視点も必要である。とくに、当初から、貧困地域を重点的に考えて、その独自の新農村建設が求められている。
新農村建設の施策を遂行していくうえで、問題になるのは、細かく達成基準を画一的に行政が査定していかないことである。むしろ、達成基準を評価していく行政のあり方が鋭くとわれているのではないか。この意味で新農村建設の真のならいを理解して、地域にあった達成の評価をしていく行政職員の能力が重要である。
注
(2) 前掲書、97頁~99頁参照
(3) 前掲書、100頁~104頁参照
(4)前掲書、15頁~16頁
(5)http://permaculturewest.org.au/ipc6/ch06/vanman/index.htm:lSixth International Permaculture Conference & Convergence Perth & Bridgetown, Western Australia September 27 to October 7, 1996: Copyright Permaculture Association of Western Australia Inc. and authors, 1997:Nguyen Van Man (Viet Nam) 「VAC And Permaculture In Viet Nam」
(6辻一成「メコンデルタにおける農畜水複合経営の動向」アジ研ワールド・トレンドno.177 12頁~15頁参照